お題:賢いガールズ 制限時間:15分 読者:28 人 文字数:1043字

刺される
「これ見てくれよ……」
 サワダはそう言って自分の右手の甲を指し示す。毛だらけの手の甲には、ぽつぽつと何か針で突かれたような傷跡がいくつもあった。
「どうしたんだ、それ……?」
「ちょい前にさ、SNSで盛り上がっただろ? 痴漢を撃退するのに安全ピン刺せ、って話」
 あったなあ、とうなずき、僕は「え、じゃあ……」と顔をしかめる。
「そんなに痴漢したの?」
「してないよ!」
 満員電車に乗っていると、手が触れてしまうことがある。すし詰め状態では動かすこともできない。そういう時に付けられるのだという。
「酷い話だろ? 冤罪かけてる上に、そっちからは傷害だぜ? 無茶苦茶だ。そのくせ、連中は自分が頭いいと思ってやがる」
 サワダはそう鼻息が荒い。
 まあまあ、となだめながら、僕は少し引っかかっていた。
 すし詰めで動けない状態なのに、安全ピンで刺せるものなのだろうか。
 普通に考えれば、サワダが嘘をついているのだろう。つまり、故意に触って安全ピンで刺されている、ということだ。
 だが、サワダは痴漢をするような男ではない。何故そう言い切れるかと言えば、恋愛対象が女性ではないからだ。
「落ち着いて聞いてほしいんだけど」
「何?」
「男触って刺されたとかではないよね?」
「そんなわけないじゃん! それに、俺は男に困ってねえよ!」
 サワダはパッと見、熊みたいな感じで正直ムサいのだが、どうやらそっち方面ではモテるようだ。
「ったく、失礼だよなホント……。だから女って嫌いなんだよ」
 サワダは学生時代、男性同士の恋愛物語を好む層の女性に酷い目に遭わされてから、あからさまに女嫌いを加速させていた。故に、今回の安全ピンに対しても怒り心頭なのだろう。
 とりあえず、今日の飲み代を奢って慰めてやることにした。

「ちょっとこれ見てよ……」
 サワダに奢ってやった三日後、職場で女子社員が話しているのが聞こえた。
「えー、どうしたの? 何かで突いた?」
「わかんない……。最近電車に乗るとさ、やけにチクッとするの。で、見てみたら刺されたみたいになっててさ……」
「うわ、それ安全ピンじゃない? 何か痴漢対策で、触られたら刺したらいいとか拡散されてたよ」
「ホントに? じゃあわたし、痴漢と間違えられてるってこと?」
 あの女子社員は僕の一期後輩だ。確か、サワダと同じ沿線だったはず……。
 ふと、僕の脳裏に嫌な想像が浮かんだ。満員電車の中で動き回る、得体の知れない針を持った生き物の絵面だ。
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