お題:苦い犬 制限時間:30分 読者:32 人 文字数:1577字

野心と苦み
眼前にはハエがたかる犬の死骸が横たわっていた。
空腹のあまり、はいつくばってその肉を噛みちぎった。
苦かった。
とても食えたものではなかった。
反射的に吐き出した。
「兄ちゃん…」
後ろでは幼い弟が指を加えて俺を見ていた。
俺は弟に手を振った。
「ばか、食えたもんじゃねえ!近づくな!」
戦争と貧困と飢饉で、あたりには死と腐臭が充満している。
痩せた土の荒野が果てしなく広がり、そこに重なる死体の数々。
人であれ獣であれ魔物であれ、区別なく重なっている。
たちの悪い傭兵団が通り過ぎ、略奪と殺戮を繰り返し悪夢のように去って行った。
俺たち幼い兄弟が生き残れたのは、運が良かったにすぎない。
…いや、それは本当に運が良かったと言えるのか?
最早身寄りもなく、俺はこれからこの幼い弟を抱えて、飢えや日照りと戦わなければならないのだ。
「…なんでこんな目にあわなきゃならない」
憎かった。この世のすべてが、憎かった。
戦争も、それを引き起こす奴も、たらふく食える幸福なすべての人間も。
「いつか、絶対這い上がってやる」
こんなどん底でくたばってたまるものか。
俺はもっとえらく、金持ちに、幸せになってみせる。
そして弟に良い暮らしをさせてやるのだ。
腐臭の漂う荒野で、幼心に誓った。
口の中には、犬の死骸の苦さがまだ広がっていた。

~20年後~

俺と弟は馬を並べて、崖下を見下ろした。
敵軍が野営する光が、そこかしこに輝いている。

「あれが敵の本陣だ。今から俺達で奇襲をかける」
「うん、兄ちゃん」

あれから俺も弟も、傭兵団に拾われ何とか生き残った。
団で戦場に出れるようになるまで5年。
横暴な団長を密かに抹殺し、団を乗っ取るまで更に5年の月日を擁した。

そしてとある戦乱に仰ぐ国に団ごと仕えた俺たちはそこで武勲を重ね、その国軍内で確固たる存在感を確立するに至った。
そして今、俺たちはある重大な奇襲作戦の任を任されていたのだ。
この策が成功すればこの戦闘での俺達側の勝利は間違いなく、上手くすれば戦全体の帰趨も決しかねない。
成功した暁には俺を将軍職に取り上げてくれると、指揮官の元帥も約束してくれた…!

「今から団の部隊を2手に分ける。1隊は俺、もう1隊はお前が指揮する。お前は東側から攻めろ、俺は西側に回る。2部隊で挟み撃ちにするぞ!」
「うん、兄ちゃん!」

弟は疑うことを知らぬ信頼の笑顔を俺に向けてくる。
その笑顔が、俺には苦しかった。

俺は密かに、敵軍に奇襲の情報を与えていた。東側の奇襲だけだ。
もちろん弟は、そのことを知らない。

敵が東側にばかり注意しそちらに戦力を集中しているすきに、西側から背後を突き本陣を落とす。
いわば弟は囮だ。戦闘には勝利するが、おそらく弟の命はない…

この策は元帥から命じられたものだった。
常々美少年を好むことで有名な中年男の元帥は、先日夜の伽を弟に命じたらしい。
弟は兄の俺から見ても相当の美貌だ。
ところが潔癖症の弟は、その誘いをにべもなく断った。
元帥は怒り、弟を死の淵に追いやる策を俺に強制してきたのだ…

元帥の怒りを買っては以後の出世は望めない。
俺は唯一の肉親を死神に売り渡す決断を強いられた。

自分の中で疑問がわかないでもない。
俺が栄光を望んだのは何故だ。
弟に良い暮らしをさせてやりたかったからではないのか?
その弟を犠牲にして得られる地位と富に、何の価値があるのか?

