お題:残念な許し 必須要素:三島由紀夫 制限時間:1時間 読者:35 人 文字数:2985字 評価:3人

海へ行こう
 教会の懺悔室は今日も満員御礼で、すし詰めになった室内から入り切らない人の尻が覗いているほどだった。
「日曜の朝だってのに」
 ミサを取り仕切る神父様は不満げだ。せっかくの休日に早起きして、わざわざ礼拝堂まできてつまらない説法など誰も聞きに来ない。秘密を抱えることに耐えきれなくなった人々が懺悔に詰めかけはしても、それ以外の役割など、教会に求めていない。
「神父ってなんのためにいるんだろうなあ」
 誰も参加しないミサを終え、近くの喫茶でいつものモーニングを頼んだ神父様は、この頃、真剣に悩んでいるようだ。
 ぼくらの町の教会にいる神父様はふたり。聞き上手な優しい親父様と、話がつまらなくて愚痴っぽい神父様だ。以前は懺悔室で話を聞いてあげる担当も交代制だったが、聞き上手な神父様のほうが評判がよく、今では完全に役割分担している。
 教会に求められていないほうの役割を体現したのが、今目の前でトーストにこれでもかとバターを塗りたくっている神父様というわけだ。
「どっか遠くに旅に出ようかなあ」
 今日も今日とて暇を持て余すことを想定して、神父様は実際に遠くを見つつ言った。
「教会を空けてもいいの」
「構いやしないさ。みんな優しい親父様がいいんだ。町の人々は罪深い。懺悔室ができてからというもの、一度だって客足が途切れたことはない。順番待ちの列で飲み物でも販売すりゃ、いい商売になるだろうさ」
 愚痴っぽい神父様は愚痴っぽいだけで裏表も秘密もない、すばらしい正直者なのでそれは嫌味のつもりではなかったが、今朝ちょうど列で牛乳を売りさばいて小遣いを稼いだところのぼくは、空々しく笑うしかなかった。
「お前を連れて海にでも行こう。夏だしな。浮き輪がいるな」
「水着がないよ」
「買ってやる。それと浮き輪だ」
 どうやらカナヅチらしい神父様は脳内メモに忘れずに浮き輪と書き込んだ様子で、ひとつうなずくと席を立った。

「かっぷく」
 懺悔室の列はまだ途切れる気配がなかった。ひとりずつ、と優しい親父様がはみ出した人々を一旦外へ追い出したので、今では行儀よく一列に並んでいる。外出着に着替えるために一度建物のなかに入ると、懺悔室の会話がわずかに漏れ聞こえてきた。暑いから、扉をすこし開けているためだ。
「かっぷく……」
「はい、恰幅ですね。ご自分が太ってしまったことを悔いておられると」
 懺悔室では、優しい神父様が、太った人の相手をしていた。すごくゆっくり、自分のペースで喋る人でも、神父様は根気強く聞いてやっている。
 太った人は顎との境目のないぶっとい首を、ぎゅりぎゅりと横にねじった。首を振ったのだ。
「……かっぷく」
「割腹、ですか」
「かっぷく!」
「なるほど、三島由紀夫ですね」
 聞き上手の神父様は、太った人と通じ合うことに成功したようで、短いフレーズからでも言いたいことを理解したように微笑んでみせる。
 廊下で待っていると、神父服から動きやすいTシャツに着替えた神父様が戻ってきて、懺悔室のほうをちらと見て鼻を鳴らした。
「うまく合わせるもんだ、ここに来るやつらは許しを得た気になって帰っていく」
「悩みを打ち明けて、理解してもらえたからね、心が軽くなるんだ」
「いいことを教えてやる。あいつは相手の言うことなんかこれっぽっちも聞いちゃいない。理解したふうに装うのが得意なのさ。一発芸みたいな、薄っぺらな共感のふりだ」
 そういった真似が得意ではないほうの神父様は、自分にできないことをしてのける同僚に、そんなふうに悪態をつくふりをした。優しい親父様がもうこの教会にはいるから、自分はバランスをとって意地悪にならないといけない。そう思い込んでいるようだ。
 今朝のモーニングは親父様がおごってくれたし、ひとり一個までのコーヒーシュガーをぼくが二個入れたのを見てもなにも言わなかった。
 これから水着を買ってくれて、海にも連れていってくれる。
 優しくないとされている親父様は、優しくないこともないのにな、と一緒にいる時間が長いぼくなんかは思う。

