お題:最弱の妄想 必須要素:パーカー 制限時間:1時間 読者:47 人 文字数:2555字 評価:2人

夢を託す
 荷台の幌を開けると、内側に光が差し込んだ。みすぼらしい老人は、朝の光のなかで見ても変わらずみすぼらしい。一夜が経って、美女や美男に変化することもなく、ぼろをまとった浮浪者同然の姿だ。
 当然だ。おとぎ話のようにはいかない。荒野で行き倒れていた老人を助けたところで、正体が女神だったり魔法使いだったりはしないし、大した恩返しが期待できるでもない。
「着いたぜ爺さん。降りな、都市はすぐそこだ」
 小さく身体を丸めた老人は聞こえているのかいないのか、寿命がきたかと心配になるほどの時間を置いて、ようやく腰をあげた。じれったくなるくらいゆっくりと幌から出てきて、おぼつかない足で砂のうえに立つ。
「……世話になった。礼がしたい」
「いいよ、ろくに金も持ってないだろうし。なんも持ってない老人から身ぐるみ剥ぐのもな」
 俺はぞんざいに手を振って老人を追い払おうとした。砂漠の向こうに塀に囲われた都市が見える。都市へ寄る用事はなかったが、近くを通り掛かるくらいの回り道は手間でもない。小柄な老人ひとり、荷物にもならないし、言ってみればこれ以上無駄な時間をとらせず、さっさと退散してもらうのが一番の礼だった。
「いやしかし……」
「いーから。娘夫婦に会いにきたんだろ、家族が心配して待ってんだから、早く行ってやりな」
 投げやりに放った言葉はいたく老人を感動させたようだ。目元をぬぐうような仕草まで見せたあと、大事そうに懐からなにかを取り出した。
「歳を食ってから若者にこれほど優しくされたのははじめてだ。やはり礼がしたい。どうかこいつを受け取ってくれ」
「お、おう……綺麗な石ころだなあ。大切にするよ」
「こいつはわしが若いとき、同じように助けた老人から貰った。ついぞ使う機会はなかったが、なんでも『人生一発逆転の石』というらしく……」
「おい爺さん、塀の外に出てきた女がこっちに手振ってるぞ。あれ、娘さんじゃないのか」
「おお! アンナ! 立派になって、会いたかったぞー!」
 活力を取り戻した老人は石ころを俺に放り投げ、元気な足取りで砂漠を駆けていった。まだまだ健康のようでなによりだ。
 俺は受け取った石を見た。表面がつるっとして光に当てるとぴかぴか光るが、宝石の原石とかでもない、なんの変哲もない石だ。寄り道とちょっとした人助けの結果手に入れたそいつを、俺は幌のなかに放り込んで、旅の続きに戻った。

 西の偉大な魔法使いとやらが、太古の国を滅ぼした怪物の召喚に成功したそうだ。技術の発達によって今では優秀な兵器には事欠かないから、怪物の使いみちはもっぱら労働力。城の建設に人間何百人ぶんという働きを見せているらしい。
「いーなあ、魔法使いなら、自分のちからでなくっても、珍しいものの召喚に成功しさえすれば報酬が貰えるんだから」
 目的の港湾都市に着いたところ、愚痴まじりにそんな情報を教えてくれたのは、顔見知りの仲買人の女だ。運び屋と市場の仲介をして小遣いを稼ぐ、長旅のうちに店の顔ぶれやら市場の流行りは変わるから、地元の事情に通じたこうした輩のひとりと繋がりを持っていると、商売で損をせずに済む。
「そんな遠い国の噂なんて夢物語みたいなもんだろ。妄想ばっかりしてないで働け」
「想像力がないと成功できないよ? 自分が一発逆転する未来が描けないってことだからね。ほんと、あんたって仕事ぶりも人格も糞つまんないわねー。珍しい商品のひとつも仕入れてこないんだから」
「それが安定ってことだろ?」
「変わらないってことは、時代に取り残されるってことでもあるんだから。過去にいつまでもこだわっている老人みたいに」
 自分では現実を見据えているつもりだったから、そんな言われ方は不本意だった。俺が荷を運び出すのを待っていられなくなった女が幌を開け放って、なかに飛び込んだ。
「あら、なあに、この綺麗な石」
「『人生一発逆転の石』だってよ」
「なにそれ、たまには面白いこと言うじゃない」
 くすくす笑った女が、いたずらめいた表情で石ころを俺の手に握らせてきた。
「大事にしなよ、今夜寝るときに枕元にでも入れて」
「俺は信じてない」
「想像力次第だわ。石のちからで、あんたは魔法使いになれるかも」
 それから、大陸で流行るはずだと、街の服屋がある日天啓を得て発明したという、前開きにフードの変わった服を紹介しはじめた。限りある荷台に自分の売り込んだ商品を積ませようと、仲買人も必死なのである。
「パーカーと名付けたの。フードは砂よけになるし、脱ぎ着も楽ちんだわ」
 女のまえでふたたび荷台に放り込むのもはばかられ、しかたなく石は懐にしまっておいた。

