お題:彼のぬるぬる 必須要素:マフィン 制限時間:1時間 読者:29 人 文字数:3858字 評価:0人

マフィンマン
 何か小腹空いたなあ。
 そんなことを考えながらチヅ子は歩いていた。
 チヅ子の家は通っている中学から遠い。正確には、中学へ行くための電車の駅が遠い。受験する前は憧れの学校だったが、こうなってくると「何で私立に行ったんだろう」という気持ちになってくるから、空きっ腹というのは不思議だ。
 コンビニかどこかに寄ろうか。でも今月厳しいんだよなあ……。
「君! 小腹が空いているようだね!」
 突然、無闇に爽やかな声が空から降ってきた。何事、と思っているとチヅ子の目の前に異様な風体の男が着地した。
 パーソナルマークであろう「M」を意匠化した記号のついたタイツのような服に手袋とブーツ、背中にマントをはためかせている様はヒーロー然としている。真に異様なのは、その頭部であった。
 紙の巻かれた黄色いスポンジ状のもの――そう、マフィンであった。
 チヅ子の頭に、幼少の頃に観たアニメが思い浮かぶ。あれはパンだったけど、この人はそれのマフィンバージョンなんだろうか。その考えを読み取ったかのように、異形の頭部の男は自己紹介を始めた。
「私はマフィンマン! 小腹が空いている人の味方だよ」
 やっぱり、パンのアレのマフィンバージョンらしい。パンの方も、お腹が空いているカバによく頭を食べさせていた。
 あ、じゃあ、ということは……。
 次に来る展開にチヅ子が思い当ったのとほとんど同時に、マフィンマンは自分の頭に巻かれている紙に手をかける。
 ぺりぺりぺり、とそれを一周剥すと美味しそうなスポンジ生地が露出する。
「さあ、私の顔をお食べよ!」
 頭に巻かれていた紙をポイと投げ捨てると、マフィンマンはしゃがんでチヅ子の顔に自分の頭を近づけた。ポイ捨てをしてはいけない、とかそういう道徳は持ち合わせていないようだ。
「え、でも……」
「遠慮することはないよ! さあ! さあ!」
 押しが強く暑苦しい。嫌だなあ、と思いつつも小腹が空いているのは事実で、しかもマフィンマンの頭からは甘くいい匂いがする。
 しょうがない、とチヅ子はマフィンマンの頭を毟り取って口に運んだ。
「どうだろうか!?」
「……あ、美味しい!」
 チヅ子は目を輝かせる。若干パサついているような気もしたが、それでも十分な味だ。
「そうだろう、そうだろう!」
 マフィンマンは満足げにうなずくと、「まだまだ食べていいぞ」と頭を更に突き出してくる。
 こうなってくると、ここで小腹を満たしてしまいたくなる。恐る恐るとったので、さっきは量が少なかった。今度は思い切りとってやろう、とチヅ子はマフィンマンの頭をむんずと掴んで思い切り毟り取った。
 ぶしゃ、と音がして毟り取られた後から何かが吹き出した。
「え……!?」
 黄色がかった白のそれは勢いよく吹き出して道路にこぼれていく。
「とり、過ぎだ……」
 その一言を残して、マフィンマンは大きな木が倒れるように道路に転がった。
「え、ちょ、何これ……。ぬるっとしてる……」
 マフィンマンの体液だろうか? 嫌だ、ちょっと靴にかかっちゃった。つま先についたそれを道路にこすり付けていると、背後から「あーあ、もう……」とため息が聞こえた。
「調子に乗って毟らせるからこういうことになるよ……」
 振り返ると、青い服にエプロンをつけた女性が肩をすくめている。エプロンにはマフィンマンのボディスーツにあったのと同じ「M」のマークがついていた。
「あの、あなたは……?」
「わたしはバタ美よ」
 ギリギリの名前だ、とチヅ子は戦慄する。パンの頭をした方のヒーローに出てくる人と、かなり近い名前だった。
「え、じゃあ、これの頭交換したりするんですか?」
 チヅ子がマフィンマンを指すと、バタ美は「よくわかったわね」と不思議そうな顔をする。
「いや、まあ、多分、投げて頭を交換するんだろうな、ってわかりますよ」
「投げる? そんなことしないけど……」
 まあいいや、とバタ美は話を戻す。
「毟り過ぎるとこうなっちゃうのよ、これ」
 黄色っぽいそのぬるぬるしたものをバタ美は一瞥する。
「こいつ、マフィンはマフィンでもカスタード入りのマフィンなのよ」
「じゃあ、これカスタードなんですか?」
 それにしては水っぽいような、とチヅ子は毟り取ったマフィンマンの頭の一部を見やる。そこにもその黄色っぽいカスタードがかかっていた。
 じゃあ食べていいんだ、とチヅ子はそれを口に運ぶ。
「……あれ!? すごく美味しくなってる!?」
 最初に食べた時のパサつきがなくなっていた。さっきは「量を食べるならお茶がほしいかな」と思ったが、これなら飲み物なしでもどんどん食べられる。