そう思っても、もう歯車は止まらなかった。
歳を取るに連れて、野望はどんどん薄汚れていく。
弟の屍を踏み越えても将軍職が欲しいと思う自分も、確かにいるのだ…

去り行く弟の背中を見つめていると、不意に口の中に苦い味が広がった。
あの時の犬の死骸の味だ、と気づいた時は、既に弟の姿は視界から消えていた。
作者にコメント

似た条件の即興小説


ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:苦い犬 必須要素:山田 制限時間:15分 読者:87 人 文字数:1131字
犬とか猫とか飼ったことが無い。理由の一つには親がそのアレルギー体質という事を明言していたというのがある。「だめ、私アレルギーだから」と、そのような感じで。まあ、 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:モフモフうさぎ お題:光のカリスマ 制限時間:30分 読者:12 人 文字数:1482字
全世界の富の半分を所有すると噂される超巨大ネット通販その他サイトの創業者にして国際的コングロマリットの会長・ジャスティン猿渡は「光のカリスマ」として知られてい 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:でぴょん お題:光のカリスマ 制限時間:30分 読者:13 人 文字数:773字
蝋燭が灯り石造りで囲まれた不気味な部屋に日本人男子である泰弘は召喚された。宇宙に無限にある異世界に召喚された泰弘は辺りをきょろきょろと見回し「ようやく俺が活躍 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:おゆみ お題:彼女が愛した奈落 制限時間:30分 読者:12 人 文字数:453字
雨が降った。傘をもって家を出る。覚悟していた蒸し暑さはなく雨の音に相応しい涼しさがあった。もて余した茫漠とした時間をもて余しやることがないなら出てしまえと家を出 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:モフモフうさぎ お題:走る殺人 制限時間:30分 読者:13 人 文字数:1049字
赤坂十三丁目キルマラソン―― 丁BS(ていビーエス)で番組改編期に放映される名物番組「暗黒スター謝肉祭」のいちコーナーである。 そこでは日本各地から集まったシ 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:モフモフうさぎ お題:昨日食べた強奪 制限時間:30分 読者:9 人 文字数:2136字
山羊沢証はある重大な『病気』にかかっていた。 そのせいで彼はまともな職にも就けず、路上強盗を繰り返して生きていかねばならない羽目になっていた。 山羊沢は強引な 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:まこしか お題:楽しかったヒーロー 制限時間:30分 読者:6 人 文字数:1618字
俺は色んな人を助けて来た。 借金を抱えていた友人。道がわからなくて困っている外国人。彼氏の暴力に悩む大学の後輩。遠距離恋愛に悩むバイト先の先輩。 俺はその人達 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:でぴょん お題:もしかして小説練習 制限時間:30分 読者:14 人 文字数:636字
今の私は何をしていると思う? タイピングの練習? ノンノン。 肩こりマッサージの指圧の感覚をノートパソコンで試している? ノンノン。 でぴょんずひんとたいーむ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:モフモフうさぎ お題:でかい屍 制限時間:30分 読者:10 人 文字数:1286字
ガリバーの死体は小人国の全員の胃袋を満たし、余った肉は干し肉にされ、その後数ヶ月分の食糧となった。 巨人の皮膚ははがされ加工されてレインコートなどになり、髪の 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:さとりっく お題:自分の中の能力者 制限時間:30分 読者:8 人 文字数:839字
家の中で虫を見つけると母はギョッとしては、私に虫の死刑を救告する。私は虫の死刑執行に殺虫剤を吹きかけることが多い。悶え苦しむ虫を見て、母は安心したのか日常をまた 〈続きを読む〉

いしゅと@自称モノ書きの即興 小説


ユーザーアイコン
作者:いしゅと@自称モノ書き お題:苦い犬 制限時間:30分 読者:32 人 文字数:1577字
眼前にはハエがたかる犬の死骸が横たわっていた。空腹のあまり、はいつくばってその肉を噛みちぎった。苦かった。とても食えたものではなかった。反射的に吐き出した。「兄 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと@自称モノ書き お題:宗教上の理由で大学 制限時間:15分 読者:124 人 文字数:812字
「離してくれ、俺はもうこんな大学いられないんだ!」そう言って立ち去ろうとする俺の肩を、友人の野上がつかんできた。「おい、いきなりそんなこというなんて、一体どうし 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと@自称モノ書き お題:昨日の粉雪 制限時間:15分 読者:90 人 文字数:850字
龍彦は不機嫌だった。原因は昨日の午前中の積雪にあった。季節外れの異常気象により、四月だというのに雪が降りに降って、ついには一面の銀世界を現出させた。踏めばサクサ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと@自称モノ書き お題:捨てられた風 必須要素:化粧水 制限時間:30分 読者:69 人 文字数:1178字
「いつか空の向こうへ行ってみたいんだ」リアンがそう告げると、出会ったばかりの少女―確かシェーラとか名乗った―は不思議そうに首をかしげた。「どうして、そんなところ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと@自称モノ書き お題:黒い関係 制限時間:15分 読者:86 人 文字数:832字
「ねー、やっぱりあの2人、怪しいよねえ」昼休み、私は同僚たちと噂話に花を咲かせていた。現在私たちのグループ内では、A子とB男の話で持ちきりである。「いつもこそこ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと@自称モノ書き お題:何かのおっさん 制限時間:15分 読者:123 人 文字数:1060字
世界一強運な男がいると聞き、私は記者として取材にやってきた。男は匿名を希望したので、ここではイニシャルのB・Jとだけ記しておこう。「はじめまして、あなたは世界で 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと@自称モノ書き お題:せつない夢 制限時間:15分 読者:112 人 文字数:1136字
名探偵には、ひとつの大きな夢があった。その夢に出会うために、彼は今日も事件現場に足を運ぶのである。「…以上が、この事件のあらましです」顔見知りの刑事に説明を受け 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと@自称モノ書き お題:かゆくなる関係 制限時間:30分 読者:116 人 文字数:1687字
先王アルベルトが己の後継に末の弟ティグリスを指名したことは、王国に激震をもたらした。この指名に殊更憤懣を覚えたのは先王の長兄ナイルと妃イリスである。前者は本来先 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと@自称モノ書き お題:臆病な靴 制限時間:15分 読者:135 人 文字数:951字
その靴は、誰にも買ってもらえなかった。臆病で、ちょっとしたことがあるとすぐ逃げ出すからだ。「この前犬に吠えられただけで勝手に逆方向へ走り出して遅刻しちまった。こ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと@自称モノ書き お題:私が愛したエデン 制限時間:15分 読者:147 人 文字数:1039字
跨線橋の上で、僕は去り行く彼女と向かい合っていた。冬だった。雪交じりに吹き付ける風が冷たかった。屋根もなく、左右に欄干が取り付けられているだけの、古い跨線橋だっ 〈続きを読む〉