お題:破天荒な海風 制限時間:30分 読者:12 人 文字数:1356字

投身受胎 ※未完
私は淡く息を吐く。夜の星々が瑠璃の底に沈んでいくのを見届けた後に、太陽がこの国に訪れる前に、私は早急にこの事案を片付けなければならなかった。今日は予報によればどうやら大しけで、眼下の海は早くも僅かに荒れている。これなら私は水底に飲まれて母の胎に帰る他ないだろう。人は常々、美しく巨大な聖母の子宮に飲まれて消えたくなる欲求を抱えている生き物だと思うが、私にはこの海こそがその子宮そのものであるように思える。いわば、私は生まれてきた場所に帰るだけだ。
頭上は雲がかかり始めた。私のする準備はあとは靴を脱いで並べて置くだけだ。母の胎に土足で踏み込むほど常識知らずじゃない──なんて言うわけじゃないが、どうやらこれが高いところから落ちる時のセオリーらしいから先人に倣うだけだ。正直、意味は良くわからない。だけど裸足でいるのはちょっと気分が上がるような気がする。
海から歌声のような音が聞こえだした。こんな風に風が強い日は一層高く歌声が聞こえる。世間ではこの崖は「セイレーン岬」だなんて呼ばれて自殺の名所とされている。なんでも、どこかの神話に伝えられたセイレーンという怪物がその歌声で人間を誘い込んでいるのだと。だけど地元民だけが知っている。これはただ、不規則に連なる岩の隙間を通り抜ける風の音が歌声のように聞こえるだけだと。こんな場所にセイレーンはいないのだと。だけど私は良くここへ来て、ここに響く歌声を聴いた。とても美しくて、心の支えになって、だからこそ、私は最期をここで迎えたいと思ったのだ。
私は強く息を吸い込む。空はとっくに曇天の中だ。私はそっと足を前に出して、虚空に身を投げる。支えるものが何もない体は重力に従って下へ、下へ。
水中に沈んだ体は強い流れに飲まれて、予測し得ない速さで流されていく。このまま世間と、世界と、現世とお別れできる事を私はただもがきながら祈る。あ、やっぱり生きたい。いや死にたい。その思いが体内で渦巻く。生まれてきてくれてありがとうだなんて誰も言ってくれなかったじゃないか。やっぱり、私は生きていなくても。
突然、私の肺に空気が流れ込んだ。理解出来ずに身体を動かしても感触はまだ水の中。うっすらと目を開くと、くらくらと光を反射させる鱗のようなものが見て取れた。
「こんな日に海に飛び込むなんて、よっぽど死にたかったのね」
私は目を見開く。あの岬に響いていた音と同じ声でそれは喋った。
「あなたの事、私は知ってるわ。私の歌をよく聞きに来ていた子でしょう」
彼女は酷く艶かしい目で私を見る。慈しむような、蔑むような、哀れむような、嘲笑うような複雑な目だ。
私は海中に揺れる彼女の髪に釘付けになる。黒く長い、美しい髪。その髪よりも美しい彼女の容姿。この海を母の子宮とするのならば、彼女がきっとその主だ。そう思えるほどの美しさと──巨体。
あなたは。そう喋ろうとして、息が口から漏れ出した事で私は水中にいる事を思い出した。一瞬でパニックに陥る私を彼女は笑い、そしてそっと口付けた。流れ込む空気を私は懸命に吸い込む。
「あなた達は大変ね。そんなにたくさんの酸素が必要だなんて」
彼女は聖母としか例えられないような笑みを浮かべる。
「でも、そうね──」

あっ時間がないですね
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