お題:茶色い幻覚 必須要素:イタリア 制限時間:1時間 読者:56 人 文字数:3595字 評価:0人

幼児と動画
 久しぶりに会った姉は憔悴しきった顔をしていた。
「どうしたの、って……。決まってんじゃんか……」
 姉は大きなため息を吐く。義兄さん? と尋ねると「部分的にそう」と最近のランプの魔神みたいな答えが返ってきた。
「結愛よ、結愛……。最近ワガママになってきて、手がつけらんないのよね……。旦那は当てになんないし、そのくせ外じゃ育メン面してんだから、ホント腹立つよね……」
 結愛ちゃんは姉の娘――つまりわたしから見れば姪にあたる。確か今年2歳、なるほど噂に聞く地獄のイヤイヤ期か。
「誰に似たんだか落ち着きがなくてね……。座って大人しくしてるってことができないのよ」
「元気でいいじゃん」
「こっちは元気吸い取られる」
 肩をすくめて姉は笑ったが、その目には疲れがドンと居座っている。
「テレビとか見てると、大人しいんだけどさあ……。あんな大声上げたり走り回ったりするんじゃ、お出かけにも連れてけないし……」
 だったら、とわたしは姉にスマホで動画を見せることを提案した。
「最近はさ、よくそうやって機嫌とってるお母さんいるじゃん」
「ダメよ、そんなの。すぐギガ足りなくなるし」
 高校生みたいなこと言うなあ、とわたしは苦笑する。
「ポケットWifiでも契約したら?」
「いや、でもさあ、怖くない? 今の子、スマホが生まれた時から当たり前にあってさ、あんな小さい画面を幼児の頃から見てて……。絶対悪影響あるって」
 姉はテクノロジーに対して、割と保守的な方だ。わたしの周りで最後までガラケーを使っていたのは彼女だし、パソコンも詳しくない。パソコンスキルも絶望的で、仕事で使ってるはずのエクセルもほとんどできない。よくそれで事務員をやっていられたなあ、と思うレベルだ。
「それが進化か悪影響かは、わたし達が判断することじゃないと思うよ」
「はいはい、理系様はえらいでちゅねー。何でも作れるもんねー」
 姉はすぐにそうやって茶化す。そもそもわたしは情報系の学部を出てはいるが、ハード方面はさっぱりだ。何度そう言っても、姉の理解は深まらない。時々電化製品を直すように頼んでくるし、スマホのひび割れを修理してくれ、と言われた時は何と返せばいいのか言葉に詰まった。
「まあともかく、それ考えてみたら? また教えるからさ」
「はいはい。まあ、今日は結愛のことは忘れるわ。保育施設に預けてきたし」
「義兄さん休みじゃないの?」
「あんなのに娘を任せられると思う?」
 うわあ、とわたしは内心で顔をしかめる。結婚する前はあんなに仲が良かったのに。やはり結婚なんてするもんじゃないな、とわたしは決意を強くした。


 結局、姉は結愛ちゃんにスマホで動画を見せることにしたらしい。姉と会った日の夜、すぐに「ポケットうぃふぃだっけ。それについて教えて」と連絡が来た。
 義兄さんにも了承を取り、一緒に契約をしてやる。すると三日もしない内に「大人しくなったわー」と喜びの連絡が来た。聞けば、教育系の動画を見せているらしい。
「ユーツーブなんて大したことないと思ってたけど、ちゃんと子供の喜ぶものを作ってる人っているものなのね」
 Youtubeも読めないのか、と愕然としつつも、わたしは「よかったね」とだけ返信しておいた。

「へぇ、今の子守りはようつべってわけかー」
 わたしの話を聞いた森さんは感心したようにうなった。
「そうなんですよ。時代の変化を感じますよねー」
「わたしの頃なんて、ネットの動画なんて面白フラッシュ倉庫しかなかったなあ」
「何ですか、それ?」
 クソ若人め、と森さんは舌打ちする。してから、「あ、そういえば」とふと真顔になる。
「つべのさあ、個人制作の子供向けの動画の中に、ヤバいのが混じってるって話、前に聞いたことあるんだけど……」
 知ってる? と問われてわたしは眉をひそめた。
「何ですか、それ? ヤバいってどういう……?」
「何かね、子供に人気のキャラクター使って、見た目はファンシーなんだけど中身はエログロ、みたいな動画がアップされてるんだって」
「えー、それって狙ってやってるんですか?」
「うん、わざとそういうエログロを子供に見せて、悪影響を及ぼそうっていうハラらしいよ。何か、愉快犯じゃなくて組織的にやってる、みたいな都市伝説じみた話もあって……」
 そういう動画の総称を、「エルサゲート」というそうだ。ゲート、つまり動画を見る入り口というかきっかけに使われるキャラクターに、某ネズミ系の大ヒットしたアニメ映画のヒロインがよく使われているからその名前がついたんだとか。
「一回見たことあるけど、エグいよ。クレイアニメ風なんだけど、ハルクがオナッてたりとか」
 30代後半の未婚の女性が平日の昼間っから「オナッてた」と口走っている事実の方が、わたしにはエグかった。
「バカにしてんなあ? ホントにエグいやつはエグいし、怖いヤツもあるんだからー」
「いやいや、してないですよー。情報ありがとうございます。姉にも注意するよう言っときます」
「うん、そう。いいね、妹の鑑! VIPにスレ立てたいレベルだわー」
 よくわからないたとえを持ち出す先輩はさておき、わたしは早速姉に連絡しておくことにした。


