お題:暗黒の家事 必須要素:書類 制限時間:1時間 読者:40 人 文字数:3310字 評価:1人

売られた先
生活のための活動を家事というのなら、これもまた家事なんだろうか。
よく絞った布で金属の感触がするそれを拭いながらそう思う。手の下の、硬いくせに弾力のある感覚はいつもと変わらない。表面だけは固く、中は逆にやけに柔らかい相反する性質を持っていた。

パイプのように細いそれを、右から左へと丁寧に拭う。
心地よいのか、クルル、と細い唸りのような音をそれは出した。
僕の安全を、わずかに高くしてくれる音だった。

僕が一生懸命きれいにしている対象が、一体どんな姿をしているのかは分からない。
地下五階層、自然ダンジョンの奥となれば光源なんて贅沢なものはありはしない。
ここでは目で観察する奴は敗者で、それ以外の方法で周囲を感知する奴が勝者になる。
だから、僕はここでは最底辺の弱者で、僕が綺麗にしている相手は最高級の強者だった。

クルルる――
と唸り声が止まった。
あ、やべ、と距離を取ると同時に、風音が、鳴った。
伸ばしっぱなしの僕の髪の毛が逆立つ暴風、遠くで何かの断末魔が聞こえた。
音はその二つだけで、それ以外の音はない。
洞窟という密閉した空間の、岩肌をまるで傷つけることなく何かが動いたためだった。
おそらく、というより間違いなく、僕が拭っている奴が攻撃し、仕留めた。
硬い癖に柔らかいこれは、自由に体の形を変更できた。
実際には見たことがないから、まあ、推測だけどね。
けど、いくら綺麗にしても、毎回毎回ぜんぶ形が変わっていて、同じ形状がひとつもなかったのはそうとしか思えない。

哀れな断末魔は徐々に小さくなり、やがて無音となった。
ムッとする臭いが、近づいた。耐え難い血の臭さ。倒した敵を引き寄せていた。

触れている感触が、大きく変わる。
口を開けているらしい。
倒したのがどんな敵で、今どんな格好で食べようとしているかは不明だけど、ただの一口で丸飲みにしようとしているのは間違いない。
ぽい、と引き寄せたものが口へと放り込まれ、もっきゅもっきゅと巨体が蠕動する。
そして、即座にペッと吐き出された。

別に、エサとして気に入らなかったわけじゃなかった。
こいつは、酷い偏食家なのだ。
心臓などの一部の臓器と、鱗などの表面と、骨。それだけを好んで食べる。残りは要らぬとばかりに廃棄される。

洞窟蟲たちが喜び勇んで寄ろうとするより前に、僕は必要とするだけの食糧分を、熱ナイフで刻んで確保した。これでまたしばらく食料は持つ。
拭う手を止め、いつまでも再開されないことに腹を立てたのか。どこか不機嫌な唸り声が上がった。少しは我慢して欲しい。

また血塗れになったコイツを綺麗にするために、僕は布を絞り清掃作業を再開した。


僕は、もちろん最初からここにいたわけじゃない。
もともとは地上の、スラムに限りなく近い住宅街で暮らしていた。
どうにか無法状態じゃなかったのは、それなりに豊かな国だったからと、住人達の温和な気性のお蔭だった。

その中で、僕はそれなりの期待をかけられていた。
見目麗しいほどじゃないけど、それなりに整った顔だから、売れると踏んだのだ、母親が。
希少価値を出すために、「初物」としての価値を出すために、道で売りをしないで済んでいたのは幸いだった。友達の何人かは、それで酷い目にあっていた。僕はせいぜい女装して酒場で働いてたくらい。
そして、期待した通りに僕を高値で買った奴がいたことは、それ以上の幸いだった。もちろん、この場合は母親にとって。

書類一つで右から左へ。
僕はどこかに運ばれた。
そこで会った偉そうな奴に一瞥されて、「捨てろ」とだけ言われた。
両手を拘束された僕は、その言葉通りに運ばれて、捨てられた。このダンジョンに。
じゃあなんで僕なんて買ったんだと嘆きながら、滑り台のようなところを滑走して、一気に最下層まで直行した。

