お題:簡単な町 必須要素:絵画 制限時間:1時間 読者:44 人 文字数:3663字 評価:0人

存在
 この丁字路が、世界のすべてだった。
 「丁」の字でいうところの一画目、横の棒がに沿って流れる川と、二画目の縦の棒の奥へと続く四角い建物群。それしか、この世界には存在しなかった。
 僕は川を見ている。川の前には柵があって、そこにもたれかかって見下ろすのが、この世界での僕の定位置だ。僕はここを守り続けている。覚えている限りの最も過去の記憶も、この風景ばかりだ。世界のすべてを知ってしまってからは、ずっとここにいることにしている。
 気が付いていることをバレてはいけないから。
 誰に? そこまではわからない。



 この世界では、人間に定位置がある。
 川を見下ろす柵の前が、僕の場所だ。
 振り返れば、僕以外の人たちは何の疑問も抱かずに定位置で静止している。
 角の所の家の前に椅子を出して座るおじいさん。
 道路に絵を描いて遊ぶ二人の子供。
 その横を走る自転車。
 丁字路の奥から歩いてくる紳士。
 全部で五人、みんなぴったりと止まっているのだ。
 走る自転車、歩いてくる紳士。この言い方は、だから正確じゃない。
 走っているように見えるが静止している自転車、歩いているように見えるが動いていない紳士。正しく言うならば、こういう表現になる。
 きっと僕も、世界のすべてを知るまでは同じように止まっていた。
 ある時不意に気が付いて、振り返って、そして景色の異様さに驚いたのだ。
 この世界は、一体何なのだろう。
 僕は何度もおじいさんに、子供に、自転車に乗っている人に、紳士に尋ねて回った。
 だけど、返事はない。当然だ。彼らはずっと静止しているだけの存在なのだから。
 ならば、と僕は丁字路の紳士が歩いてきた向こうを目指して歩いた。
 だが、どんどん細く小さくなっていく道は、途中で見えない壁によって途切れていた。先は真っ暗で、すべてがそこへ消失していくように見えた。
 次に僕は、川沿いの道を歩いた。自転車が向かっている方向へ歩いた。
 進んでいくと、自転車がもう一台見えた。その横では子供が二人地面に絵を描いて遊んでいて、丁字路の角ではおじいさんが椅子に座っていた。
 道の両端は輪っかのように繋がって、ループしていたのだ。
 僕は途方に暮れる。一体この世界は何なんだ?
 最後に僕は、建物の中に入ろうとした。一縷の望みをかけて、僕は自分の家を探した。
 けれど、並んだ四角い建物には玄関がなく、窓の奥も真っ暗で何もなかった。そもそも、その窓もただの壁の模様のように実態がなかった。
 まるでこの窓、壁に描いてあるみたいだ。
 そう思った時、「あ」と僕は声を漏らした。
 動いているように見えるが静止している人物、奥に行くほどに消えていく道、模様でしかない窓、出口のない世界……。
 そうか、この世界は、描かれているんだ。
 僕は、絵の中にいるんだ。



 僕は川を見下ろす。
 川面はまったく揺らいでいない。流れがあるのかすらわからない。ただの細長い池にしか見えないが、僕はこれを川と認識していた。
 まさしく、タネに気付いたトリックアートのように、僕にはすべてが絵画に見えた。
 何せ気付いてしまったから。この世界が、絵だと。ここは簡単に描かれた町で、僕はそこに筆で配置された一部なのだと。
 気付いたところでどうにもならなかった。
 結局定位置に釘づけにされているだけだ。いや、描かれたままでいるだけだ。
 この世界が絵ならば、誰か描いたものがいるはずだ。この絵の外から、僕のことを見ているかもしれない。
 僕は顔を上げる。川の向こうには何もない。本当の虚無が広がっている。
 虚無とは、白いのだ。真っ白で何もなく、すべての色を弾いてしまう。
 もし、僕が気付いているとバレてしまったら。
 絵を描いたものは、僕のことを消してしまうかもしれない。あの白い虚無の消しゴムで、僕をこすって削り落としてしまう。
 それだけは嫌だった。存在がなくなる、そのことだけは避けたかった。こんな狭い世界でも、簡単に描かれている街でも。白と黒以外の色彩を持たない絵画でも。
 だから僕は、この定位置を守り続ける。
 一人で、黒い空の下、黒い川を見続けるふりをするのだ。
 存在を飲み込む、白い虚無から目をそらすようにして。


