お題:昼の貯金 制限時間:15分 読者:31 人 文字数:979字

レッドボーイの怪異 終
 これは俺の昼の顔だ。
 空木ハルヒトはそう自分に言い聞かせていた。
 幼いころから「こうしなければ駄目だ」という規範的な思考の中で生きてきた彼は、厳しく自分を律することを信条としていた。
 毎朝のジョギングは欠かさず、健康的な食事を続け、他者に対して愛想よく振る舞う。決して無駄口や悪口はきかず、勤勉に振る舞う。
 これまでの人生で獲得してきたそれを、彼は「昼の顔」と呼んでいた。
 では、「夜の顔」というものがあるとしたらどうだろう。
 ハルヒトの「夜の顔」は、主に家族に向けられる。両親に、ではない。両親はどちらも厳格で、ハルヒトは「昼の顔」でいるしかなかった。「夜の顔」を向けられるのは、かつては実の弟、大人になってからは妻であった。
 「昼の顔」の反動が、「夜の顔」には強く表れた。激しく輝く光のものとでほど、影の色が濃くなるように。その色は、ハルヒトの弟を、妻のミヨコにしみこみ、苛んだ。
 妻には離婚されてしまった。「夜の顔」の暴力や暴言に耐え兼ね、身重の体のまま家を出て行った。その選択肢が選べただけ、彼女はマシだっただろう。
 ハルヒトの弟――レツトは「夜の顔」の影に文字通り圧殺されてしまった。「血を分けた兄弟」という逃げ場のない関係が、レツトを追い込んだのだ。わずか12歳で、レツトは自らの命を絶ったのだ。幼くして死を選ばねばらならかった弟を見て、ハルヒトはどう思ったのだろうか。その代替品を妻に求めたことから、反省はなかったのだろう。
 そして、後に「夜の顔」はハルヒト自身をも破滅させてしまう。
 それは、ミヨコと離婚して1年ほどたった、六月の蒸し暑い日のことだった。
 前々から、近所の小学生の話声のうるささに苛立っていたというハルヒトは、包丁を五本も携えて小学生の登校班の列に襲い掛かった。近所では「挨拶してくれるおじさん」「ジョギングおじさん」として通っていた彼の強行に、誰しもが驚いたものだ。
 12人を刺殺し、小学校の校門前で逮捕されたハルヒトは、取り調べにも堂々と、しかしどこか淡々と応じた。罪は認め、精神鑑定も蹴ったが、死刑が執行される最期まで反省の弁はなかった。
 ただ、ハルヒトの弁護に当たった弁護士は、一度だけこんな言葉を彼から聞いたという。
(俺は自分を守ったんだ。あいつから、たくさんに増えたレツトから――)
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