お題:哀れな家事 必須要素:ケチャップ 制限時間:1時間 読者:32 人 文字数:2804字 評価:1人

魔女の焚き火
 これから生まれてくる三姉妹のうち、誰かひとりが魔女に育つ。通りすがりの不吉な旅人にそうお告げされた夫婦は、姉妹にとって不幸なことに、迷信深かった。
「あんな物乞いの格好をして、意味深なことを言うなんて、きっとあの方は高名な預言者に違いない」
 男はお告げを信じ込み、男の言うことならなんでも従う女もまた、物乞いのたわ言を鵜呑みにした。お告げの代価として一日の食費分の金貨を得た旅人は、夫婦と別れる頃にはなにを告げたかすらすっかり忘れていたが、夫婦はいつまでも預言を覚えていて、信じていた。

 夫婦は第一子を授かった。旅人のたわ言の通り、たまたま女子が生まれた。
「なんて愛らしい子なんでしょう。この子が魔女であるはずがないわ」
 女に同意を求められ、男もまたうなずいた。「これからあとふたり、生まれる。魔女はそのどちらかに違いない」
 長女は溺愛されて育てられた。そのうちに第二子が生まれ、同じ経過をたどった。
「この子も愛らしい子だわ」
 みなまで言わず、女は男に目線で同意を求めた。これでもう決まりだった。男は確信を持って言った。「そうだな、魔女は残りのひとりに違いない」
 末っ子にとって不幸だったのは、たまたま女子として、最後に生まれたことだった。彼女が姉妹で一番愛らしく、気立てもよかったとしても、ほかのふたりが魔女でないとされてしまった以上、迫害される定めだった。夫婦は姉妹を見比べて、(もしかして、この子が一番かわいいかしら?)とうっかり思ったとしても、最初ふたりを除外してしまったため、今更覆すことはできないのだった。

 そんなわけで、末っ子は今日も家族に迫害され、ボロ着を身につけて、家事の一切を押し付けられていた。
 かわいそうに、ひとりで暖炉の掃除を終え、灰まみれになって出てきたとき、家族は誰ひとりおらず、家はしんと静まり返っていた。掃除に手間取って夕飯の支度が遅れたため、家族は店に食べに出てしまったのだ。
「なんてかわいそうなわたし」
 末っ子は腹いせに、暖炉のなかでとっ捕まえたネズミを串刺しにして、火であぶって食べた。家にろくな食い物がなかったせいもあるが、迫害されるうちに、気立てのよかった娘の性根は、無残にねじ曲がってしまったのだ。姉たちのまえで爬虫類やカエルを調理してみせ、寝床でぶつぶつと呪文を唱える嫌がらせをした。まるで魔女のような振る舞いをして、ますます家族に嫌われていた。
「もういっそのこと、本当に魔女になってしまおうかしら」
 かびたチーズをこっそり姉の食器に塗りつけ、棚に戻しながら(知らずに皿を使って、腹を壊すがいい!)幼い頃から聞かされた、旅人のお告げを思い出す。両親は迷信深いうえに愚かだったので、自分たちが娘を迫害する理由を、末っ子がまだ小さかったときから話して聞かせたのだ。
「わたしは、生まれるまえから何者になるか、決まっていたんだわ」
 そう考えると、それはなんら悪いことでないように思われた。街の男に言い寄られるがまま、男の好む格好をして、男の望むように振る舞う姉たちは、『女』というつまらない記号に自ら収まっているような感じがした。その点、末っ子は『魔女』なのだ。姉たちとは違うし、この街にいる誰も、そんな肩書を持っている者はいない。
「わたしって、特別だったんだわ」
 その夜、暖炉の掃除をしてネズミをあぶって食べた夜、末っ子は悟った。もう家族のために家事をする必要はなかった。ボロ着のうえに父親の外套を着込み、ほかにはなにも持たずに家を出た。最後に生まれたというだけでちっとも愛してくれなかった家族に、もう二度と会う気はなかった。

 彼女は街も出ることにした。魔女というものは、人里離れたところに住んでいるものだからだ。
 行くあてもないまま、ふらふらと街を囲む塀を抜け、明かりのない山道へと進んでいった。
 夜の山道は寒かった。外套のポケットには、父親のマッチが入っていた。
 落ちていた枝を拾って集め、それから大きな木の根本に腰掛けてひと休みした。
「なにか、燃やすもの」
 外套にはもうなにもなく、ボロ着の胸元に、やっと一枚の紙切れを見つけた。
 開くとそれは、今度買い物に行くときのための、覚書だった。家にはちょうど、食い物がなにもない。今度の買い出しで、パンとか、チーズとか、ケチャップなんかを買いに行くつもりだった。
「わたしがいないと、家族は飢えて死ぬんだわ」
 そうなるならいいと思って口に出してみたが、それは彼女の願望でしかなかった。
 家事の一切をやっていたのは彼女だが、べつに貧乏ではない家族は、店に行って食べればいい。掃除をされなくなった家には埃が溜まって、寝ている姉たちはそのまま喉を詰まらせて死ぬ……なんてことも起こらない。なぜなら金で掃除夫を雇えばいいからだ。
「あの家が貧乏になりますように」
 お金がある限り、彼女がいなくたって家族は不幸にならないと気づいて、精一杯の呪いをこめてつぶやいた。

 生まれてから今まで、魔女として扱われた彼女は、その夜、魔女になろうと思った。
 周りみんながそう思っていて、本人もそうなろうとすれば、叶わないわけがなかった。
 誰もいない山道で、覚書を燃やして焚き火をつくったとき、彼女は魔女になった。
 魔女になった彼女の呪いは届き、街にいる家族を不幸にした。

 山にこもって、本物の魔女として暮らしていた彼女はひとり、孤独だった。家族がみんな死んでかから、もう百年が経っていた。魔女として扱われ、魔女になろうとした彼女は、人として死ぬことができなかった。あの焚き火に照らされたときの顔のまま、ボロボロになった父親の外套を着て、暇さえあれば呪いを吐いた。
 あるとき街に降りて、若い夫婦を見つけると、これから生まれてくる子供は魔女になるとうそぶいた。愚かな夫婦が迫害をはじめると、その子を連れてきて一緒に暮らした。彼女は繰り返し、子供をさらってきた。山には魔女が増えて、彼女は孤独でなくなった。
「お母様はなにがしたいの?」
 連れてきた子たちにとって、彼女は母親だった。迫害されても、魔女のようにならなかった子のひとりが、そう聞いた。
「かわいそうなあなたたちが、家族に復讐できるように」
 魔女になった子たちは、元の家族を呪ったから、街はすっかり荒廃していた。魔女は焚き火をつくって、買い物の覚書とか、姉から盗んだ櫛とか、母親の大切な指輪を燃やした。
「お母様は家族がほしかったんだわ」
「そうね、あなたたちがいるもの」
 その子は悲しそうに首を振った。
「いいえ、本当の家族の一員になりたかったんだわ」
 でも、呪い殺してしまったもの、とは、彼女は言わなかった。本物の魔女になった彼女にとって、過去の思いなど、もうわかりはしなかった。







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