お題:茶色い幻覚 必須要素:イタリア 制限時間:1時間 読者:21 人 文字数:2381字 評価:0人

イタリアよりエウロパへ
「『ブラウン』やるか?」
 さびれた宇宙港のそばにある、場末のバーで同僚のダレスに持ち掛けられたが俺は固辞した。
「そんなの今からやっちまったら、明日出勤できなくなるかもしれねえよ、俺やったことねえし、明日はガニメデからの大荷物が来るんだろ、一人でやってろ」
「おいおい、そんなこと言っていいのかよ、今日手に入れたのはそこらへんのプラントで栽培されたパチモンじゃねえ、地球のイタリアから輸入されたラバッツァっつう代物だ。最高にぶっ飛べるぜ」
 今時エウロパあたりで地球産のカフェインが手に入るなんて、それこそ眉唾ものだ。俺は面倒ごとになる前に退散することを決めた。
「いいよ俺は、そろそろ帰って、おとなしく発泡水でごまかすさ、そんじゃな」
「なんだよ、つれねえなあ」
 文句を言うダレスを適当にあしらいながら、俺はバーを後にした。

 木星の第二衛星エウロパ。その第三居住区画が今の俺の寝床だった。
 太陽系移民計画の最初期にテラフォーミングされたその小さな星は、今ではすっかり古代の遺産になりつつあり、人類は太陽系外への進出に躍起になっている。こんなさびれた星にいるのは貧乏人と相場が決まっている。

 俺は宇宙港の繁華街から、第三居住区画へ続く薄暗い道を歩く。物乞いたちのすがるような眼にも慣れた。いずれ俺もああなる運命なのかもしれないが、幸いなことにクレーン技師としての腕は買われていて、エウロパにいずこかの星から物資が届く限り、食うには困らないだろう。

 ただ、娯楽には乏しかった。エウロパでは開拓初期に徹底した健康管理が行われた影響で、酒や煙草といった嗜好品は極限まで規制された。カフェインもその規制の対象となり、今やエウロパで生まれ育った人間にとっては、コーヒーなどは激しい幻覚とめまいを引き起こす有害物質となっている。『ブラウン』という隠語で密売が行われているが、分量や処方を間違えると命にかかわりかねない。

 俺はまっとうに生きて、いつかこの星から出られることを夢見ていたので、決してそういった嗜好品には手を出さなかったし、ダレスに持ち掛けられてもそれは変わることはない。そう思っていた。

「お兄さん、『ブラウン』買ってくれない?」
 第三居住区画に差し掛かろうかとしたその時、幼い声が聞こえた。
 シャッターの閉まった、もとはオーガニックなサプリメントだかを売ってたテナントの前に、見かけない少女が立っていた。襤褸布だけをまとったその姿から、この界隈で事業に失敗した親にでも捨てられたのだろう。
「悪いが、手持ちは無いんでね、遠慮しとくよ」
「そう、仕方ないよね。お兄さん臆病だからね」
 お、そうきたか。少女は確かに身なりは貧相であるが、こちらに向けるまなざしには強い意志のようなものが感じられた。生きる意志を見失ってない証拠だ。
「ほう、俺がマメに手を付けるのが怖いと思ってるのか? そりゃ割となめられたもんだな」
 物乞い少女相手に大人げないとは思ったが、少女は一層物乞いとは思えない答えを返してきた。
「物乞い少女相手に大人げないとは思わないの? すぐにけんか腰になっちゃって」
 考えが見透かされたような気がして、すっかり動揺してしまった俺はついムキになってしまう。
「おいチビ、ちゃんと年上には敬意を表するように習わなかったのか? 温厚なお兄さんでもちょっと頭に来ちゃうかもしれねえぞ」
「そんなの教わったことないし。学校なんて知らないし、親の顔だって知らないんだから。それより、買うの? 買わないの?」
 物乞いの癖に強気なことを言う少女だ。それに『ブラウン』の密売の仲介を任されているなんて、よっぽど雇い主に信頼されているか、あるいは……。
 俺はもしかしたらとんでもない喧嘩を吹っかけてきたんじゃないかと思って、あたりを見回す。だが、ほかに怪しい気配は特に感じられなかった。
「ふふっ、お兄さん、やっぱり臆病なんだね。まあ買ってくれないならいいよ。他の財布を探すだけだしね」
 少女はさらに挑戦的なまなざしになり、踵を返して俺の横を通り過ぎようとする。
「まて、五千ペルでどれだけ買える?」
 俺はついにそんなことを口にしてしまっていた。少女は勝利の笑みで振り返る。
「結構イケちゃうと思うよ、大体3トリップくらいかな、でもお兄さん勇気あるから、もう1トリップおまけしてあげる」
 物乞いとは思えない、扇情的な目で振り返ると、そこからは一瞬だった。俺のポケットから財布を抜き出す動きは手品師か何かのように滑らかで、とても反応できなかった。この星で使われている千ペル紙幣をきっちり五枚抜き出すと、懐からそれを取り出して財布と一緒に投げてよこした。
「おまえ、その動き……」
「フフッ、今回はお兄さんの負けかな。負けたお詫びに今ここでトリップしてみせてよ、一人でするより二人の方が気持ちいいよ。ゼッタイ」
 少女は襤褸布をまとった体をこちらに押し寄せてくる。その体からは、物乞いの体臭とは思えない甘美な匂いが漂ってきた。
「『マフィア』め……」
 過去の地球に存在したという犯罪集団になぞらえて、そう呼ばれる存在。正体は人間ではないとの噂を聞いたことがあるが、存在していたとは……。
「そう、さっきあなたも聞いていたんじゃない? 地球のイタリアから持ち込まれた『ブラウン』の話を。今の地球がどんなことになってるか、興味あるんじゃない? それを使えば教えてあげるよ。
だってあなたの夢だったんでしょう?」
 そう、俺の手には『ブラウン』が握られている。これを摂取すれば、俺の夢、この星から出ることだってできるかもしれないのだ。

 それは本物ではないかもしれないが、身を任せても良いかもしれないと思ったのだった。



 
 
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