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お題:知らぬ間の14歳 制限時間:30分 読者:18 人 文字数:2755字

エゴロジック
ミズホは美しい少女だった。当然だ。彼女はヴァーチャルな肉体で、つまるところそれは生まれ落ちる苦しみというものを知らない。わたしたちは遺伝子に組み伏せられた獣にすぎないけれど、ミズホはその枷から逃れているという意味で、わたしなんかよりもずっと高尚な生き物であることに違いなかった。

いつからか生まれた、ヴァーチャルな肉体を持つ彼らのことを、人は単純にヴイと呼んだ。彼らは現実に拡張視覚が進出し始め、人が物理的な世界に電子的な視野を投影し始めたころに発見された。彼らはまるでそこにいるのが当然かのような顔をして立っていて、まるで当然かのように目があい、まるで当然というように口を聞いた。
ヴイが幽霊だという人もいる。
人間は死ぬ時に21グラムほど軽くなるという有名な与太話があって、これは俗説では魂の重さとも、あるいはホモジナイズによって失われる何かの重さとも言われるが、本当のところ肺の中につまった空気が抜けたことによる体重の増減というのが正しいらしい。けれど人間の脳に走っているホルモンと神経伝達物質の構造は電子的なエネルギーを持っていないというのは難しい。だからヴイたちは人間の残した電子の残滓なのだと人は口々に噂した。
ヴイは不思議なことに人間の形でしか存在せず、そしてヴイと同じ顔形で、少なくともここ百年生きていた人はいないらしい。顔の照合とか、色々やって分かったことだ。つまりヴイは突然発生し、過去どこにもいなかった人。魂なのか違うのかは定かではない。

ミズホはヴイで、わたしの友達だった。
VRがARになったとき、VRという単語にとって変わった。ヴァーチャルであるという概念は日増しにモンスターのように巨大化して、それからいつか大きくなりすぎて崩壊していった。物質という言葉があまりにも広範すぎて、分野ごとにわざわざ定義をしなおさなくてはいけないようなものだった。そのVRでミズホは暇を持て余していた。何とも定義されない言葉の間で足をゆらゆらさせていた。

「君は人間なんだ」
「あなたはヴイね」
ヴイは自分がヴイと呼ばれることを知っている。そしてそれを受け入れている。ヴイという呼称が決まるまで彼らが自分のことをどう名乗っていたかは誰も知らない。
「こんなところで何しているの?」
ミズホがそう聞くのももっともだった。VRという言葉はあまりにも広くなりすぎたから、全ての世界を包括してしまった。わたしはVRを使って仮想の街並みにいたずらを施す、自称アーティストだった。全時代、スプレー缶を片手にコンクリート壁に名前を残していた由緒正しい連中の末裔だと自覚していて、けれどそれをやめることはできなかった。電子的なあとを残し、誰かに消されることを待つのが、ここのところ私のもっぱらの時間潰しだった。けれどわたしはわざわざ目立つところに書きにはいかなかった。別に見られたいわけではなく、ただ書きたいというのが望みだったからだ。それに、あまりにもパブリックで衆目に晒される場に自分の書いた個人的なメッセージが残るというのは、なんとなくわいせつな気がした。だからわたしが立っていた場所は、みんなが行き交うヴァーチャルストリートの一枚向こう側だった。一枚、というのは次元のことで、クラス、オブジェクト、インスタンス、説明は難しいのだけれどカプセル化されたもうひとつの街で、街の複製みたいなものだった。わざわざ生成したそこに先客がいるとは思わなかった。それはミズホも同じだったらしくて、わたしと目があうとすこぶる大きい目をまん丸にした。
「あなた、ここで何してるの」
私が震える声でそう聞くと、ミズホも同じように聞いた。
それが出会い。


ミズホは14才だという。あくまでも、私たちの暦で数えるなら、という話だ。
ヴイは突然発生するから、生まれた時からこの姿で、この服で、この髪の長さなのだという。変えたければ変えられるけど、と言ってくるくる自分の毛先をいじくりまわすミズホは、やっぱり美しかったけれど、ヴイにありがちな非現実感からくる気味の悪い雰囲気も漂わせていた。ヴイが生き物でないとこういう時に思う。
「好きなように変えられるの、わたしはうらやましいけどな」
「そう?」
「たくさん食べて太っちゃっても、ちょちょいのちょいで元どおりってことでしょ?」
「ちょちょいのちょいっってほども掛からないかな、ちょい、くらい」
「うらやましすぎる」
「そんなことない」
結局、何にでも変えられるってことは、何にも変われないのと一緒だよ。ミズホは難しいことを言う。
「でもミズホは、髪を短くすることも肌を黒くすることも簡単にできるんでしょ」
「そりゃもちろん、鼻だって高くできるし、目立って細くできるよ」
「変えられるじゃない」
「変えられるよ、変えられすぎるくらいに。私は本当の私の顔を持たないんだ。いわば流浪の民みたいなものでね、いつも自分の本当の顔を探している」
「ふ〜ん……」
よくわからなかった。ミズホの話はいつもそうだ。ヴイにしては珍しいことに、ミズホは自分の意見をはっきり持っていて、そしてさらに珍しいことに、説明が下手くそなのだった。
ミズホと会う時、ミズホはだいたい隣のインスタンスにいて、誰もいない街の美化をしている。何しているの、と聞くと、何も。とモップを片手に答えるから、困ってしまう。まだ私のいたずらを消しているところにかち合ったことはないけれど、もしかしたら私が書いたいくつかのサインを、ミズホが消したのかもしれないと思う。

「ボランティア?」
「いや、これは自分のためだよ」
ミズホはせっせと窓ガラスを乾拭きしながらおざなりに返事をした。ヴイでなければ息があがってしまいそうだと思いながら、わたしは雑巾が描くゼロとイチの軌跡を眺めていた。ヴァーチャルな光景だから、あくまでも布で拭いているというのはパフォーマンスでしかなく。実際に行われているのは再コーディングだ。
「これをすることでミズホには得があるってこと」
「そりゃあもちろん」
「お金?」
「いや、どんな得かは私もわからない」
「どういうこと?」
ミズホは窓をふくのをぴたりとやめて、それからくるりと私に向き直った。ぴかぴかのショーウィンドウに背中を預けると、
「利他というのは、最終的には利己的行動なんだよ」
「……わからないよ」
「あるシミュレーションでね、複雑系では利己的行動をとる個体よりも利他的行動をとる個体の方が共同体の中で長生きするという結果があるんだ」
「……つまり、長生きするためにいいことをするってこと?」
「人のために行動することは、必ずしもいいことであるとは限らないよ」
ミズホは笑った。




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