お題:複雑な始まり 必須要素:ケチャップ 制限時間:1時間 読者:60 人 文字数:3616字 評価:1人

人生を変える大会
 新国立競技場では、かつてオリンピックが開かれた時よりも大人数の観衆がひしめいている。5万人以上が見守る中、競技場の中心に今、四人の選手が並び立とうとしていた。
 入場ゲートを前に、四人の間に会話はない。
 長身の黒田コウタロウは、腕組みをして静かに目を閉じている。
 細身だが引き締まった体躯の神柏井ヒロマサは、一定のリズムで呼吸を刻んでいる。
 紅一点の田部内チサコは、その小柄な体を一層縮めている。
 そして、タキシードにマント姿のディミトリエ・ペッシェは青白い顔でゲートを見つめていた。
『それでは、選手入場です!』
 司会の声に応じるように、まず黒田コウタロウが一歩を踏み出した。


 黒田コウタロウは、物心ついたころから食べるのが大好きだった。
 幼いころから人一倍大きな体格をしていたせいか、よく年長者から食べ物を勧められたし、同年代以下からも大食漢のように見られていた。
 そういう環境のせいか、それとも大きな体が求めた自然な反応だったのか、彼は成長するにしたがって大食いになっていった。
 高校生になった時、黒田コウタロウは進学した先の高校の学食で、おかわりを何十杯と繰り返し、用意された米飯をすべて一人で食べきってしまった、ということがあった。
 この噂を聞き付けた芸能事務所にスカウトされ、黒田コウタロウはフードファイターの道を歩み始めた。
 ジャイアント黒田という芸名で活動をし始めた彼はメキメキと頭角を現し、TV局の企画したアメリカのトップフードファイターとの決戦で勝利、その食べっぷりから多くのファンを獲得するに至る。
 お茶の間にジャイアント黒田の名は広まったが、彼らフードファイターがメジャーになるにつれ、フードファイトそのものに対する世間の風当たりが強くなってくる。
 「ホットドッグのパンを水に浸して食べて何になるのか」「料理に対する感謝が足りない」「食材に対する感謝も足りない」「子供がまねして死んだらどうする」……。
 小さな輪の中でやっていたことがメジャーになると、それまで存在すら知らなかったクレーマーが目を三角にして抗議してくる、というソーシャル・ジャスティス・ウォリアーたちのよく知られたムーブである。
 逆風の中でもジャイアント黒田は愚直にフードファイトを続けた。ソーシャル・ジャスティス・ウォリアーたちも、真摯なファイトを見せていればわかってくれるはずだと信じていた。
 しかし、彼に大きな危機が訪れる。
 それが、ライバル的存在であったギガント灰崎の死であった。
 灰崎の死因、それは「パンを水に浸して食べる」のがクレームを受けて禁止されたために、そのままホットドッグを飲み込もうとして失敗したことだった。このホットドッグを直接吸引する技は、黒田が開発したものなのだが、それを灰崎は取り入れようとして失敗したのである。
 同時期にデビューし、共にアメリカと戦った戦友でもあり、日本一を賭けて戦うライバルでもあった灰崎の死は、ジャイアント黒田の心に大きなダメージを与えた。
 自分のような高い吸引力を持つ人間でなければ、フードファイター足りえないのか。灰崎は何も悪くないのに、こうして世間に殺されてしまった。いや、彼を殺したのはフードファイトそのものではないか……。
 様々な感情が渦巻き、結局ジャイアント黒田は引退することになる。灰崎の死から3か月後のことだった。二人のスター選手を相次いで失ったフードファイトは、ソーシャル・ジャスティス・ウォリアーたちが望んだように下火となった。
 そんなジャイアント黒田が再起をかけるのが、この大会だった。
 やはり、自分の吸引力を生かせる仕事をしたい。それが灰崎への弔いにもなる。
 芸名ではなく、ただの黒田コウタロウとして――。
 スタジアムへ踏み出した一歩は、その距離もよりも遥かに大きなものだ。