 町から一番近い海は、満員御礼――とは言わないまでもそこそこの人がいた。海の家でかき氷を買うために並ぶ列も、懺悔室には及ばないが、まあまあ長い。今年の夏は暑すぎて、いくら海とはいえ、町中よりも暑い場所に、みんなわざわざ出かけたがらないのだ。
 あの列で牛乳を売ったらいくらの儲けになるだろうな、とかき氷に並ぶ人を眺めていると、
「かき氷食べたいのか」
 と、神父様が察して列に並んでくれた。海にまで来たのに結局Tシャツにパーカーを羽織って、意地でも日焼けしたくない格好だ。波打ち際にそもそも近づきもしないし、カナヅチという予想は当たっていて、泳ぎにきたわけではないのだろう。
 じゃあなんで海になんてきたのだと、豪華シロップ三種盛り合わせのかき氷を神父様から受け取りつつ、ぼくは首をひねってしまう。
「あまり遠くに行くなよ」
 ぼくが浮き輪を装備して、いざ海に特攻すると、神父様はパラソルを担いで砂浜に立った。ぼくが波に揺られていると、砂浜のほうで合わせて移動しつつ見守っている。日焼け防止なのだろうが、あのパラソル、普通は砂に立てておくものだから巨大で、ほかの海水浴客にぶつかっては迷惑がられている。
 日暮れまでめいいっぱい遊んだ。
「かき氷おかわり」
「仕方ないな」
 閉店間際の海の家の、だいぶ短くなった列に神父様は歩いていった。神父様のうしろにぼちぼち、また人が並んでいるのを見ていると、ふと誘惑に駆られた。
 最後尾の客の海パンの後ろポケットから、長財布がはみ出している。
 客は連れとのおしゃべりに夢中で、背後に注意を払っていないようだ。
 ぼくはそっと忍び寄り、財布を抜き取った。急いで離れて中身を確認する。遊ぶための金が結構入っている。教会で牛乳を売りさばくよりはいい実入りだった。
 周りに注意を払っていないのは収穫を確認するときのぼくも同じで、影が落ちたと思うと、財布はぼくの手から取り上げられていた。かき氷を持った神父様がそばに立っていた。

 落ちていた、ということにして、神父様は財布を客に返した。そのあいだ、ぼくはずっとうつむいていた。
 帰り道、ぼくの手を引きながら、神父様は苦々しい顔をしていた。
「あの町の人々は罪深い」
「じゃあ、町の人に捨てられたぼくも、きっと罪深いんだね」
「お前はまだ子供だ。なにをしても罪にはならない」
 懺悔室で優しい神父様が誰に対しても言う言葉がある。
『あなたを許します』
 どんな罪を犯した人でも、人に言えない秘密を抱えた人でも、その言葉をもらうと救われる。でも、優しくないほうの神父様は、そんな言葉を軽々しくくれたりしれない。
「許してくれないの」
「反省するまではな」
 神父様は厳しい。理解したふりをして、共感したふりをして、適当に合わせてくれたりしない。
「やっぱり罪深いんだ」
「そこまでじゃない。罪ってほどじゃない。わからない奴だな」
 ぼくがうつむいたまま涙をこぼすと、神父様は自分の頭をぐしゃぐしゃかき回して、「こういったことは得意じゃないんだ」とぼやいた。一緒にいる時間が長いから、そんなことは知っていた。

 





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