お題:絶望的な俺 必須要素:宇宙人 制限時間:1時間 読者:85 人 文字数:3490字 評価:1人

宙逃避
「どうしたら、君は絶望してくれるんだろう」

そんなセリフを言ったのは自称宇宙人で、散々俺に拷問やら精神攻撃やら洗脳やらのセットをしでかしてくれた後でのことだった。

「ああ、まったく不思議だ、理屈に合わないこと甚だしい。なあ、こんな辺境の地にいる原生生物が、どうしてそんな頑強な精神構造をしているんだい?」

俺は椅子に座らされていた。口からは老人のようなしゃがれた息を吐き続け、痛めつけられた指や足は俺の意思とは無関係に痙攣していた。
なんの拘束もないはずなのに、俺は身動き一つ取れない。

「そんな必要など、ないはずなんだ。むしろ、容易く心が壊れた方が、全体としては利益になる。物理的な無理を精神力で越えるのは、一時ならば可能だけれど、いつまでも続けられるものじゃあない」

自称宇宙人は、どこにでもいるような男に見えた。
くたびれたスーツと革靴、安物のメガネに肩掛けバッグ。
なんの冗談かと言いたくなるほど当たり前だ。

やけに近代的な部屋の様子と、なにかの映像だと信じたくなるような宇宙の暗闇が窓外になければ、イカレた男に監禁されたと信じただろう。

「本当にわからない、わからないねえ。すぐに出ると思った実験が、予想外に手間取ってしまっている」

俺の呼吸は、段々と落ち着いて来ていた。

「人がこうした時に耐えられるのは、いくつか理由が考えられる。ひとつにはそうした訓練を受けた――これは君には当てはまらないね、そんな経歴などなかった。もうひとつは……これは考えにくいことだけれど、希望がある場合だ。誰か君を助けに来てくれる、そんな当てでもあるのかい? こんな遠方まで?」

指し示した先、その窓には木星の縞々が映っていた。なんとか持ち上げた俺の視界に、圧倒的なその広がりを見せつける。

それを見て――俺は、笑った。

「なあ、君は一体なんなんだ?」
「ありがとう」

気づけば俺はそう口にしていた。

「……なんだって?」
「ありがとう、って言ったんだ。ここまでくれば大丈夫だろう。こんな遠くまで俺を逃がしてくれて、その点だけは感謝してる。サンキューな」
「……ああ、君は精神構造が元から壊れた奴だったのか、脳検査では見つからなかったんだけどなあ。これはこれで珍しいサンプルかな」
「俺はな、追われていたんだ」
「だから? 僕に拷問されて感謝してると?」
「殺されるよりはマシだからな」
「君、まさか生きて帰れると思っているのかい?」
「はは――」

思わず笑った。
案外、この宇宙人は頭の巡りが悪いらしい。

「言ったろ、俺は追われているんだ。元の場所に戻れるわけがないだろ。地球上のどこに下ろされようと、即座に死ぬ。俺にとってみれば、拷問されようがなんだろうが、しばらくは生き残れる道は『ここ』しかなかったんだ」
「ふむ? 少し興味が湧いた。君、一体なにをしたんだい。大統領でも暗殺したのかい」
「それだったらマシだったな。敵対国に逃げ込めば、生き延びれた」
「なら宗教関係者がキレるようなことでも?」
「だったら人がいない所に行けばいい。誰に追われても逃げようはある」
「おいおい」

自称宇宙人は、呆れたように両肩を竦め。

「なんだい、君は神様でも怒らせたのかい? 一体ないをしたんだい」
「なにも」
「はあ?」
「俺は何もしちゃいない。だが、ある日とある時から、目を付けられた。以来、追われつづけている」
「神様に追われてる? 原生生物の共同幻想が具現化でもしたのかい?」
「いいや、そうじゃないさ」

相手は明らかに馬鹿にした口調だが、俺は怒りも湧かない。
俺が巻き込まれているのは、それに輪をかけて馬鹿らしいからだ。

「俺を追いかけているのは、都市伝説だ」

自称宇宙人は即座に俺にヘルメットを被せた。何かを手早く操作する。
そして、信じられないというような顔をした。

「君、狂ってもいないし嘘も言っていないらしいね……」
「その機械が壊れてんじゃないのか」
「僕はそう信じたくなっているよ……これ、高かったのに……」
「正直――」