『前に言ってたさ、動画の話あるじゃん……』
 「エルサゲート」の話をしてから一週間ほど経った頃、姉から電話が入った。出ると深刻そうな声で、彼女はそう切り出した。
『ああいうのさ、わたし見せちゃってるかもしれん……』
 え、とわたしは首をかしげる。
「どういうこと?」
『最近ね、結愛の様子がおかしいのよ』
 姉の話はこうだ。
 動画を見せるようになってから目に見えて大人しくなった結愛ちゃんだったが、ここ一週間ばかり、今までにない行動や反応を見せるようになってきたという。
 妙におびえるようになったり、あたりをきょろきょろ見回したり、何もないところを指差して泣き出すようになったりするそうなのだ。
『ミャロがくる、ミャロがくる、って言っててさ……』
 何とか聞き出したところによると、どうやらYoutubeで見た動画が関係しているらしい、とわかったという。
『前まで喜んで見てたんだけどさ、最近はスマホ見ると怯えるようになっちゃって』
 そこでピンときたという。
『便利は便利だったんだけど――』
 ふとそこで姉は言葉を切る。電話の向こうで「明人ぉ?」と呼びかける声が聞こえた。
 明人は義兄の名前だ。最近は仕事で夜遅いらしい。
『ごめん、ちょっと旦那帰ってきたから……』
 そっか、また……と返事をしかけた時、電話の向こうから大きな悲鳴が聞こえた。
『ちょっと、結愛、やめ、やめなさ、ゆあ、ゆあーッッ!!』
 何かが倒れるような音が聞こえた。ただならぬ様子に、わたしは「もしもし、お姉ちゃん?」と何度も呼びかける。だが、返事はない。スマホが落ちたのだろう、ガタッという音と共に何も音がしなくなった。
 いや――
『ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ、ハハハハハハハハハ……』
 笑い声だ。誰の? お姉ちゃん? 結愛ちゃん? 義兄さん?
 いや、誰のでもない。
 これは、とわたしはすぐに傍らの鞄を引っ掴んで自分の家を飛び出した。
 まだ電車はある。姉の家へ行かなくては――。


「ミッちゃん……!」
「義兄さん!」
 姉のマンションの前には救急車が停まっていて、駆けつけたわたしは偶然にもそこに乗り込もうとする義兄さんに出くわした。
「この人は?」
「家内の妹です!」
 救急隊員の人に手短にそう言うと、義兄さんは「乗って!」とわたしを救急車に招き入れた。

 意識を失った姉が横たわる救急車の中で、義兄は何があったか話してくれた。
 義兄が帰ってくると、姉が寝室で倒れていたらしい。手に傷を負っていて意識がなかった。
 慌てて救急車を呼んだが、そこで結愛ちゃんがいないことに気付いたという。
「いないって、どういう……?」
「どこにもいないんだよ。警察にも届けた。病院に付き添ったら、すぐに来いって言われたよ」
 わたしが姉とさっきまで通話していたこと、何かに怯える悲鳴が聞こえたことを話すと、義兄さんは「ミッちゃんも来てくれ」と言った。
 姉を病院へ送り届けた後、わたし達は警察で事情を話した。
 わたしは姉からの電話が切れた時のことを何度も聞かれ、何度も同じことを話した。
 翌朝、目覚めた姉は半狂乱だった。
「結愛が、結愛が連れてかれる! マローネに、マローネが……!」
 何とかなだめすかすと、姉はこんなことを言い出した。
「スマホから、出てきたの。茶色い人が……。結愛を連れて、わたしの方じゃなくて、結愛はミャロって、マローネを……」
 今も、結愛ちゃんは見つかっていない。
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