お題:簡単な町 必須要素:絵画 制限時間:1時間 読者:65 人 文字数:3137字 評価:2人

売り歩く
 その荷物は背負う人間に対して大きすぎた。傍目にはちょっとした山のようで、小さな背丈の売り子が背負って歩くと、不格好な山が短い足を生やして自力で移動しているようなのである。人々は遠くからでも目につくそんなめずらしい光景を見て、あれはなんだろうと近寄ってくる。そこで売り子は声をあげるわけだ。
「古今東西、偉大な画家の掘り出し物を揃えております。新居の物足りない玄関に、殺風景なリビングに、お祝いごとやお見舞いの贈り物に、どうか一枚買っていってください」
 荷を地面に下ろし、覆いを外すと、絶妙なバランスで積み上げられた絵画の山があらわれる。風雨で傷つき、重ねたおかげで色は移り、塗料は剥がれ、ひどい保管状態だ。そんなだから売り子がつける値も二束三文で、買い物帰りのお釣り程度で購入できる。安い絵画の売り歩き。絵画を飾るなんて金持ちの趣味、という先入観を覆す、画期的な商売だと売り子は自負していた。
「このお花の絵がかわいいね。安いんだろう、これをもらおうか」
「はい、手持ちのお金で構いませんとも」
「夕飯のサンマを買ったから、手持ちはこんなものしかないんだけど」
「十分、十分」
 なにせ、画家ですらない、まだ学生の画家見習いの作品だ。値がつくだけでめっけもの。
「売り子さん、こっちの絵を包んでくれるかい」
「お目が高い! それはゴッホの孫弟子の作品ですよ」
 別の客に適当なことを言いながら包んでやると、買い物袋を両手にさげた主婦らしきその客は、困ったようにした。
「あら、思ったよりもでかいね。半分くらいにならないかい」
「折りますか。えいっ」
 膝を入れて真っ二つにし、「半額でいいですよ」と言うと客は喜んだ。ゴッホの孫弟子の作品のもう半分は、次に売れるのを山のなかで待つこととなった。
「売れ行き好調だな」
 買い物帰りの主婦集団にひととおり売りさばき、それでもすこしも減ったように見えない絵画の山を見上げ、次の町に行こうと出発支度をはじめた。
 そのときだ。奥のほうの絵画をとろうと引っこ抜いたときに、いくつかの絵画がばらけて散らばったのだが、そのうちの一枚をじっと見つめている通行人がいた。背の曲がった老人だ。足を止め、杖を支えにかがみこみ、上から覗き込んでいるようである。
「その絵が気に入りましたか。ゴッホの孫弟子の作品ですよ」
 作品の由来のでっちあげに関して、売り子にレパートリーは少ない。
「もう店じまいなのですが、いいでしょう。一枚くらい、売りますよ」
「こいつは、いくらするのかね」
「手持ちのお金で構いません」
 売り子はいつものように言った。と言って、有り金全部出す客などめったにいない。このくらいなら払っても構わないだろうというはした金、塵も積もれば山となって、売り子にはいい小遣い稼ぎになるのである。
 小汚い身なりの老人だ。大した額は付けないだろうと、軽い気持ちで出した手に、ぽんと札束が置かれた。
 流浪の絵画売りにはお目にかかったこともない、大金だった。
「足らんかね」
 老人はもう一束取り出し上乗せしようとするので、固まっていた売り子はあわてて首を振った。
「いえいえ滅相もない。こんな大金……あの、もうニ、三作、おまけにつけましょうか。なんなら山ごと持っていってもらっても」
「いや、この一枚で構わない。これがほしいんだ」
 売り子が大サービスでリボンまでつけて包装してやると、老人はその絵を大切そうに抱えて持ち帰った。
 ただの通りすがりの老人が金持ちだったことにも驚きだが、不思議だったのは、ほかの絵画と変わらない、二束三文の価値しかない代物だったことだ。今まで多くの絵を売り買いしてきて、それなりの審美眼はある。あれは、素人や見習いが手遊びで描いた、ただの落書きみたいなものだ。
 ゴッホの孫弟子なんてたわごとを真に受けたわけでもあるまい。それなのに、絵画を買ったときの老人はとても満足そうで。
「変な人もいるもんだなあ」
 そうひとりごち、過去最高の売上を記録した町を、売り子はあとにした。

