お題:複雑な始まり 必須要素:ケチャップ 制限時間:1時間 読者:50 人 文字数:2539字 評価:0人

人形劇
 鐘の音が鳴り響くと、演劇のはじまる合図となる。暗転していた舞台に光が差し、そこに立つ登場人物が明らかになる。主人に夫人、七人の子供たちに、執事、使用人の男女、庭師に郵便配達員。舞台袖から黒いシルクハットをかぶった来客がやってきて辺りを見回し、
「登場人物が多すぎる」
 とつぶやくと、手にした銃を人々に向けた。主人に夫人、七人の子供たちがぱたぱたと倒れ、あとには仕えるあるじを失った使用人だけが残る。
 本来中心にいた主要な人々がいなくなってしまい、執事も使用人も右往左往するばかりで、傍から見ても、そこにどんな物語も見いだせない。
「数を減らせばいいってもんじゃないな」
 シルクハットの来客が銃をしまい込むと、一家はまた次々に起き上がり、もとのように、人々は広間にひしめいた。
 多すぎる登場人物はおのおの勝手に動き、複雑な物語を紡ぎはじめる。シルクハットの来客があいだを縫って、なんとかひとつにまとめようとするも、あまりに複雑に絡み合った話はとてもまとまらない。
 シルクハットの来客は頭を抱え、そのまま立ち位置をころりと転げ落ちる。
「最初からやり直しだ」
 ぽつんと落ちたシルクハットのうえからそんな声がして、舞台はまた暗転――はせず、もっと明るい陽の下にさらけ出された。
 ひっくり返されたからくり時計の部品はばらばらと卓上に広がる。登場人物は精緻に作り込まれた人形の顔へと戻り、悩める設計士の顔を見上げることになる。

 一時間に一度、演劇の展開されるからくり時計を作ってほしい。
 設計士の元にそんな依頼があったのは、もう一年も前になる。以前よりひいきにしてくれている女王陛下からの頼みだった。
 設計士はもともと、子供向けのおもちゃを製作して売っては生計を立てていた。それが珍しいもの好きの女王陛下の目に止まり、自分のためにからくりのおもちゃを作ってほしい、と依頼されるようになった。
 破格の報酬もあるが、この国では女王の命令に逆らえば斬首、極刑は当たり前なので断る道はなかった。
 あんなものが欲しい、こんなものを作って、と女王の思いつくままの頼みを、これまで設計士はそつなくこなしてきた。設計士は器用で、応用がきいた。自分の持つ技術と発想で、女王のぼんやりした要望に、期待通り応えることができた。
「だが、今回ばかりは」
 試行錯誤を繰り返した末、試作品の残骸が散らかり放題となった工房を見回し、設計士は途方に暮れた。
 依頼を受けて、もうそろそろ一年が経ってしまう。
 これまでの実績があるから女王も気長に待ってくれるが、そろそろ催促の伝言を持って、女王配下の騎士が工房の戸を叩いてもおかしくない。その訪問は、設計士の極刑の決定が決まった知らせであるかもしれないのだ。
 そもそも、今回の要望は無茶だった。
 からくり時計だって魔法ではない以上、本体に収まる部品の数には限りがある。それを、
「登場人物が15人くらい出てくる探偵小説みたいな劇」
 とか、
「大広間で20人の男女が踊る舞踏会」
 とか、鐘の音とともに短時間のあいだ繰り広げられる人形劇に、あまりにも複雑さを求めすぎている。
 この国随一の設計士の腕を持ってしても、不可能というものだった。

 それから一月が経った。設計士はちっとも進まない製作にいよいよ思考停止してきて、工房で一日中、ケチャップと向き合っていた。
 そのすこし前、騎士が工房を訪ねてきて、からくり時計の進捗をそれとなく聞いてきた。
「女王陛下は一日も早く作品を見たいと、完成を心待ちにしておられます」
 丁寧な物腰ではあったが、小脇に紙束を抱えていた。わざとらしく落とした紙を拾い上げたところ、次に極刑に処す民の名簿で、一番下だけが空白だった。
 完成をこれ以上遅らせてみろ、ここに名前を書き込んでやるぞ――
 という、騎士のわかりやすい脅しであった。
 以来、設計士はもう恐怖に震え、かくなるうえはこのケチャップを胸にかけて工房の床に倒れ込み、死んだふりをするしかない、と思いつめているのだった。
 ケチャップを手にして蓋を緩めたり締めたりを延々と繰り返していると、工房の戸が外から叩かれた。
 二度目の騎士の訪問だった。
 いよいよまずいと焦った設計士は飛び上がり、はずみで床に倒れ込んだうえに自分の体にケチャップをぶちまけてしまった。
 直後に戸が開き、騎士の驚く声が聞こえてきた。
「……設計士が死んでる!」
 そのまんまな叫びのあと、女王への報告のために慌てて駆け去る気配があった。
 死んだということにして、どこか遠くへ旅に出ようか……工房の天井を見つめながらそんなことも考えた設計士だったが、そのとき、あんなに悩んでいたからくり時計の設計に、ひとつのいい案が浮かんでいた。
 思いついたからには、作り上げねばならない。
 立派な心がけの設計士は重い腰をあげて、作品の製作を再開した。

 女王の城に完成したからくり時計を持っていくと第一声、
「死んだはずの設計士が生きてる!」
 と驚かれたが、ご要望のからくりができたと伝えると、女王は素直に喜んだ。
 設計士は作品にかけた布を取り去り、お披露目した。
 ちょうど、鐘の音の鳴る時刻だった。時計が鐘を鳴らすと、演劇のはじまる合図となる。広間を模した舞台がせり出し、女王は期待に歓声をあげた。
 そこから15人を越える登場人物が出てくる……はずだったが、舞台上に現れたのはどれもケチャップに服を染めた、倒れ伏す人形ばかりだった。
「死んでるわ」
 女王の戸惑いにこたえるかのように、もうひとり、人形が出てくる。
 唯一動く仕掛けを施した、シルクハットの来客が指揮者のように腕を振ると、ほかの登場人物は一斉に跳ね起きた。
「死んだふりです」
 設計士はおごそかに言った。単純な仕掛けだ。それぞれに複雑な動きをさせなくていいから、この数の人形を時計のなかに入れることができた。
 しばしぽかんとした女王は、その後、こらえきれずに笑い転げた。
 一日にあと11回、死んだふりの劇が上映されると知ったら怒るか気にいるか、設計士は戦々恐々とした。
  
 
  
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