『エントリーナンバー154! 黒田コウタロー!』


 神柏井ヒロマサは、走ることが何よりも好きな少年だった。
 小学校時代は地域の陸上クラブ、中学からは部活動で。高校と大学はスポーツ推薦を受けて進学した。それほどに、才能豊かな陸上選手となっていた。
 神柏井ヒロマサの人生の目標は、大学駅伝の花・パコネ駅伝だった。アップダウンの激しい山道をタスキをつないで走るこの大会に出場することを目標に、ヒロマサは走り続けてきた。
 そして、見事その夢をかなえることになる。
 上りの山道を平地のように走り抜け、前にいる選手をごぼう抜きしていくさまが注目され、「山の王」などとあだ名された。
 マスコミ大注目のこの選手を、陸上界も手厚く迎えた。大学卒業後、神柏井ヒロマサは実業団に所属し、今度はマラソンでオリンピックを目指すことになる。
 しかし、パコネ駅伝で鳴らした多くの選手がそうであるように、マラソンでの神柏井ヒロマサはパッとしなかった。
 何せ、普通のマラソンは山道では行われないのだ。
 幼いころからパコネにあこがれていたヒロマサは、平地での走り方がわからなくなっていた。
 結局、大学卒業後からわずか2年で引退を余儀なくされる。
 陸上をなくした神柏井ヒロマサには、他に何も残らなかった。
 仕事は全くできない。パソコンをつけたこともなかった。彼にできるのは、山道をだれよりも早く走ることだけだった。
 やがて仕事自体もやめ、あてもなく富士山頂と自宅を往復する毎日を送ることになる。
 そんな彼に転機が訪れる。それが、この大会だった。
 俺にはまだ、鍛えた肺活量があるじゃないか。
 神柏井ヒロマサ、再び大きな山へと挑む時が来た。

『エントリーナンバー1213! 神柏井ヒロマサー!』


 田部内チサコは引っ込み思案な少女だった。
 小学生のころから学校は休みがちで、中学二年生になるころにはほとんど登校できなくなった。
 原因は、チサコが小学一年生の時に受けた給食指導にあった。
 チサコの一年生の時の担任は、前時代的に厳しい教員で、しばしばサディスティックに児童をいじめた。特に、給食を残すことを絶対に許さなかった。
(給食を残すなんて許しません! 今でもアフリカの子どもたちは飢えているのに……)
(テレビで大食いの番組をやっているでしょう、アレもいけません! 日本は豊かになったけれど、心は貧しくなりました! 給食を残すのもその一端です!)
(こら、残さない! 全部食べなさい! ほら、テレビの大食いの野蛮人みたいにガツガツ食べなさい!)
 どこか矛盾したような厳しい指導の末、チサコは拒食症に陥ってしまう。
 その担任は定年退職によりチサコが三年生の時に学校からいなくなったものの、チサコの心には深い傷が残った。
 ほとんどの食べ物が受け付けなくなった中、チサコが唯一食べられるのがトマトだった。
 トマトジュース、ホールトマト、ミニトマト、桃太郎、黄色いトマト――品種や調理のいかんを問わず、トマトだけがチサコの唯一食べられるもので、愛するものになっていた。
 彼女の拒食症に当たった精神科医は、それを「長所だ」と褒めた。
(だから、長所を生かしなさい。この大会に出て自信をつけるの。そしたら、他のものもきっと食べられるようになります――)
 決勝の舞台に来た今、チサコはあの精神科医の言葉を確信するに至っている。

『エントリーナンバー496! 田部内チサコ!』


 ディミトリエ・ペッシェには秘密があった。
 彼の家系は名字が示す通り、ルーマニアの吸血鬼の末裔であった。
 現代、吸血鬼の居場所は人間社会にほとんどない。山奥の城に引きこもって、先祖伝来の資材を切り売りしながら、何とか糊口をしのぐしかない。
 何とか、一族の未来を変えねば――。
 そんな時、ディミトリエは遠く極東で開かれる大会のことを知る。
 これだ、吸血鬼である自分を100%活かせる大会だ。
 それも、賞金は3億円。これだけあれば、まだ100年は遊んで暮らしていける。
 夜を歩く吸血鬼が、ついに日の当たる競技場に姿を現す――!

『エントリーナンバー9! ディミトリエ・ペッシェ!』


 こうして、決勝に残った四人のファイターたちが観衆の前に姿を現した。
『揃いました、揃いました! 名だたる四人のファイターたち! それぞれの複雑な事情を背負いながら、それぞれここまでやってきました!』
 アナウンサーがそううたい上げ、観衆たちは何故か感動して泣いていた。
『頂点に立つのは、元フードファイターの意地か、それとも『山の王』が頂を制するか、はたまた紅一点一極集中がトマトの神に微笑まれるか、あるいは1000年を生きる吸血鬼の神秘の力か――』
 会場のボルテージはマックスだ。
 ここに、「世界ケチャップ早飲み大会決勝」の幕が開く――。
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