お題:僕と検察官 必須要素: 制限時間:1時間 読者:45 人 文字数:3223字 評価:0人

誠心誠意の頼み方
小学校で、帰り道、僕は検察官に会った。
もっとも、そうだとは信じることができなかった。よく犬がマーキングしている電柱に財宝が埋まっているのだと言われた方が、きっとまだ信じられた。それくらい、突拍子もない人だった。

その人は、背広を着ていた。詳しくは知らないけど、きっと高くて仕立てのいいものなんだと思う。まず目に付いたのが、背広の濃い紺色、その背中の様子が太陽に反射するところだったから。
もっとも、どれだけいいスーツだったとしても、その人が来ていると台無しだった。なぜかと言えば、その人は誰かに馬乗りになってぶん殴り続けていたからだ。金色に輝く袖ボタンが上から下へと振り下ろされる度に、グチャ、とも、グジャ、ともつかない湿った音をさせ、赤色が飛び散った。高性能なエンジンみたいに正確に、左、右、左、右と振り下ろす。その度に、地面に横たわっている人が痙攣しているのが、わかった。

「ん? ああ、これかい?」

その人は、目を真ん丸にする僕に気づくと、振り向きながらそう言った。
今日の天気とか、朝食のことを言うみたいに、当たり前の口調で。

「説得しているんだよ」

グジャ、と右手を振り下ろしながら。

「この人は車で罪もない人をはねたんだ、被害者はまだ幼い子供とその母親だった。だっていうのに、そのことを悔いもせず、もちろん自首することもせず、のうのうと暮らしていたんだ」

グチャ、と左手を振り下ろしながら。

「許せるはずがないだろう。検察官として、こいつを放っておくわけにはいかない。だから、悔い改めるよう、誠心誠意、こうして頼んでいるんだよ」

とても辛そうな顔をしながら、その自称検察官は両手を組んで高々と上げ、土下座でもするかのような勢いで振り下ろした。今までで、一番酷い音がした。

「ああ……」

しばらくの間を開けて、相手から何の反応もないことを悔いるように。

「また説得に失敗してしまった……」

とても沈痛な顔で立ち上がる。

「また明日、説得しに来ると伝えてくれないかい?」

悲しそうに細められた目は、心底そう信じ込んでいるみたいだった。
その頬に飛び散った血や、むっとする臭いや、痙攣して横たわる人の哀切な声がなければ、きっと僕も騙されていたかもしれない。

その人はすたすたと立ち去った。
当然のことながら、事件になった。
その足取りはつかめず、犯人は行方知れずで、そして、被害に会った人は本当にひき逃げ反だった。



二度目に検察官と会ったのは、中学で、塾に行く途中だった。
親から注意しなさいと言われている廃ビルの中で、その人は必死に頼み込んでいた。
資金繰りなのか、それとも別の理由なのか、中途半端に壊されたまま長いこと晒されている場所で、誰かが座っていた。いや、もっと正確に言えば、座らされていた。

やけに頑丈な木製の椅子、その肘掛け部分に腕をぐるぐる巻きにつながれ、足もまた同様にされていた。立つことはもちろん、身動きもできない状態にされたその人に向け。

「どうか、お願いします!」

検察官は、頭を下げていた。
直立不動で、海老反りに思いっきり頭を後ろにやってから、風切り音が聞こえるくらいの速度と勢いで、直下へと頭を振り下ろす。
硬いものと少しだけ硬いものがぶつかる、ゴシュッとも、ガジャっともつかない音が廃ビル一杯に広がっていた。
うん、頭を下げる、と書いたけど、実体としてそれは、振り下ろすと言ってよかった。
検察官が当てているのは額部分だけど、振り下ろされた先は鼻や目などの柔らかい部分だった。

「お願いします、どうか、お願いします!」

お願いしますと言いながら頭を振り下ろし、どうか、の部分で勢いよく頭を後ろまで戻していた。僕からみれば、変わった形のメトロノームが左右に行ったり来たりしている恰好。ただし、右に振り切った時に生々しい異音がしている。