 すっかり石の存在を忘れていたその夜、宿屋のベッドに寝転んだときに腰に当たって、しまっていたのを思い出した。
 枕元に仕込んでおいて、そうすると、いい夢でも見られる?
 馬鹿馬鹿しい思いつきを自分で笑う。石を枕の下に入れて、そのうえに横になってみたのは、気まぐれというより証明のためだった。老人を助けたって、奇跡が起きて力が得られるわけじゃない。不思議なちからのある石が、奇跡を起こしてくれたりしない。なにも起きなかった、と明日女に報告するためだ。
『それはあんたが信じてないからだわ』
 いつの間にか寝ていたのか、明日女が言うであろうことが、実際に耳にしているみたいに聞こえてくる。
『ぼくは将来、魔法使いになるんだ』
 故郷にいた頃、無邪気にそう言っていた過去の自分の声まで響く。
 魔法使いになるには、おとぎ話を心から信じることだという。そう聞いたのは仲買人の女からだったから、また馬鹿な妄想をしていると思ってまともに受け取ったことはなかった。想像力だけで現実が変わるなら苦労はしない。夜、幼いころの夢想のように、魔法使いになった自分がなにかを召喚して、劇的な出会いを果たすなんてことは。
 それは美女だったり美男だったり、昔話に出てくる怪物だったりする。
 子供の頃は描けていたはずの妄想が、まったく上手くできないことに気づいて目を開けた。部屋は白みはじめ、朝が近づいている。夢すら見られなかったことに失望し、枕をどけると、そこには何の変哲もない石がある。


作者にコメント

対戦作品一覧


ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:最弱の妄想 必須要素:パーカー 制限時間:1時間 読者:54 人 文字数:2863字 評価:2人
研究者である父母が実験で起こった事故で死んで、自分もその現場にいたけども、生き残った。みたいな話であると、ギフテッドになる。よくなる。世間的に。実験の途中で実験 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:最弱の妄想 必須要素:パーカー 制限時間:1時間 読者:47 人 文字数:2555字 評価:2人
荷台の幌を開けると、内側に光が差し込んだ。みすぼらしい老人は、朝の光のなかで見ても変わらずみすぼらしい。一夜が経って、美女や美男に変化することもなく、ぼろをま 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:らび お題:最弱の妄想 必須要素:パーカー 制限時間:1時間 読者:41 人 文字数:1555字 評価:1人
僕のような典型的なナードにとって真夏の海ほど危険な場所はないわけだけれど、じいちゃんの店の手伝いを頼まれた以上、僕に逃れる術はない。ここで水着姿のクラスメート 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:最弱の妄想 必須要素:パーカー 制限時間:1時間 読者:48 人 文字数:3277字 評価:1人
パーカーを着れば強くなれると思っているのは、昔見たアニメや仮面ライダーの影響かもしれない。 クローゼットを開くと、色とりどりのそれがずらりと並んでいる。僕はそ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:最弱の妄想 必須要素:パーカー 制限時間:1時間 読者:43 人 文字数:2437字 評価:0人
真新しいパーカーは、着ぐるみを着込んでいるような気分になる。もの珍しいけど、ちょっと気恥ずかしい気分が残る。冬の寒さがまだ残る春先という季節は、どのような衣服を 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:びお~ら お題:最弱の妄想 必須要素:パーカー 制限時間:1時間 読者:42 人 文字数:1352字 評価:0人
今宵も眠らない街を征く。オーバーサイズのパーカーに身を包み、俯き気味にフードを被る。「さぁ、いこっか」視線を上げる必要は無い。繁華街の喧騒が身体に染み込み、秘め 〈続きを読む〉

