お題:残念な許し 必須要素:三島由紀夫 制限時間:1時間 読者:39 人 文字数:3354字 評価:1人

美しいお堂を燃やすように
 マルシスの下には天使がいた。
 天使と彼の出会いは今から10年ほど前、マルシスがまだ大学生の頃のことだ。
 マルシスの父親が所有する南の島でバカンスを楽しんでいた時のこと、常夏の島の日差しに照らされた波打ち際に、一人の女が倒れていた。
 彫刻のような美しい面立ちと、長いブロンド。何よりも特徴的なのは背中に生えた見事な白い一対の翼。一目でマルシスは、これが天使と呼ばれるものだと気づいた。
 マルシスの父は実業家であったが、慈善家でもあった。父の教育により、マルシスも今日日珍しい信心深い青年であった。さっそく天使を抱き上げると介抱してやった。
 意識を取り戻した天使はマルシスにお礼を述べた。そしてこうも言った。
「人よ、あなたの行いに感謝します。わたしは地上にとどまり、あなたを傍で守りましょう」
 マルシスは悩んだが、その提案を受け入れた。神聖な存在に対して失礼な話だが――マルシスは心の中でそう思った――、美しい天使にマルシスは心惹かれていたのだった。
 こうして、マルシスは天使と暮らすようになった。マルシスは天使に、アレーシアと名を着けた。この天使には名がなかったからである。
 マルシスは大学を卒業後、在学中に立ち上げた会社の経営を本格化させる。忙しい日々も、アレーシアが隣にいることで癒された。天使であるアレーシアには、時間も距離も関係なかった。マルシスがどこにいても、望めば天使はすぐ隣に現れるのだ。
 経営に行き詰った時、あるいは判断に迷った時、アレーシアは助言をくれた。
 どれもが抽象的なものだったが、賢いマルシスにとってはそれでも十分だった。アレーシアの述べる言葉は彼を冷静にし、判断力を取り戻させてくれるものだったから。
「マルシス、今が頑張り時です。神はきっとあなたの努力をお認めになるでしょう」
「マルシス、それは本当に正しい行いでしょうか。神はあなたのことを見ていますよ」
「そうです、マルシス。今は損かもしれませんが、きっとこの行為があなたを助けるでしょう」
「やりましたね、マルシス。神はあなたを見捨ててなどいないです」
 こうして自分の会社を大きくしたマルシスは、若くして財界でも大きな存在となる。
 天使と出会って10年、その出会いにマルシスが感謝しない日はなかった。

