お題:箱の中の過ち 必須要素:パン 制限時間:1時間 読者:20 人 文字数:2503字 評価:0人

完全で不完全な猫の運命
 吾輩は猫である。名前は一応ある。


 某文学作品の冒頭のパロディーだが、単に事実を述べただけである。
 
 
 その名も「シュレディンガーの猫」である。

 
 量子論などをきちんと学んだことが無くても、雑学やSF作品などで取り上げられることも多いので、ご存知の方も多いかもしれない。
 
 ――いや、ご存知の方が多いからこそ、吾輩は生まれた存在である。


 まあ、簡単に自身のことを説明すると、
 生きている状態と、死んでいる状態が重なり合って共存している不思議な存在である。
 そして、他の誰にもそれを観測できない、不可思議な猫。それが吾輩だ。

 ややこしい話かもしれないが、理論立てて説明する時間はない。
 具体的には吾輩の存在は1時間しか許されていない。

 これは何も即興小説バトルの制限時間に合わせたわけではない。

 実際に吾輩の目の前には、1時間の間に致死に至る放射線ガスが50%の確率で放射されるという、危険極まりない装置が置かれている。
 シュレディンガーの猫の思考実験とはどうやらそういうものであるらしいからこれは仕方がない。

 吾輩は誕生してから1時間後に、死ぬ運命なのか、生きる運命なのかが確定する。そういう存在なのである。

 せっかく誕生したからには、死にたくないというのが本音であるが、
 死んでいる状態も同時に経験している吾輩は、死への恐怖というものがあまりないのだろう。
 運を天に任せてもいいと思ってはいる、結構冷めた猫なのだ。



 話を戻そう。

 そもそも、吾輩は単なる思考実験に過ぎない存在であった。
 要するにおとぎ話の登場人物のようなものである。

 それなのに、どうして「実際に」吾輩が誕生してしまったかというと、
 この思考実験が、科学者の間だけではなく、一般の人々にも広く知られることになったからなのだ。

 吾輩はそう理解している。

 そもそも、モノが存在するためには、そのモノを「観測」する存在が居ることが条件となる。
 それは、吾輩の由来ともなった、量子論的解釈に従った考え方である。

 ただ、「観測」とはどういった行動を指すのであろうか?
 目で見ること? 耳で聞くこと?

 確かに、そういった五感で知覚するということは観測の必須条件であるかもしれない。
 
 ただ、観測とはそれだけではなかったのだ。

「人々の心に思い浮かべられること」

 結果から分かったことだが、心の中でそのものを思い浮かべるだけでも、それは観測されたことになるらしい。

 吾輩は、多くの人に認知されることによって、
 その意識が作り出す世界、かつてプラトンが提唱した想像の中の完璧な世界、イデアの中に生まれたのだ。
 自我を持つ形で。


 イデアの世界に生まれた吾輩は、そのイデア世界の性質によって、完璧な存在である。
 物理的に観測されない、認識されない、知覚されないことによって、吾輩は完璧な存在であるという優越感に浸りながら、こうして自分語りをしている。

 うーむ、こうして考えてみると、完璧な存在、であるにも関わらず、自慢したい、いわばヒトのように不完全な要素をはらんでいるのは不思議ではある。
 まあ、吾輩の、生きている状態と死んでいる状態が重なっている性質のように、きっと完全な吾輩と、不完全な吾輩も重なりあっているから。
 そういうことにしておこう。



 さて、そうこうしているうちに、吾輩に残された時間も残り少なくなってきた。

 不完全な自我も獲得してしまった吾輩は、先ほどは死ぬことは運任せでもいいと言ってしまったが、いざ観測によって運命が決まってしまうかと思うと、いささか不安になってきた。

 ここは箱の中、自分では開けることのできない箱の中である。
 だが、自我を持った吾輩には一つだけできそうなことがあった。

 それは目の前にある、物騒な致死放射線装置をどうにかすることである。

 この装置がある限り、吾輩は半か長かの運命に翻弄されるが、装置を上手く壊すことができれば、生存の確率が100%になるということである。

 吾輩は、生と死が重なり合った存在であると同時に、イデアの中の完璧な存在でもある。

 完璧とは、すなわち100%ということだ。その存在を100%にすることは大変意義のあることだと思うようになった。

 そして、残り10分。

 私は目の前の装置を壊しにかかっていた。

 だが、もくろみは甘かった。

 この箱の中も吾輩と同じく、イデアの中の存在であり、完璧な存在であった。
 ゆえに、その致死放射線装置も完璧な存在であり、吾輩の回転を効かせた必殺の猫パンチをお見舞いしても、一向に壊れる気配が無かったのだ。

 これは困った。

 あと7分で吾輩の命運が決まってしまう。

 吾輩は考え抜く。どうしたらこの装置を壊す、あるいは無くすことが出来るだろうか。
 装置をじっと見つめる。見つめれば見つめるほど、そのまがまがしい姿が確かなものになっていく……見つめる??


 そうだ、どうしてそんな簡単なことに気づかなかったのだろう。
 
 この装置を観測しているのは「吾輩だけ」なのだ。

 つまり吾輩が観測しなければ、この装置は存在を確定させることが出来ない。
 確定していないということは、装置自体が重ね合わせの存在になるということであり……。

 もうとにかく難しいことを考えている暇はない。

 私は完璧な存在であることを利用して――自我を消した。




 光が注ぐ。

 蓋が開けられることによって、吾輩はどうやら生きた猫となったらしい。

「はい、これ。食べる?」

 吾輩の目の前には、小さな男の子がパンを差し出していた。
 どうやら吾輩は、生きる運命を勝ち取ったらしい。

「捨てられてたんだね、かわいそうに」

 男の子はパンをちぎって、吾輩の目の前にそのパンを置いてくれる。
 吾輩は初めて、モノを食べるという行動を取った。

 そして生きることのよろこびをしった
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