にいの即興 小説


ユーザーアイコン
トラブル回避 ※未完
作者:にい お題:弱いゴリラ 制限時間:15分 読者:13 人 文字数:886字
真正面から歩いてくる男と目が合ったとき、喧嘩をふっかけられると直感した。血に飢えているやつは目でわかる。そして大体、野獣のような顔つきをしている。幅の狭い道だ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:免れた言い訳 必須要素:もみあげ 制限時間:30分 読者:16 人 文字数:1657字
いつものようにバイト先に出勤すると、店が燃えていた。田舎町に唯一あるファーストフード店だったので、昼飯を食べにきた人が大勢いて、みんな燃え上がる店舗を囲んで呆 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:日本式のフォロワー 必須要素:力士 制限時間:1時間 読者:22 人 文字数:2936字 評価:0人
そこは辺境の土地だった。人家はおろか、ヒトの姿さえほとんど見かけなかった。あるのはただ、鬱蒼と茂る森と、動物が立てる物音、それに鳥の鳴き声だけ。野生に棲む生物 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:穢された朝日 制限時間:15分 読者:20 人 文字数:913字
連日の雨で箱のなかはすっかり沈鬱なムードだった。雨の日なんて誰も出歩かない。橋の下に置かれたダンボール箱にも、そのなかの三匹の愛らしい子猫にも、誰も気づかない 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:許されざる小説の書き方 制限時間:15分 読者:27 人 文字数:848字
部室の窓辺に死体があった。と思ったら、締切が迫って生気を失っている部長の姿だった。もう3日も家に帰っていない、ろくな食事もとっていない、と顔に書いてある。比喩 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:イギリス式の人体 制限時間:15分 読者:22 人 文字数:918字
本来ヘソがあるべきところあたりにネジがある。マイナスかプラスかと言えばもちろんプラスだ。漫画に出てくるみたいなヘソが金属になって腹に埋まっているみたいな見た目 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:昼の快楽 必須要素:右手 制限時間:1時間 読者:28 人 文字数:2950字
「460円になります」「はーい」 コンビニで弁当を買った客が、上着のポケットに右手を入れて、「あれ」と首をかしげた。そこに入れていたはずの財布がなかったのだろう 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:人妻の監禁 制限時間:15分 読者:27 人 文字数:1039字
彼女はご機嫌で鼻歌を歌いながら洗濯物を干していた。外は大雨なので、寝ぼけたうえにうっかりさんなのだろう。干した端から濡れているのに気づかずに、全部干し終わって 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:朝の闇 制限時間:15分 読者:28 人 文字数:954字
それは大体、部屋の隅にわだかまっていることが多い。ホコリが溜まるのと同じところで、ぱっと見には区別がつかない。気が向いて掃除機をかけたとき、何度往復させても取 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:とんでもない挫折 制限時間:15分 読者:31 人 文字数:783字
足を折った。 校舎の外側にある非常階段だ。よっぽど嬉しいことでもあったらしく、クラスメイトはスキップしながら上の階から降りてきた。足を踏み外しそうだと思ってい 〈続きを読む〉