お題:最弱の妄想 必須要素:パーカー 制限時間:1時間 読者:49 人 文字数:3277字 評価:1人

赤いパーカーの僕
 パーカーを着れば強くなれると思っているのは、昔見たアニメや仮面ライダーの影響かもしれない。
 クローゼットを開くと、色とりどりのそれがずらりと並んでいる。僕はそこから、赤いものを選んで袖を通す。もう三年ぐらい着ているそれは、気持ちいいくらいに体に馴染んでいた。
 ジッパーを閉めて、フードを被る。鏡の前に立てば、怪しさ抜群の男が映る。
 闘魂ブースト。
 つぶやいて、僕は街に出ることにした。
 コンバースの紐を赤色に変えたのは、冒険し過ぎたな。そんなことを思いながら歩いていると、キュッとパーカーの方の紐が閉まってくるのを感じた。
 そうか、近いか。
 僕は紐を緩めてフードの位置を整えると、辺りを見回した。
 あの路地かな。
 風もないのに、パーカーの紐はそちらへ揺れていた。いや、ほとんど引っ張られているかのようだ。
 右のポケットに手を突っ込んで、路地の方へ体を向ける。
 三個か。補充してから出ればよかった。よく着ているということは、よく使っているということだ。
(――基本だろ、そんなだから弱いんだよ)
 うるさいよ。
 頭に響いた声には、頭の中で言い返すしかない。でなけりゃ、一層怪しい人間だ。
 三個しかないそれを握りしめながら、僕は路地へと足を進める。
 どうか、易い相手でありますように。


 ハルシネイト。それが僕が戦っているモノの名前だ。
 簡単に言えば、誰かの妄想のきれっぱし。それが、実態を得てしまったのがハルシネイトだ。
 昔から、僕にはそれが見えた。
 小学生の時、同じクラスだった女子の肩にいたハルシネイトはインコの姿をしていた。
 異様に頭が大きくて、目玉がぎょろぎょろしていて、汚い声で鳴くインコだった。
 その子が何か言うたびに、インコはガラガラした声で「クソ野郎」とか「死んじゃえ」と鳴いた。
 それは、その子の本音だったのだろう。その子が妄想で相手に投げかけていた暴言が、ハルシネイトと化したのがそのインコだったのだ。
 お陰で、彼女はとても嫌われていた。見た目には大人しく、真面目な女の子であるはずなのに、「何となくムカつくんだよな」という共通理解をみんなにもたれてしまっていた。
 ハルシネイトが見えたのは僕だけだけど、そうでない人たちもハルシネイトの影響を受けるのだ。
 インコの吐いた暴言は、直接は聞こえなくても相手に伝わっていた。一種の「サトラレ」のような状態だ。悟られる内容は、言葉にはなっていない感情だけれども。
 僕は彼女が可哀想になって、インコと対決することにした。
 インコは僕に見られていることに気付いていて、僕が攻撃の意思を示すと即座に反応してきた。
 幸いにも、悪口特化だったお陰で幼い僕にも何とか勝てた。インコは汚らしい色合いの血だまりのようなものになって爆ぜた。
 これで彼女は好かれるようになるだろう、と思ったのだが、そう簡単ではなかった。
 インコを亡くした彼女は、自分の口で暴言を吐くようになってしまったのだ。
 真面目でおとなしい少女は、肩に乗せていたインコと同じくらいに醜悪な存在になってしまった。
 性格の豹変に周りは驚いた。教師どころか親も驚いた様子で、結局転校して行った。風の噂では精神病院に入院したとか何とか。
 自分のせいだ、と僕は悔やんだ。二週間ぐらい悔やんだ。
 で、立ち直ってからまた別のハルシネイトを倒した。
 こっちは学校にいたヤツで、天井を這い回る悪魔みたいな姿だった。
 誰のどういう妄想が元かは知らないが、こいつを倒したことですぐに消えていた廊下の蛍光灯が元の寿命を取り戻した。廊下自体も何だか明るくなったようだった。
 その次は、五年生の時の担任の後ろにいたトラみたいなやつで、これを倒したら厳しかった担任が一気に腑抜けて学級崩壊が起きてしまった。
 人にくっついてるやつは倒しちゃダメなんだ、と学んだ僕は、極力野良っぽいヤツを倒すように心がけることにした。
 そう、極力だ。ムカつくヤツについてるハルシネイトは、それ以降も倒している。お陰で何人精神崩壊したっけな?
 ……まあ、それはともかくだ。
 僕はハルシネイトハンターとして、傍若無人のダークヒーローになったというわけである。
 ちなみに、ハルシネイトという名称は中学に入ってから知った。同じ中学にいたミコト先輩が見える人で、「あれはハルシネイトっていうらしい。『ムー』に載ってた」と教えてくれた。
 「ムー」が何かは今もよくわかってないが、ともかくハルシネイトを「倒す」なんて発想をしているのは全国でも僕くらいらしく、ミコト先輩は最初は褒めてくれたけど段々僕から距離を置くようになって、今はLINEもTwitterもブロックされている。