 安物絵画売りにとって、簡単な町というのは庶民の多く住む町だ。へたに住民の芸術への造詣が深かったり、目の肥えた金持ちが多くいたりすると、安物と見抜かれて門前払いを食う。庶民だって安物とは見抜くが、安物とわかったうえで買ったりする趣味もあるということだ。
 ぱっと見綺麗で飾れば部屋が華やぐのなら、小銭で買えるインテリアとしてちょうどいい、ということで、絵を買っていく客は庶民の主婦が多かった。
 売り子はそうやって、商売をするのに簡単な町を選んで訪れる。それだから金持ちに絵を売る機会などそうはないし、だから大金を受け取ることだってない。あの日に会った、老人だけが唯一の例外で――。
「……本気ですか」
 その夕方、売り子は第二の例外を目の前にしていた。日の落ちかけた、店じまい直前のことだ。とある婦人の客だった。庶民の町に合わせた地味な格好をしているが、ひと目で上等な服と知れる。上流階級の人間らしかった。
「ええ、このダイヤの指輪と、その絵を交換してほしいの。足りないかしら。なら今持っている宝石類を、全部あげても構わないわ」
 そう言って全身の装飾品を外そうとするので、高価そうな指輪だけをありがたくちょうだいして、そのずっしりとした重さに目を白黒させつつ、絵画の丁寧な包装を開始した。
「ほかに、ほしい絵があったら何枚でも持っていってもらっていいですよ」
「この絵だけでいいの。これだけがほしいのよ……」
 リボンを結んだ包みを渡すと、婦人は大切そうに抱きしめた。二度目ともあって、さすがに売り子もばつが悪い。正直に絵の由来を言うことにした。
「あのですね、その絵は学生が練習で描いた人物画なんです。私は安く売るぶん、ただ同然で手に入る絵しか仕入れないんですよ。画家でもなんでもない、素人が趣味で描いたものばかりで……」
 前にもあなたのような人がいた、と売り子はかつて会った老人の話をした。そんな大金を払うような価値ある作品じゃなかったのに、騙したようで寝覚めが悪いのだと。
「でも、この絵はいい絵だわ」
「はあ。まあ私も、いいと思ったから譲り受けたわけですが」
「ほんとを言うとね、この絵に描かれた男性が、主人に似てるの。それで欲しくなってしまったわけ」
「ああ、なるほど」
「私を置いて、先に逝ってしまった主人にね。部屋に飾って、毎日のように彼に会えるのなら、財産なんて全部投げうったって構わないわ。売り子さん、ありがとう。この絵と私を出会わせてくれて」
 婦人は目に涙を浮かべ、上品に頭を下げて、立ち去っていった。

 それからも、多くはないが、『例外』の客が訪れることがあった。理由を聞くと、それはもう戻れない故郷の風景だったり、亡くなった息子が描いた絵だったりした。どれも、もう一度見たいと願ったものを描いた絵だった。あちこちを旅しながら絵を集めるので、たまたま縁のある買い手と絵とが出会ったりするのだ。彼らの誰もが、売り子にそのとき持っていただけの大金を払おうとした。
 小遣い稼ぎのためにはじめた商売だったが、故郷に戻る頃には売り子は大成功を収めた商人並みの売上をあげていた。数少ない例外のおかげで、大金が手に入ったのだ。
「こんなにお金があってもな」
 小市民な売り子は金の使い道に困って、故郷に小さな店を作ることにした。安物絵画売りの本店だ。ここで弟子を育成して、自分のような絵画売りをもっと世に放つことにした。そうしていつか弟子ができたら、むかし体験した出来事を話してきかせるのだ。




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