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お題:黒い家事 制限時間:15分 読者:16 人 文字数:662字

刷毛を握る手はあなたと同じ

 ここではない世界のどこかには、家も壁も道も服も何もかも、満月のような真っ白に染め抜いた町があるのだという。その話を聞いたとき、聴衆の私たちは朗らかに大笑いした。そして、困った様子の吟遊詩人に次の冗談をせがんだ。だってそんな話、とても信じられなかったから。

 私たちの国は夜にある。
 もう誰も覚えていない昔から、黒は私たちの色だった。
 私たちは黒い服を纏い、黒髪を結い、真っ黒な家に住み、黒く染め抜かれた道を歩く。物置には黒のペンキ缶がいつも常備されているし、漂黒剤のストックを切らしたこともない。もちろん、ちょっとしたアクセントには黒以外の色も使うけれど、あくまでも脇役だ。

 私はこの家の家事を一手に引き受けている。
 何人分もの普段着を、真っ黒な水で、夜を染み込ませるように、丁寧に丁寧に洗う。最近の流行は、月下に咲く花々の香りをブレンドした洗剤で、影のような泡が、私の指先で咲いては消えてゆくのを眺めるのは気分が良い。下着も、シャツも、上着も、深い森のような真っ黒になるまで、きちんと洗う。
 黒々とした布たちを干し終えたら、近所の路上や、家の壁を黒いペンキで塗り直す。汚れというのは本当に厄介なもので、純粋な夜の黒を、すぐ砂埃の灰色にしてしまうのだ。こうなっては見目も悪いので、折を見て、誰もがせっせと塗り直す。

 私たちの国がいちばん美しく見えるのは、もちろん新月の夜だ。
 地上の黒々とした影に、私たちの国はすっかりとけこんでしまう。窓から漏れる灯だけを残して、誰にも私たちの国を見つけられない。 
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