どうやら、その偉い奴にとってここは「とても都合のいい処分場」として扱われていたらしい。
ダンジョンで人間が死ぬのは当たり前。どんな奴がどれだけ死のうと関係ない。

まして、コイツにちゃんと「人間の血の味」を憶えさせておかなきゃ、いざというとき使えないかもしれないじゃないか――きっとそんな所だろう。

僕がここに来てから二か月。
巨大な強者のゴキゲン取りをしながら生存を続ける中、何度かここを訪れた奴がいた。
どうやら、僕をここへと放り込んだ奴の関係者だった。
松明なんて目立って仕方ないもので、周囲に「ここに雑魚がいますよ」と喧伝しているのに無事だったのは、どうやらその体につけている妙なニオイが理由だ。モンスター避けのものらしい。

その関係者らしき奴は、入り口で高い音を出す笛を吹いた。どうやらそれは命令をするためのものだったらしく、笛を吹いた奴の前にドサドサと貴金属がかき集められた。
ここで死んだ人間やモンスターの遺留品だった。

手にした袋にかき集めては、そそくさと帰って行った。
僕はその様子を、遠くの暗闇に身を潜めながら観察していた。

――ご頭首は、ドラゴンなんかを、どうやって手懐けたんだ……

そんなぽつりと漏らした言葉も、僕はただ聞いていただけだった。


ドラゴン、ドラゴンねえ……?

そう言われれば納得できるだけの強さではあったけど、少し信じられない。
絞った布で拭われて、クルルと鳴く様子はそんな強大さを感じさせない。
なにより、コイツには巨大トカゲどころか生物としての恰好すら備えていない。

まあ、人間の知恵なんてもの、簡単に凌駕しているからこそドラゴンなんだ、と言われればそれまでだけど。

「本当かなあ……」

久々に出した独り言の返答は、クルル? というドラゴンらしきものの疑問形だけだった。


そうして、僕の日常は、僕の家事はさして変わらずに続いた。
岩盤から染み出し流れる水を利用し、定期的に血塗れに汚れるそいつの体を綺麗にする。
仕留めた獲物の、そのおこぼれを頂戴して糊口をしのぐ。なんだか、上での生活とさして変わらないんじゃないかとすら思えてくる。

寝るときは、僕が滑り落ちてきた場所に体を斜めに横たえる。
同じく眠るドラゴンっぽい奴は、やけに寝相が悪かった。下手に近くにいれば串刺しになる。

暗闇の中の穏やかな生活が変わったのは、定期的に来る笛奏者に、聞きなれない声が混じった時だった。

「本当か、本当にここにいるんだろうな、ああ? 嘘ならお前の首は泣き別れだからな」
「勘弁してください、御坊ちゃん。あと、あまり騒がないでください。魔除けのお香も、万能ってわけじゃないんですから」
「なんだお前、僕に逆らうつもりか」
「本当に、勘弁してくださいよ」

いつも来ている奴に、やけにバカっぽい、それでいてどこか聞いた覚えのある声が混じっていた。
ドラゴンも、どこか不愉快そうに、グルル、と鳴く。

松明に照らされて来た奴の姿を見た時、ようやく、納得ができた。
色々なことに。

どうして僕は高値で買われたのか。
どうして僕はそれなりに見目が整っていたのか。
どうして僕は即座に捨てられたのか。

それは、その坊ちゃんとやら――僕を買った偉そうな奴の、おそらくは子供と、僕が瓜二つだったからだ。

偶然?
どうだろう、僕には母はいても父はいなかった。
本当の親が誰だったかなんて、わかりはしない。

ああ、そうか、そうだろうな、なるほどな――

見る限り、僕はまったくそっくり過ぎた。影武者やるにしても危なすぎる、火種になる、危険すぎると判断したわけだ。また、反射的に自分の過去の行いから目を背けたい意識もあったからこそか。

「ふざけるな」

――どうやら、これはドラゴンらしい。
なら、当然、そこには逆鱗もある。毎回姿を変えるが、触れられるのを嫌がる個所が。

僕は、そこに思いっきり拳を叩きつけ、同時に安全地帯である滑り台へと身を滑り込ませた。

まったく遠慮もなにもない暴風が狂ったように吹き荒れるのを、僕は安全圏で聞いた。
さて、これからどうするか――













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