「やあ、マルシスくん。よく来たね」
 ある時、マルシスは財界の重鎮であるゴトーという壮年の男性の家に招かれた。
 このゴトーの家に、これまでもマルシスは何度か招かれている。ゴトーは日系人で、彼の本棚にはそのルーツである国の小説、「サド侯爵夫人」や「仮面の告白」、「金閣寺」などが並んでいる。
「今日は君に見せたいものがあるんだ」
 来なさい、と言われるままマルシスはゴトーの案内で彼の家の地下室へ降りた。
「ここは私の隠れ家でね。本当に親しい友人にしか見せないんだ」
 エレベーターの中でそう言われ、マルシスは重鎮であるゴトーに認められたということか、と胸を高鳴らせる。
「時にマルシスくん。君は天使というものを知っているかね?」
 突然の言葉に、マルシスはドキリとする。アレーシアの存在を、マルシスは家族以外に話していない。どこかで聞いたのだろうか、と警戒心が沸き立ってくる。
「伝承の存在と思われているが、実在していてね。意外と人間界に落ちてくるんだよ」
 ゴトーとマルシスはエレベーターを降りた。長い廊下を歩いて、一枚の大きな写真が入った額の前で、ゴトーは足を止めた。
「私も、そういう天使と出会ったことがあるんだ」
 写真にはアレーシアとよく似た面差しの、白く大きな二枚の翼をもった美しい天使が映っていた。カールした髪のアレーシアに対し、写真の天使はストレートヘアだった。それも、くるぶしまで届くほどに長い。
「美しいだろう」
 マルシスは嘆息と共に肯定した。若造が見惚れていることに気をよくしたのか、ゴトーは目を細めて何度もうなずいた。
「そうだそうだ。美しいものを美しいと感じることが、成功者への一歩なのだよ」
 そしてもう一歩、とゴトーは歩きだす。マルシスもその後に続いた。
「美しいものを、壊すという段階がある」
 ゴトーはマルシスの方を振り返ると、左側の壁を指さした。そちらを振り返って、マルシスは目を見開いた。
 そこにあったのも一枚の大きな写真だった。天使が映っているのも同じだが、圧倒的に違う箇所があった。
 写真の天使は丸坊主だった。そして、なにも着ていなかった。乳頭も陰毛も性器もない、つるりとした肢体を晒し、美しい顔をしかめてベッドに寝転んで、カメラをにらみつけている。
 これは……?
 マルシスはゴトーを振り返った。ゴトーはニコニコとしてる。その目の奥に怪しい光が見えるのは気のせいではないだろう。
「そう、天使はあまりに美しかった。完璧に美しかった。だから――」
 その金色の髪を剃り落したのだよ。
 マルシスは息を飲んだ。背徳的な響きが、彼の背筋を撫でる。
「だけど、これだけでは足りなかった。まだ壊したりなかったんだ」
 次いでゴトーは右側の壁を示した。反射的にマルシスはそちらを振り返る。
 あ、と大きな声が漏れてしまった。
 やはり天使の写真があった。丸坊主のまま、今度は片方の翼をおとされていた。屈辱に満ちた顔で唇を噛みながら、天使はカメラを見つめていた。
「恐ろしいかい、マルシスくん」
 ゴトーはにやにやと写真を眺めまわして言った。
「恐ろしいよなあ、天使というのは。こんな姿でもまだ美しい」
 違う、とマルシスは言いかけて飲み込んだ。恐ろしいのはあなたの破壊性だ、神をも恐れぬ所業だ。そう言いたかった。そう言いたかった、はずだ。
「だから私は、徹底的に天使を破壊することにした。傷つけ、屈辱を与え、天使としての誇りを砕き、下卑た姿勢を取らせ、媚を売らせ、歪め、壊し、壊し、壊し……!」
 ゴトーの声に高ぶった感情がこもる。その感情を落ち着けるように、一つ大きな息をついた。
「……そうして、今天使はそこにいるんだ」
 ポケットから取り出した端末のボタンをゴトーは押した。部屋の奥にある壁がシャッターのように上がっていき、ガラス張りの水槽のようなものが姿を現した。
「あ、あああ……」
 力が抜けたようになって、マルシスはへたり込んだ。
 そこに天使がいた。
 長い金髪をすべて刈り取られ、美しい翼をもがれた天使。それだけでも十分悲惨なありさまだというのに、どういう技術なのだろうか、更に改造が加えられていた。
 乳房は大きくされ、乳頭がつけられていた。その乳頭にはピアスが刺さっている。頭上に縛り上げられた腕はレザーの拘束具で巻かれ、むき出しの脇には植えられたのであろう縮れた毛がびっしりと生えている。
 下半身にも陰毛とその下に亀裂が加えられ、三角木馬にまたがらされていた。
 口には丸い球状の枷がはめられ、よだれがとどめなく流れている。鼻はフックで釣り上げられ、鼻腔からはこれも植えたのだろうか毛がのぞいていた。
 うつろな目をしながら腰を小刻みに動かし、ふ、ふ、ふ、と湿った息を漏らしている。
「どうだね、マルシスくん」
 ゴトーはマルシスの肩を叩いた。
「これが完璧なる美の破壊というものだ」
 若い君には少々刺激が強すぎたかな。ゴトーは首をかしげて笑った。
 マルシスは、破壊された天使の姿から目を背ける。いや、背けようとした。しかし、何故かできずにじっと眺めてしまっていた。


 ゴトーの家から帰って、マルシスはすぐにアレーシアを呼び出した。
「マルシス、どうしたのです? 顔色が優れないようですが……」
 マルシスはアレーシアに何か言おうとして、しかし言い出すことができなかった。
「マルシス? 何でもおっしゃってください。わたくしがあなたを許さないということがありましょうか」
 マルシスは、「少し疲れただけだ」とごまかしてアレーシアを下がらせる。
 彼の脳裏からは、ゴトーの天使の姿が離れなかった。その天使はいつの間にか、マルシスの中ではアレーシアに置き換わっていた。もしそうしたいと言えば、本当に許してくれるdラ王か。
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