お題:箱の中の過ち 必須要素:パン 制限時間:1時間 読者:23 人 文字数:2713字 評価:0人

捨て××
 見上げると四角く切り取られた青空から、燦々と太陽が照っていた。めずらしい晴天だ。太陽がふたつ、そのうち片方は失敗した目玉焼きみたいにその形を崩しているが、頼りない記憶から再現したにしては上出来だろう。雲もある。はっきりとした空の青さとのコントラストが目に痛いくらいだ。
「女神さま、今日はご機嫌なのかな」
 マンホールの蓋を頭でちょいと持ち上げて、少年は空を見上げていた。ばつぐんの再現度も、端が白い壁に遮られていれば作り物だとは明らかだ。ご機嫌、と少年が言ったとおり、失敗した目玉焼きのほうの太陽がちかちか瞬いて、分裂した勢いでスクリーンを跳ね回った。女神さまはスキップでもしたい気分らしい。合計みっつとなった太陽が、ビリヤードの玉よろしくぶつかりあい、少年に遮られた影が愉快に地面を踊る。
「宅配のおにいさんが、こないだあの子に贈り物を届けたから」
 隣のマンホールから、少年と同じく顔を出した少女が、ぼそぼそと言った。視線は少年の影を見つめている。少女は人の目を見て話すことができないし、上を見上げることもない。生まれてからずっとうつむいてばかりいたから、首が下以外に向けられなくなってしまったのだ。少女は人を影で判別する。大きいのが宅配のおにいさん、小さいのが少年、それよりもっと小さく、陰気に首をすくめているのが自分。
 この箱のなかにいる人間は、その三人だけだ。
 女神に影はできない。空を作るのは彼女だし、この世界の神は人前に姿を現したりしない。それと同時に、彼女はどこにでもいるし、どこからでも自分たちを見ている。
 たとえば、今少女が目を落としているアスファルト。その気になれば、そこに書かれた止マレの路面標示こそが彼女だとも言えるし、また箱のなかのどこを探しても、彼女はいないと言うこともできる。
 だから女神の影のありかを探すことは無意味だ。
 少女は影を探さない。かつては探したが、今では無意味だと知って諦めた。

 少女がうつむいているのは単に首が上がらないからだが、少年のほうを見なかったのは、決まり悪かったからでもある。
「なにそれ。そんな話、僕知らないよ」
「言わなかったからね」
「おにいさん、僕に黙って女神さまに会いに行ったんだ、それって裏切りだよ」
 思ったとおり、少年は怒った。マンホールの蓋をぶん投げ、縦穴から這い上がって、瞬く太陽の下に出る。まあまあ、と明後日の方向に手を振って、少女はなだめようとする。
「しょっちゅうじゃない。最初はおにいさんだって、宅配のときには君に声をかけてから行こうとした。でも君って、早起きが苦手なんだ。宅配は朝早くからはじまるんだから、君が完全に起きるのを待ってなんかいられないよ」
「でも、贈り物なんて……」
「君が寝ているぶん、おにいさんは働き者だったよ。ちょっとくらいの抜け駆け、君に黙って贈り物するくらい、許されないかな」
 少年はそれきり黙って、いじけてマンホールの蓋を蹴り上げている。蓋は縦向きに起き上がってそのまま道路を横切り、弧を描いて戻ってきて少女の顔面に激突した。少女は血を吐いた。
「贈り物ってさ、なんだったのかな」
「……さあ……、いいにおいがしてた。パンを焼いてたようだけど」
「パン!」
 少年は振り帰って少女を見た。人の目をまともに見たストレスで、少女はさらに吐血した。少年は気にせず少女に掴みかかり、乱暴にぶんぶんと揺さぶった。
「パンだって? 女神さまがパンなんか食べられるはずがないじゃないか、だって彼女は」
「……そうだね、彼女はまだ、生まれてないから……」
「世界は未完成だ。それは女神さまがまだ胎児だから、生まれてないから、生まれたあとの外の世界を想像で描いているから!」
「私たちは不完全で……バランスが悪い……」
「ああそうさ、きっと母体の環境が悪いんだ。いるべきやつがそばにいない、だからモデルがちぐはぐなことになる。僕らは女神の家族にならなきゃならないのに、僕はねぼすけの無能、おまえは人の目を見れない出来損ない、宅配のおにいさんに至ってはわけがわからない、他人だろ!? どうしてこうなったんだ、自我の生成は、まだなのか……」
 激高も長くは持たず、少年の声からは次第に力がなくなっていく。ねぼすけの無能は怠惰だから、集中力が続かない。怒りを維持することもできないのだ。
 少女はずりずりと路面に顔をこすりつけて血をぬぐうと、カーブミラーを利用してなんとか空を見ようとした。雲行きが怪しい。みっつもあった太陽が一斉にかげり、今にも雨が降り出しそうだ。
 影は――ある。
 少年と自分のぶんだ。どこかにはおにいさんの影もできているだろう。女神の影は、相変わらず見当たらない。
「ひとつ思うんだ、少年」
「なんだよ少女。言ってみろよ、下ばかり見ているおまえに、女神さまを見つけ出せるっていうのならな」
「箱だよ。どうして空が切り取られてるのか考えてみた。この箱は、まだ生まれない女神をなんとかしようとする、外部からの干渉なんじゃないかな」
「箱が……?」
「女神は箱のなかにいる。それはたしかだよ。だって私たちには見えないんだから、隠されてるんだ」
「箱のなかってのは、今いるここのことじゃないのか」
「そうでもある、女神さまはここにいるはずなのに、私たちには見えないんだ」
 少年は沈黙した。少女は自分の考えを続けた。
「だから思うんだ、きっと母体は箱を自らのなかに取り込んで、不完全な女神を生む手助けにしようと……」
「違うんじゃないかな」
 少年が遮って、少女はついうっかり彼のほうを見そうになった。
「箱を母体に取り込んだんじゃない、もっとシンプルに、女神さまは箱のなかに入れられたんだ」
「…………」
「女神さまは、捨てられ」
 少女はマンホールの蓋を取り上げると、思い切り少年の頭に振り下ろした。少年は顔面を打ち、口から血を吐いた。それでも口を閉じなかった。
「女神さまは、きっともう、生まれるまえに死」
 くずおれた少年を見下ろすのは簡単で、蓋を振り下ろすことになんの支障もなかった。今度こそ完全に沈黙した少年のそばで、少女は肩で息をついていた。

 少女は道路を振り返る。たまに通行人が通りそうな、普通の道路。
 影はある。女神を助けるための内部自我は、あるじが死んでも残響のように残っている。少女には喪失感がある。女神の家族として存在する自分だったから。でも、他人のおにいさんはそうでもなく、女神が死んでもただ、供え物をするくらいで、きっと同じようには感じないだろう。






  
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