お題:最弱の妄想 必須要素:パーカー 制限時間:1時間 読者:28 人 文字数:2555字 評価:2人

夢を託す
 荷台の幌を開けると、内側に光が差し込んだ。みすぼらしい老人は、朝の光のなかで見ても変わらずみすぼらしい。一夜が経って、美女や美男に変化することもなく、ぼろをまとった浮浪者同然の姿だ。
 当然だ。おとぎ話のようにはいかない。荒野で行き倒れていた老人を助けたところで、正体が女神だったり魔法使いだったりはしないし、大した恩返しが期待できるでもない。
「着いたぜ爺さん。降りな、都市はすぐそこだ」
 小さく身体を丸めた老人は聞こえているのかいないのか、寿命がきたかと心配になるほどの時間を置いて、ようやく腰をあげた。じれったくなるくらいゆっくりと幌から出てきて、おぼつかない足で砂のうえに立つ。
「……世話になった。礼がしたい」
「いいよ、ろくに金も持ってないだろうし。なんも持ってない老人から身ぐるみ剥ぐのもな」
 俺はぞんざいに手を振って老人を追い払おうとした。砂漠の向こうに塀に囲われた都市が見える。都市へ寄る用事はなかったが、近くを通り掛かるくらいの回り道は手間でもない。小柄な老人ひとり、荷物にもならないし、言ってみればこれ以上無駄な時間をとらせず、さっさと退散してもらうのが一番の礼だった。
「いやしかし……」
「いーから。娘夫婦に会いにきたんだろ、家族が心配して待ってんだから、早く行ってやりな」
 投げやりに放った言葉はいたく老人を感動させたようだ。目元をぬぐうような仕草まで見せたあと、大事そうに懐からなにかを取り出した。
「歳を食ってから若者にこれほど優しくされたのははじめてだ。やはり礼がしたい。どうかこいつを受け取ってくれ」
「お、おう……綺麗な石ころだなあ。大切にするよ」
「こいつはわしが若いとき、同じように助けた老人から貰った。ついぞ使う機会はなかったが、なんでも『人生一発逆転の石』というらしく……」
「おい爺さん、塀の外に出てきた女がこっちに手振ってるぞ。あれ、娘さんじゃないのか」
「おお! アンナ! 立派になって、会いたかったぞー!」
 活力を取り戻した老人は石ころを俺に放り投げ、元気な足取りで砂漠を駆けていった。まだまだ健康のようでなによりだ。
 俺は受け取った石を見た。表面がつるっとして光に当てるとぴかぴか光るが、宝石の原石とかでもない、なんの変哲もない石だ。寄り道とちょっとした人助けの結果手に入れたそいつを、俺は幌のなかに放り込んで、旅の続きに戻った。

 西の偉大な魔法使いとやらが、太古の国を滅ぼした怪物の召喚に成功したそうだ。技術の発達によって今では優秀な兵器には事欠かないから、怪物の使いみちはもっぱら労働力。城の建設に人間何百人ぶんという働きを見せているらしい。
「いーなあ、魔法使いなら、自分のちからでなくっても、珍しいものの召喚に成功しさえすれば報酬が貰えるんだから」
 目的の港湾都市に着いたところ、愚痴まじりにそんな情報を教えてくれたのは、顔見知りの仲買人の女だ。運び屋と市場の仲介をして小遣いを稼ぐ、長旅のうちに店の顔ぶれやら市場の流行りは変わるから、地元の事情に通じたこうした輩のひとりと繋がりを持っていると、商売で損をせずに済む。
「そんな遠い国の噂なんて夢物語みたいなもんだろ。妄想ばっかりしてないで働け」
「想像力がないと成功できないよ? 自分が一発逆転する未来が描けないってことだからね。ほんと、あんたって仕事ぶりも人格も糞つまんないわねー。珍しい商品のひとつも仕入れてこないんだから」
「それが安定ってことだろ?」
「変わらないってことは、時代に取り残されるってことでもあるんだから。過去にいつまでもこだわっている老人みたいに」
 自分では現実を見据えているつもりだったから、そんな言われ方は不本意だった。俺が荷を運び出すのを待っていられなくなった女が幌を開け放って、なかに飛び込んだ。
「あら、なあに、この綺麗な石」
「『人生一発逆転の石』だってよ」
「なにそれ、たまには面白いこと言うじゃない」
 くすくす笑った女が、いたずらめいた表情で石ころを俺の手に握らせてきた。
「大事にしなよ、今夜寝るときに枕元にでも入れて」
「俺は信じてない」
「想像力次第だわ。石のちからで、あんたは魔法使いになれるかも」
 それから、大陸で流行るはずだと、街の服屋がある日天啓を得て発明したという、前開きにフードの変わった服を紹介しはじめた。限りある荷台に自分の売り込んだ商品を積ませようと、仲買人も必死なのである。
「パーカーと名付けたの。フードは砂よけになるし、脱ぎ着も楽ちんだわ」
 女のまえでふたたび荷台に放り込むのもはばかられ、しかたなく石は懐にしまっておいた。

 すっかり石の存在を忘れていたその夜、宿屋のベッドに寝転んだときに腰に当たって、しまっていたのを思い出した。
 枕元に仕込んでおいて、そうすると、いい夢でも見られる?
 馬鹿馬鹿しい思いつきを自分で笑う。石を枕の下に入れて、そのうえに横になってみたのは、気まぐれというより証明のためだった。老人を助けたって、奇跡が起きて力が得られるわけじゃない。不思議なちからのある石が、奇跡を起こしてくれたりしない。なにも起きなかった、と明日女に報告するためだ。
『それはあんたが信じてないからだわ』
 いつの間にか寝ていたのか、明日女が言うであろうことが、実際に耳にしているみたいに聞こえてくる。
『ぼくは将来、魔法使いになるんだ』
 故郷にいた頃、無邪気にそう言っていた過去の自分の声まで響く。
 魔法使いになるには、おとぎ話を心から信じることだという。そう聞いたのは仲買人の女からだったから、また馬鹿な妄想をしていると思ってまともに受け取ったことはなかった。想像力だけで現実が変わるなら苦労はしない。夜、幼いころの夢想のように、魔法使いになった自分がなにかを召喚して、劇的な出会いを果たすなんてことは。
 それは美女だったり美男だったり、昔話に出てくる怪物だったりする。
 子供の頃は描けていたはずの妄想が、まったく上手くできないことに気づいて目を開けた。部屋は白みはじめ、朝が近づいている。夢すら見られなかったことに失望し、枕をどけると、そこには何の変哲もない石がある。


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