お題:僕と検察官 必須要素: 制限時間:1時間 読者:50 人 文字数:2583字 評価:0人

闇夜のカーチェイス
 崖上へ残った轍は一直線にガードレールへ突っ込んでいて、ブレーキを踏んだ痕もなく、自殺は一目瞭然だった。今は警察車両や作業車が集まって、崖下に落下した車を引き上げているところだ。狭い山道は車両通行止めで、徒歩で集まった野次馬も麓の山村からやってきた老人ばかり。若者の多い都会であれば、カメラのフラッシュが焚かれたところだが、ここには簡単ケータイすら使いこなせない年寄りしかおらず、せいぜいが岩に腰掛けて写生をはじめる程度だった。
「おじいさん、すみませんね。こんなところで絵を描かないで」
 当然、居合わせた警官に追い払われ、画材を片付けさせられた。
「よそ者が落ちたのかい」
「詳しいことはお答えできかね……」
 事務的に繰り返そうとした警官は、話しかけてきたのが老人でなく、若い男であるのに気づいて、すこし驚いた。地味なジャンパーを羽織った年寄りと同じ格好をしていたから、一見して老人と見間違えたのだ。
 画材を抱えてすごすご帰っていく老人と入れ違いに現れた男に、警官は気を取り直して厳しい態度をとった。
「撮影はご遠慮願います。事情をお答えすることもできません。作業中で危ないから、近づきすぎないで」
「落ちたのはよそ者なんだろ。村には年寄りしかしないからね、あんないかしたスポーツカーを乗りこなす若者はいない」
「……あなたはずいぶん若く見えますが」
「若作りだよ。健康のコツは毎朝の乾布摩擦とラジオ体操」
 男は首にタオルをかけて、年代物のラジオを小脇にかかえていた。朝と言わず、いつでも体操できる準備だ。はあ、と警官はうなずいて、さりげない足運びで現場に踏み込もうとした男のまえに警棒を突き出した。
「近づきすぎないで」
「落ちた人間に心当たりがあると言ったら?」
「あるんですか」
「ないけど。正直言うと、昔からはたらく車が好きでね。パトカーを近くで見たい」
「あとにしてもらえますか」
 警棒をぶんぶん振られて追い払われ、男はすごすご引き下がった。すこし離れた岩から現場が一望できることに気づいた先ほどの写生老人が、絵筆を振って合図している。
「ヤナギさん。ここからよく見えるよ。パトカーも、べすとぽじしょんじゃ」
「双眼鏡を持ってきておいてよかった!」
 男は嬉々として老人の待つ岩へ駆け出していった。

 ヤナギは世話になっている老夫婦の家へ戻って、実際に目にしたパトカーやレッカー車がどれだけ格好良かったかを熱く語った。ボケ始めている夫婦は、緑茶を飲みながら、うんうんと穏やかな相槌を打った。
「そういえば、あんたにお友達から電話が来ていたよ」
 老婦人が言って、時代がかった黒電話を指さした。留守番電話機能なんて気の利いたものはないから、電話番の老婦人が電話をとって、相手先の番号を傍らに置いた手帳に書きとめておいてくれる。ヤナギはメモを見ながら電話を折り返してかけた。
「もしもし、僕だ」
「……詐欺と間違われたくなかったら名を名乗れ」
「仕事の相手かもしれないのに、そんな口きいたりしないだろ。声でわかってる癖に」
 電話口の向こうから、聞こえよがしなため息。
「ヤナギ。お前が逃亡中なのはわかってるが、連絡先くらいは教えておけ」
「教えなくても自力で突き止める癖に……」
「安否が心配なんだよ。知らないところで死んでるかもしれないと思うと」
「僕はいい友人を持ったよ。ああそうだ、検事のお前に聞きたいことがあったんだ」
「今は検察官っていうんだよ。なんだ」
「故意じゃないんだけど、僕のせいで人が死んだ場合、殺人罪に問われるのかな?」
 無邪気に問われた質問に、帰ってきたのはまたしてもため息だった。
「お前、また人殺したのか」
「わざとじゃないんだよ。あてにならない警察に業を煮やした遺族が雇った探偵だと思うんだけど。怖かったな、向こうにも確実に殺意があったし」
「具体的には、どういった経緯で死んだんだ」
「山道でカーチェイスした。こっちは村の軽トラだったからな、大したハンデだったよ。でも夜はあのカーブ、まるで闇に沈んで見えなくなるから」
 ヤナギはまだ痛む肩をさすった。いくら若作りしているとはいえ、無茶をしすぎた。軽トラは勢い余って崖下の森に突っ込んだが、重量の違いか、スポーツカーは木々のクッションすらない谷底に真っ逆さまだった。警察も引き上げるのには苦労するだろう。
「前から言っているように、罪に問われるのは十分な手続きを経て起訴されてからだ」
「証拠がもみ消されて十分に揃わなければ、僕は罪に問われない、と」
「お前を人殺しと信じる遺族から、恨みは買うだろうけどな。気をつけろよ、次に寄越されるのは殺し屋かもしれない」
「お互いにね。証拠をもみ消した共犯者の身だって同じように危険かもしれない」
「逃亡しなければならないようなへまは、少なくとも俺は踏まないさ」
 互いの無事を祈りつつ、電話を切った。居間に戻ると、さっきお茶の時間を終えたばかりというのにもう忘れて新しく淹れた緑茶を老婦人からすすめられた。
「そろそろ孫の顔でも見たいんだがねえ。あんた、いい人はいないのかい」
 ボケてヤナギを息子と信じる彼女が穏やかに言って、向かいでは夫が湯呑を持ったまま同意するようにこっくりと舟を漕いでいた。

 森に落ちた軽トラの様子を見に外出すると、現場からつまみ出された写生老人が森の入り口に陣取って、なにやら筆を動かしていた。
「まったくあの連中、写真や動画を撮られるより落ち着かないとか吐かしおって。すまーとふぉんの使い方さえわかれば、わしだって写真を撮るというのに!」
「べつに絵にこだわりはないんだな」
「そのときしか見られない一瞬を切り取るには、写真のほうが都合がよかろうて」
 老人は目を閉じ、記憶を頼りに描いているようだ。
「なにを描いてるんだい……」
「空飛ぶ車さ。昨夜見たのさ。すこすも速度を緩めず、空へ飛んでいったのさ」
 その車ならたぶん森の奥にある、と言うと、老人は喜んでヤナギについてきた。ぼろぼろの軽トラを発見して、老人はうれしげに絵を描きはじめた。
「やっぱりはたらく車だよな。見栄えばっかりいい高級車なんて、なんのロマンも感じられない」
 谷底で大破したスポーツカーを思って、やなぎはい 
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