俺は目をつむり、観念するように言う。

「ただ俺が狂っておかしなものを見ている可能性もあったんだが、これで潰えたわけか」
「君、宇宙人にさらわれてるのに自分の正気を疑わないんだねえ」
「まあな」

言いながら、俺は拘束されている腕を動かそうとする。
なにもないはずなのに、まるで分厚いゴムで覆われているかのように微動だにしない。

「おいおい、無理に決まっているだろう。原生生物程度じゃ身動きひとつ取れない、そういう作りになっているんだ」
「そうか」

返答しながらも、俺は動こうとする努力をやめない。
俺が正気で、そして生きているのであれば、後は自由を得るために行動するだけだ。

「君、馬鹿だねえ」
「おまえはどれだけ頭がいいんだ?」
「少なくとも、君よりは」
「なら、安心だ」
「はあ?」
「俺を追いかえている奴が、ここに来るようなことはないな」
「なにを言いたいのかわからないけどねえ――」

ざ、と音がした。ノイズだ。
どこかに隠されているらしい発生器が起動した音だった。
それは、俺の全身を総毛立たせた。

「ん? 緊急連絡かな、おかしいな、こんな場所でなにか起きるはずも……」

「――し――」

まるで暗闇から這い出るかのように。
あるいは、遠くからつながった糸を辿るように。
あるいは、己の義務を果たすために止まぬように。
あるいは、それが存在理由であり真実だというように。
あるいは、ごく当たり前の、当然の日常であるかのように、それは言う。

「わたしメリーさん、今、木星の衛星パシファエ群にいるの」

かわいらしい女の子の声、だが、俺にとっては忌々しさの象徴だ。常に常に追い続けた、狂気のストーカー。
やっと引きはがせたと思ったのに、ようやく平穏を得られたと思ったのに、こんなところまで、こんな地球圏外まで追ってきやがった!

俺は吠え、体のリミッターを外す。
あいつに追われる日々の中、この程度のことができれなければ、とっくに俺は終わっていた。

唖然と何が起きたかわからないと戸惑う自称宇宙人の前で、俺は見えない拘束を力任せに引き千切った。ガラスを十個ほど破砕させた音をさせて自由を得る。

即座に宇宙人の喉元をつかみ、ぐげっ、とカエルのような音を出せる。

「出せ!」
「な、にを――」
「今すぐ出発しろ、全速力でだ!」
「君は――」
「頭の巡りが悪いな、もうすぐ傍まで来てるんだぞ、アイツは俺だけを対象にしない。俺の周囲一帯を含めてターゲットに認定していやがるんだ!」

お陰で俺が住んでいたアパートは倒壊した。
逃げ込んだビルは崩れ、走り抜けたアーケードは爆弾で吹き飛ばされたような有様となった。
この宇宙人に連れ去られた時、どれだけ俺が安堵したかわからない。

「わたしメリーさん、今――」

声が聞こえる。
ヒッ、と今まさに俺に命を握られている宇宙人が、怯えた声を出した。
俺の背後を見つめ、宇宙人は目を限界まで見開いている。

「――窓の外にいるの」

それは、直接聞こえた。

「出せ!」

宇宙人は目を見開いたまま、俺には理解できない言語を早口で喋った。
途端に船体が動き出す。ゆっくりと見えてとんでもない速度だったのだろう。怖気を誘う気配がすぐに離れていく。

「君、なんだあれ、なんなんだアレ!」
「俺が知るか」
「君を狙ってここまで来たってことかい? なんでまた――」
「あのな一つ言っておくけどな」

俺は皮肉を込めて言う。

「アレ、割と嫉妬深いぜ」
「幻想の実体化? 外宇宙からの介入? だけれど探知の系が明らかに異常な値を――なんだって?」
「俺に喧嘩を売って殴った奴が、俺の目の前で吹き飛ばされた。カタギじゃない奴と肩がぶつかって因縁つけられた時にはその肩が物理的に分離してた。他にも色々だが、あのメリーとかいう奴は、アイツ以外の奴が俺を傷つけることを許せないらしい」
「待て、待て、待て、なんだって? なにを言っている?」
「もうあんたもターゲットだって言ったんだ、一蓮托生だな?」

完全に顔色を失った宇宙人を見て、やっぱりこいつ俺だけを放り出すつもりだったんだなと確信する。

「どこまでも、いつまでも、絶望から一緒に逃げようぜ?」
「……なんで僕は、よりにもよって君をさらってしまったんだ!」

俺は思わず笑った。
久々にいい気分だった。
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