お題:哀れな家事 必須要素:ケチャップ 制限時間:1時間 読者:31 人 文字数:3036字 評価:1人

哀れな家
あなたは家である。
鉄筋ながらも作りのしっかりとしたものであり、ちょっとやそっとの地震や台風などではビクともしないのが自慢の家である。
四角四面、無駄な構造など一切ない。
長くこの地にあり続け、ぴくりとも動かず在り続ける、それがあなたの望みだ。
そのためであれば、あなたの内外を行き来する、人間という補修作業員を住まわせておくこともやぶさかではない。
大変に、不満ではあるが。

家だ、家である、不動のものとしてこの世にある、至高の存在こそ家である。あなたはそう信じて疑わない。きっとこの世とは、家があるために生み出された。
仮に神という存在がいるのであれば、まず作り出したのは空や海などではなく家であろう。だって神様だって住む家が必要だ。作業の前に安住の場所がいる。だから神の制作物第一号は、間違いなく家である。
いつしか、そのような神の家となることが、あなたの野望である。

その点から言えば、やはり人間などというものは、あまり必要ないのではないかとも思えてくる。
仮にも神家を目指そうとする己に相応しいものではないのではないか。
特に、台所と呼ばれる何のためにあるのだかまったくわからない場所で行われる事は、狂気の沙汰であるとしか思えない。
火だ、火である、なんと高い熱源を、そこで発生させているのである。
まったく正気ではない。
なんというサバトであろうか。
人間自身でさえも破壊するエネルギーを定期的に起こしているのだ、それで何をするかと言えば、水の温度を上げたり、彼ら自身の類似物と思われるものにダメージを与えている。人間もブタも鳥も牛も、タンパク質である点には変わりはない。彼らは、同一存在を痛めつけているのだ。
あなたとしては、きっと何か宗教的な、非合理的な儀式を行っているとしか思えなかった。

ああ、さらに言えば彼らは台所にて、よく分からない水を少量ずつ床に垂らすという言語道断の悪行を行ってもいた。
ドレッシングなどと呼ばれる油分の多いもの、ケチャップなどという塩分糖分の高い意味不明なもの、あるいはビールと呼ばれるアルコールの含有されたもの――
多種多様の液体が床へと振りかけられている。
それらを即座に拭き取るのであればまだしも人間の価値を認めるところではあるが、彼らの多くは気づくことなくそのまま放置するのである。あなたからすれば、清掃員が泥水を塗りたくるのと同等の、許しがたい行いだ。

家として在る。
そのことに全力を注いでいるからこそ見逃している蛮行であることを、人間たちは知らないに違いない。
憤懣やるかたない気持ちで、あなたはそう思う。
神家となったあかつきには、人間などすべて滅ぼしてくれよう。


あなたは、当然のことながら家である。
周囲にあるのもまた家である。
しかしながら、あなたは周囲との折り合いは悪い。
なぜとなれば、「己こそこの世でもっともすぐれた家である」というごく当然の事実を、周囲の家の誰も認めないからである。それどころか隣の家は「私は少なくともお前などよりは優れた家だ」などと主張するのである。
なぜなら「ほんの少しだけ、私の方が高いじゃないか」というのが、その理由だそうだ。
まったく、まったく、まあったく分かっていない家の戯言である、この世の一切、何一つとして把握していない。そんな曲がりくねった柱の組み方ではツボ面積の計算ですら出来るか怪しいというものだ。そうとも? たしかに? 言われてみれば? そちらの方がほんのすこぅしだけ高いかもしれない。だが総面積でいえばこちらの方が上なのだ。その高さとやらはまったく無駄な、物置設置分の広さでしかないではないか。完全に無駄な、役に立たない「高さ」だ、それは。
どっしりと構えた雄大な、家としての格の違いを理解せず、ただひたすらに「高いから! 僕の方が高いからあ!」とわめき散らすことの滑稽さよ、少しは家として己の構築に疑問を持った方がいいのではないか。

そんな、ごくごく当たり前のことを言った結果、隣の家とは断絶状態となった。まったく不思議な話である。あなたとしては、とてもとても親切な気持ちで、心から心配して忠告してあげたというのに。

ああ、まったく哀れな家である事だなあ。


そんなわけで、あなたとしてはあまり周囲の家と話すこともなかった。話したところで、こちらの当たり前を相手が受け取らないのだから致し方ない。周りに常識ある家がない不幸を嘆くこともあるが、まあ、それでもおおむね平和に在り続けていた。
日々の細かい悩みといえば、また人間がケチャップを床にぶちまけたことくらいか。フライドポテトとやらにかけるつもりが標的を誤ったらしい。思わず身をよじりたくなるほどの激怒にかられたが、即座に清掃作業を行ったことで溜飲を下げる。

少しばかり様子が変わったのは、ほんのわずかな、囁きのような声を聴いてからだった。
それは、本当に微かな、遠く遠くの家の声のように聞こえた。
じっと家の耳をそばだて、少しばかり玄関ドアを開閉してみるが、その声はそれ以上は大きくなることは無かった。

だが、その声は、その後も定期的に、途切れることなくあなたの耳に届き続けた。

妙に気にかかる。何かが気にかかる。
一体どうしたことなのか。
いっそ周囲の家に訊いてみるかとも思うが、ざわざわと戸惑う様子ばかりがあり、どうも彼らも分かっていない様子だ。あなた同様に、何が起きているのは悪していないのだ。

ああ――

ふ、とそんな声が聞こえた。
それは人間でいうところの、赤ん坊の声に酷似していた。
意味も意志もなく、自らを示すためだけに、ただ発せられた声。
それは、今までよりもはっきりと、明瞭に聞くことができた。

家が、出来るのか。
あなたはそう思った。
近くにどうやら家が建てられるらしいぞ。

なんだ、それだけのことだったのか。思い煩うことなどなかった。まったく、家の一軒や二軒、いまさら何の違いもありはしない。ああ、たしかに先達として偉大さを示してやる必要はあるかもしれないが、そんなことは言うまでも無く自然と伝わるであろうし――

どん! とあなた自身の奥底まで震わせるような衝撃が走ったのは、そんな時だった。
それは、いままで経験してきたいかなる地震とも異なるものでありながら、それらに匹敵するほどの死威力を発揮していた。
真上から真下への、垂直の力。
そう、あなたの上に、とてもとても重いものが乗せられた。

な、な、な!?
そうあなたが戸惑う間にも、人間たちが歓声を上げている。モジュール構造の家の積み上げに成功したとか、そのような意味不明な言葉を叫んでいる。
たしかにあなたは四角四面の形をしている、そして、気づけばあなたの真上に、まったく同じ形をした『家』が、当たり前のように乗っかっていた。

おお、高いなあ――

そして、そのような、馬鹿そのものの言葉を言っている。
あなたがどれだけ退け、邪魔だ、重いんだよ、と言ったところで馬耳東風。あなたの上から退こうともしない。
あなたの上に、別の家があり続けることを変えることができない。

なんだ、なんなんだ、ああ、これは一体なんなんだ!

そう騒ぎ続けるあなたに応えるように、あるいは、あっさりと抜かされた高さのことをごまかすように、隣の家はぽつりと言った。

まったく、哀れな家である事だなあ――

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