 ◆ ◇ ◆


「何これ? 誰でも描けそうな絵」
 大学の四号館と呼ばれている建物の、南側の昇降口。その奥に、いささか唐突に額に入った一枚の絵がかけられている。
 白黒の、シンプルな絵だ。嘲るように言ったナオを、わたしは横目で見やる。
「難しいらしいよ、こういうの。意外とさ」
「でも、こんな白黒じゃ子どもの落書きみたいだよ」
 もっとブワーッとしてる絵の方がすごいに決まってる、とナオは言う。
「ほら、あるじゃん? ヒマワリの絵」
「ゴッホの?」
「違うってば、図書館の階段のとこにある絵!」
 ああ、とわたしは思い当たる。
 わたし達の通う大学の図書館、そのエントランスにある階段の踊り場に、大きなヒマワリ畑の絵が飾られている。ナオが言っているのはそれのことだ。
「アレに比べたらさ、こっちはさぼってるって感じ」
 やっぱ天才は違うもんだよー、とちょっとうっとりした様子で言った。
 ナオの言う絵の作者は、うちの大学の芸術学部出身の画家らしい。夭折の天才画家と呼ばれているそうで、確かにあの絵はすごくきれいだ。コンストラストというのだろうか、それがくっきりしていて迫力がある。だから、ナオの言うこともわからなくはない。
「『完全なる夏の風景』ってタイトルなんだよ、あれ」
 ナオはどこか得意そうに言った。ふうん、なんて思っていると聞き慣れない声が背後からした。
「『完全なる夏の風景』、興味があるのかい?」
 二人して振り向くと、そこには白衣を着た長身の男の人が立っていた。
 彼は加藤と名乗った。「芸術学部の大学院に通っている」と自己紹介したので、わたしとナオも自分の名を告げた。
「加藤さんは芸術学部ってことは、絵にお詳しいんですか?」
 ナオは彼女特有の人懐っこさを発揮して、加藤さんの顔を見上げた。
「そうだね。特に、君がさっき挙げた『完全なる夏の風景』、あの作者については興味があってね」
 そうそう、と加藤さんはわたし達が見ていた白黒の絵を指す。
「それも同じ作者の筆によるものだよ」
「ぅえ!? 本当ですか!?」
 ナオは大げさに驚いて見せた。いや、本当にびっくりしたのかもしれない。上げた声にぶりっ子みがなかった。
「彼の専門は油絵だけど、こういう近代芸術に影響を受けた絵も在学中はよく描いていたんだ」
「じゃあ、これは大学時代の?」
 いいや、と加藤さんは首を横に振った。
「最後の作品だと言われている。3年ぐらい前に見つかった――あー、より正しく言えば、見つけたんだけどね……」
 どうやら発見には加藤さんも一枚かんでいたようだ。スゴーイデスネー、とナオはわざとらしいぐらいに褒めている。
「ハハハハ、長らく幻の作品と呼ばれていたからね。見つかった時、僕も興奮したよ」
 何せ、と加藤さんは絵の中の一点を指差した。
 絵の中には丁字路が描かれている。丁の字の一画目が手前、二画目が画面の奥に向かって伸びている。一画目より手前には黒い部分があって、そこはどうやら川らしい。道に柵が描かれているので、何となくそう想像できるのだ。
 加藤さんが指したのは、その川と道を隔てる柵の辺りに描かれたボウリングのピンみたいな何かだった。ボウリングのピンは他にも五つぐらい点在しているけれど、加藤さんは真っ直ぐにそれを指示していた。
「作者の、彼の魂はこの絵の中に閉じ込められている、なんて逸話もあるぐらいだからさ」
 晩年、この絵の作者は重い病に倒れ、うなされることが多かったという。
 その時に、「ここから出してくれ、こんなところにいたくない」とうわごとのように呟いていた、と作者の母の手記に書かれているそうだ。
 そんな中で描き上げられたのが、この白黒の絵なのだという。
「高熱の中で得たイメージをぶつけたんだろうね。だから、永遠の眠りの夢の中、彼はこの中にいるんじゃないかって、僕は思うんだよ」
 芸術学科らしい詩的な物言いだ、とわたしは静かにうなずいておいた。ナオはちょっとポカンとしている。ついていけなかったらしい。
 まあナオじゃなあ、なんて思いながら、この怪しげな白衣の加藤さんが、わたしはちょっと好きになっていることに気付いた。
「ちなみに、これタイトルは何て言うんです?」
「『存在』だよ」
 加藤さんは、自分が指差したボウリングのピンみたいなものから視線を外さずに答えた。わたしは、ようやくそこでボウリングのピンの正体にそこで気付いた。
 これ、人間なんだ。
 彼の目には、夭折した天才画家の姿が映っているのかもしれない。加藤さんの横顔を見て、そんな風に思った。
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