 さて、楽しい回想もここまでだ。
 僕はビルの室外機の上に座っている緑色の鬼みたいなのを見つける。
「やあ、ハルシネイト。悪いけど、死んじゃってくれないかな?」
 鬼は室外機から降りた。身長170センチの僕と同じくらいに見える。鬼としては小鬼だろうな。そこまでたくさん鬼を見たわけではないけれど。
『我を消しに来たというのか?』
「我、なんて笑っちゃうね。誰かの妄想のきれっぱしのくせに」
『愚弄するな……』
 鬼は右腕を振り上げて殴りかかってきた。僕はポケットの中からパチンコ玉を取り出し、瞬時に放った。
 指弾、というヤツだ。少林寺拳法の技らしいけど、僕は生憎と武術は詳しくない。正式な修行もしたことないし、だからまあ外れた。
「痛ッ!」
 鬼のパンチを胸に食らって、僕は膝をついた。
 次弾を、と取り出したが放つ間もなく二撃目が後頭部を襲う。パチンコ玉はこぼれて転がって行ってしまう。球体だけによく転がるのだ。
「あ、ちょ……」
 追いかけようとして、右のポケットから最後の玉がこぼれたのに感覚で気付いた。
 鬼は僕の背中を何度も踏みつけてきた。
『どうした?』
 鬼は僕を見下して何か言ってる。
『死ね、と強い言葉を使いながらその体たらくか?』
 妄想のくせに説教かよ、と僕は呆れた。
『冥土の土産に教えてやろう、放った言葉よりも人は強い力を出すことはできない』
 うわぁ、と思っていると鬼は僕の襟首を右手でひっつかんで無理やりに起こした。
『終わりだ……!』
 鬼の緑の左手が、ドリルのように回転する。躊躇なく、それは僕のパーカーを貫いた。
 赤いパーカーの背中に、緑色の花のように鬼の手がのぞいたことだろう。
 真っ赤なものをまき散らしながら、僕は――。


「あーあ、そいつ三年も着てて気に入ってたんだぜ?」
 緑の鬼は僕の声が後ろからしたことに驚き、振り返った。
『何故だ……? 今、お前は死んだはず……?』
「妄想だよ、そんなのは」
 鬼は自分の右手を見た。そこには赤いパーカーしか握られていない。いや、そのパーカーもほどけて消え始めている。
『ッッ!!』
 糸がほどけて空気に溶けて行くように消えるパーカーを、鬼は忌むべきもののように投げ捨てた。
 そりゃビビるよな、だってさ……。
「ハルシネイトが消える時って、そんな風になるんだよね。紐がほどけるみたいに」
『貴様は、一体……?』
 動揺し倒している鬼に僕は無造作に近づいて、その身体に触れる。
『あ、が、え、あ……?』
 仮面ライダーの話を少しした。
 あのライダーは英霊の魂を宿した眼球をベルトにセットするとパーカーが出せる。それを着ると、その英霊の力を得るのだった。……文章化するとマジで意味分かんないな。
 ともかく、僕は誰かの妄想のきれっぱし、つまりはハルシネイトからパーカーを作ることができる。そして、それを着ても特に力は得られないが……。
「パーカーにしてしまえば、倒せるってことなんだよな」
 糸のように解けた鬼は、緑色のパーカーに変わっていた。
 僕は真新しいそれに袖を通す。
 うーん、馴染まないなあ。明らかに、中二病野郎の妄想だったろうしな。
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