「でしょ?」
 バタ美はどこか得意げにうなずいた。
「生地がどうしてもね、パサついちゃうのよねわたしって。だからさ、普通よりさらっとしたカスタードを入れてカバーしてるのよ」
「バタ美さんが作ってるんですか?」
 意外だ、とチヅ子は驚きながら手に残ったマフィンマンの頭を口に運ぶ。
「わたし以外に誰が作るのよ?」
「そりゃ、パン工場……いや、お菓子工場のおじさんじゃないんですか? 同居してる……」
「おじさんとわたしが同居なんてしてたら、どういう関係かみんな勘繰っちゃうじゃないの」
 そっか、とチヅ子は納得した。パン頭の方のアレでも、おじさんと顔交換担当の女性の関係は謎だった。
「……にしても、ちょっとまずいわね」
 道路で山のように積もっているカスタードを見やり、バタ美は頭を抱えた。バタ美によれば、マフィンマンの頭の中を血液のように循環しているため、一度吹き出すとかなりの勢いで噴出してしまうという。
「やっぱり、死んじゃうんですか?」
「いいえ。こいつ、本体は体だから。頭交換できるし」
 そりゃそうか、とチヅ子は内心でうなずく。あのパン頭の方もきっと体が本体で、オフの日は他の「マン」や「まん」や「パンナ」や「パンダ」と、頭なしで過ごしているに違いない。そう考えると、ちょっと気持ち悪いな。見ちゃったら元気にマイナスがかかりそうだ。
「じゃあ交換するんですか?」
「まだ食べられるとこあるし、交換はもったいないわよ」
 交換した後の頭は、お菓子工場で飼っているリコッタ27号というブタのエサにしている、とバタ美は教えてくれた。
「リコッタ27号も肥えてきたし、そろそろトンカツね……」
 リコッタ28号の登場も近いようだ。
「ただ、クリーム抜きのこいつはちょっと問題でね……」
「食べにくいからですか? クリームないとこ食べたけど、美味しかったですよ」
 ありがと、とバタ美は笑って「食べにくさもそうなんだけど」とすぐに眉をしかめる。
「もう一つ、面倒くさいことがあってね」
 その時、今まで倒れ伏していたマフィンマンがふらふらと立ち上がった。
「チェッ、こんなに毟るヤツがあるかよ……」
 しゃべり方が乱暴になってる、とチヅ子は驚いた。さっきまでは鬱陶しいぐらいに爽やかな口調だったのに! まさかクリームがないと悪の心が出てくるとか……?
「違うわ。悪の心なんて誰しもが持ってるし、別にクリームで押さえつけたりしてないわよ」
 ただちょっと、とバタ美はにらむような目でマフィンマンを見やる。
「あ? 何だよバタ美? このガキの小腹は満たしてやっただろうが。何か文句あんのか?」
「ないわ。ちゃんと使命を果たせているわよ」
 ケッ、とマフィンマンは吐き捨てる。
「何が使命だ! 何が『小腹が空いた人間の味方』だよ! 小腹が空いたんだったら、コンビニに行ってなんか買えよ!」
「そうね。でも、小腹の空いた人を助けるのが、あなたの生まれた意味なんだから」
「はいはい、わかってるよ、わかってますって……」
 気だるげに言って、あくびをするような仕草を取る。マフィンマンには顔のパーツがないので、本当にあくびをしたのかどうかはわからなかった。
「……と、まあこんな風に」
 バタ美はチヅ子の方を振り返った。
「食べると口の中がパサつく上に、同じくらいにドライで乱暴な性格になるの」
「な、なるほど……」
 面倒くさいとはこのことのようだ。チヅ子はだらっと立つマフィンマンを見て思う。登場したても鬱陶しかったけど、今の文句たらたらの状態も鬱陶しい。基本的に、鬱陶しい存在なのがこのマフィンマンなのかもしれない。
「お、また小腹レーダーに反応が……」
 しゃーねえ、行ってくるか。そう言って、マフィンマンはふわりと浮きあがると、そのままふらふらと空を飛んで行った。
「一応仕事はするんだけどね……」
 やれやれ、とバタ美は溜息をついた。
「じゃあ、わたしも行くわ。今のあいつじゃパサパサで、飲み物がないと食べるのきついし、サポートしてあげないと」
 バタ美は路肩に停めてあったミニバイクにまたがるとヘルメットを被った。
「サポートって何をするんですか?」
「紅茶を配るのよ。マフィンには紅茶、これ鉄則よ」
 バタ美はミニバイクの荷台に載せた箱を開けた。紅茶を積んでたんですね、とチヅ子は中を見て相槌を打った。
「そういうこと。じゃ、行ってくるわ」
「あ、はい。……そうだ、ごちそうさまでした」
 バタ美はうなずき返し、エンジンを吹かせて行ってしまった。
 その背中を見送りながら、チヅ子は「荷台に積んでたの、ペットボトルの紅茶だったなあ……」とそんなことを考えていた。
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