「ん、ああ、また会ったね」

その人は、いろんな意味で赤くなった額をさすりなら言う。

「恥ずかしいところを見られてしまったね。この人は、政治献金を不正に使い、私腹を肥やしている人なんだよ。少しくらいなら私も見逃していいとは思うのだけれどね、この人の場合は、桁が違った。とてもではないが見逃せない金額なんだ。また、一端外国に資金を逃してから得ている関係上、日本国内の法律のみで追及できるか怪しいんだ」

悲しそうに頭を振り。

「本当に罪に問うとしたら、彼自身の自白がなければ非常に厳しい。ひとりの検察官として恥ずべきことではあるのだけれどね、勝算のない裁判は、なかなか開かれることがない。だから、こうして――」

言いながら、今までよりもさらに後ろに、ほとんど床と水平になるくらいまで頭を引き――

「誠心誠意、頼んでいるんだよ」

よ、と言い切ったタイミングで、綺麗な弧を描き、物理法則に若干反しているんじゃないかって勢いで頭が振り下ろされた。
今までで、一番壮絶な音がした。

「ああ……」

しばらくの間を開け、何の反応もないことを悔いるように。

「また説得に失敗してしまった……」

とても沈痛な顔で、ぬちゃりと音をさせながら頭を上げる。

「また明日、来ます。貴方が認めてくれるまで、私は諦めません」

正義かどうかは知らないけど、強い光がその瞳にはあった。
がんばるぞー!と両手を上げながら、その検察官は去っていた。よくよく見れば、その椅子に座らされた人以外にも、死屍累々といろんな人が呻いて転がっていた。

前よりももっと大きな事件になった。
複数人の証言があったにも関わらず、また被害に遭った人も割と大物だったにも関わらず、その検察官の行方はつかめなかった。

いや、もっと言えば、検察官は次の日にまた会いに来て、また同じことをして、そして、被害者は横領反として世間に躍り出ることになった。



高校生で、放課後で、校舎裏だった。
僕はボコボコに殴られていた。わけのわからないことを言いながら、ひたすらに。

僕は例の『検察官』に二度も出会った奴だった。
そして、犯人は決して見つかっていなかった。
実のところ、僕が他ならぬその検察官なんじゃないか、二重人格とかそういうのじゃないか――そんな噂はずっと囁かれていた。

大抵の場合は、そんなことはないと断言する。そんなことが起こるはずがないと。
けど、そうであって欲しいと願う人がいた。
他ならぬ、検察官の被害に遭った人の、身内だ。

『検察官』相手には、何もできない。行方だってわからないし、何より滅茶苦茶に強い。
だけど、僕相手であれば、手を出せる、鬱憤を晴らせる、何だってできてしまう。
僕という奴は、「無実の人を一方的に断罪した悪い奴」なのだから。

――あいつにとっては、自分よりも弱い相手が、是非とも必要なんだ。

地面に横たわり、痛むあちこちを感じながら、そんなことを思った。

「私が頼もうか?」

気づけば、検察官がいて、すぐ傍で立っていた。

「君とは縁があるようだからね、少しばかり職務からは外れるが、指導程度ならばしてもいい」

彼は、あれからも何度も別の場所で「頼んで」いた。
何があろうとも諦めず、鋼の意思を以て貫徹していた。
だから、素直に信じられた、この検察官は決して僕ではないと。そんなことなど起こるはずもないと。

「ねえ――」
「なんだい」

この時、僕がどうしてそんなことを言ってしまったのか、未だにもってわからない。
けれど、僕は傷ついた上半身を持ち上げ、気づけば言っていた。

「僕に、「罪を認めさせる頼み方」を、教えてくれない?」
「……それは、とても大変だよ」
「知ってる」
「そうかい、よろしい」

彼は、柔らかく微笑んで。

「誠心誠意、やってみよう」

僕の手を取り、立ち上がらせた。





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