お題:最弱の妄想 必須要素:パーカー 制限時間:1時間 読者:44 人 文字数:2437字 評価:0人

白く輝く
真新しいパーカーは、着ぐるみを着込んでいるような気分になる。もの珍しいけど、ちょっと気恥ずかしい気分が残る。
冬の寒さがまだ残る春先という季節は、どのような衣服を着ればいいのか毎回迷う。昨日と今日との温暖差が激しすぎて、わざわざ調べなければならないのが、実に面倒くさい。

休日に、ようやくでかける気分になれたことは、我ながら前進だ。まったく偉いぞと頷き、クリアファイルをバックにつめる。家の中では、どのような生産的な行動も取る気にならない。体と頭を休める場所だと、心のどこかで勝手に思い定めているのかもしれない。あるいは、もっと違うことに注意を払うべき場所だと考えていたのかも。
寝ぼけた頭でそう思いながら、外の寒さを身に浴びる。桜の花弁がひとひら、滑り込むように入った。交代だなと思いながら、そのまま外へ出た。

ふと、頭のなかで飼い猫の姿を想像する。
甘ったれたあいつは、きっとニャーニャー鳴いて勝手に出かける自分を非難するのだ。
もう二度と聞くことはできないけれど、ちゃんと思い描くことはできる。


半ば散った桜の木を横目にしながら、頭の中だけで覚えるべきことを繰り返してみる。
クイズのようで、なかなか楽しい。
少しへたれた革靴がアスファルトを踏みしめる。まだきっと、この踏んでいる石たちは冷たいままだ。
定期的に桜はぽつんぽつんと、忘れたことを非難するかのように聳えている。今まがまさに盛りの満開のもの、もう八割がたは散っているもの、もう完全に緑色を取り戻し、その花弁ばかりを川面に散らしているもの――さまざまな種類の桜が、さまざまな春を現していた。

飼っていた猫に、この桜を見せたくて、一度だけ連れ出したこともあった。もちろん、ちゃんとハーネスをつないで。どのような反応をするかと楽しみにしていたのだが、見せた途端に抱えたこちらの腕に爪を突き立てて、すぐさま逃げ出した。
どうやら、ハラハラと降り注ぐ花弁の群れが、とても怖かったらしい。まっさきに家へと向かったのは、さすがの帰巣本能だと感心した。


からんからん、と今時珍しいドアベルを鳴らして店へと入る。
ごく小さな喫茶店。それほどこだわりのない、ちょっとした趣味として作ったような店だった。
閉店時間も午後五時までと、相当にやる気がない。
そのぶん店内が混みあうことがないのが救いだ。完全に静かにして欲しいわけではないけれど、興味ゼロのお喋りを一方的に聞かされ続けるのは勘弁して欲しい。耳に入るのは控えめに流れる店内BGMだけで充分だ。

一番ちいさいコーヒーを注文して、ふう、と一息をつく。なんだか、まだ頭がぼうっとしていた。
気力が一切湧いて来ない。まるでまだ夢でも見ている半ばであるかのよう。
そういえば、この春先の時期、よく猫が布団に潜り込んできたなあ、ということを思い出す。寒すぎる時期だとつけっぱなしにしてあるコタツから出ることが無いのだが、中途半端に暖かいとそこから抜け出し、ウロウロと探索を始める。そして、最終的にはこちらの布団の中、それも人の股の間へと滑り込んでくる。そこが人肌という熱源を十分に味わえるかららしい。そうなると、こちらは一晩中寝返りも打てない。
まあ、寝てしまえばそんなことは関係ない、猫は巨大な人間の動きに翻弄されることになる――はずなのだが、どうやら寝ているときも自分の体はどこかで意識を残しているらしく、起きたとき猫は変わらず股の間に居座り続け、こちらは微動だにせずに眠りつづけた事実を発見することになる。お蔭で体がとても痛かった。眠ったはずなのに寝た気がしない。

懐かしいなあ、と思いながら、コーヒーをすする。
なんの特徴も無い苦さ。素晴らしい香りがあるわけではないけれど、わずかに意識は覚醒する。
本当に、色々と邪魔された記憶しか残っていない、さまざまな種類の、想いもよらない邪魔をされた。自分が外でしか生産的な活動ができなくなったのは、半ばあの猫のせいではなかったのか。
ノートを広げれば乗って来るし、キーボードを打つ動きは狩猟本能を刺激し、テレビを見れば割り込んでくる。
まったく、どうして出かけようとした瞬間、カバンの中に入り込もうとするのか。


店内は外の寒さを遮断し、春先の日差しだけを寄越している。白いパーカーは光をよく吸収し、暖かさだけを伝える。このまま微睡んでしまってもいいのかもしれないが、そういうわけにもいかないだろう。

半ば観念しながら、ファイルを取り出す。
調べたことを纏めてあった、ここからピックアップしてアンドロイド端末にまとめる。紙は筆記のしやすさでは便利だが、情報を手軽に扱う面では不便極まりない。
もうちょっとくらい別に便利なやり方があるのかもしれないが、今のところはこれでいいかと、半ば諦めている。紙の手触りを確かめながら、一枚一枚めくり――

何かが挟まっているのを、見つけた。
最初は、まあ、よくあるゴミだと思った。
次に、自分の抜け毛かなと思った。
最後に、飼い猫の毛が挟まっていたと、わかった。

一本だけの、白い毛、あいつの毛並、短毛種の、少しだけカールした。

指で、それをつまみ上げる。
瞬間、撫でた時の感触がよみがえった、本当に触れているかのようだった。脛に体をこすりつける感触が思い出された、体全体で半ばぶつかるようにしていた。ゴロゴロと喉を鳴らす様子、本棚の上から見下ろす寝姿、捕まえたゴキブリの前で、自慢げに座る恰好。真剣な顔で窓の外を眺めている顔つき、最後の、虚空を見つめる瞳、薄く長く吐き出された息。

先ほどまでしていた妄想が、まったく弱い物だと、わかった。
実物が、たった一本の白い毛が、完全に粉々に砕いた。妄想なんでものでは、何の慰めにもなっていなかった。

何もまだ、呑み込めてはいなかった。
それを思い知った。


春先の光に照らされ、その一本だけの毛は白く輝いていた。



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