お題:知らぬ間の真実 必須要素:ボールペン 制限時間:1時間 読者:38 人 文字数:1956字

ノックも案外高くつくから ※未完
 不安になるとボールペンをノックし続ける癖がある。例えば、会社で激しく叱責された日の夜。つまり今。
 特段心が平穏になるということもない。ではなぜ動悸が激しくなるとボールペンに手が伸びるのかと問われると、正直私自身よくわからない。無理くり理由をつけるなら、「何かしている気になれるから」だろうか。
 ときには休日をまるまるボールペンのノックだけで終わらせることもある。「もったいないことをした」と思ったら負けな気がするので、「最近のボールペンは驚くべき耐久性を持っているものだなぁ」などと考えることにしている。
 こんな調子であるから、恋人は学生の頃振られてからできていない。そういえば、あの子は今頃どうしているだろう。私にはもったいない美人で、この妙な癖も「かわいい」と受け入れてくれたあの子。私がべそをかきながらカチカチやっていると、寄り添って頭を撫でてくれたあの子。あまりにもできすぎている気がして、私が何度も疑いの言葉を投げつけたせいで、とうとう私から離れて行ってしまったあの子。

 カチカチを止め、時計を見る。午後九時。まだ電車は走っている。ふとそんなことを考えた。それから、自分がしようとしていることの馬鹿馬鹿しさに虫唾が走った。そんなだから会社で孤立するのだ、と呆れかえった。しかし同時に、明日私がデスクの前にいなくとも、連中は意に介さないであろうことに気づいた。

 10分後には駅のホームに立っていた。学生の頃住んでいた町まで、3時間というところだろうか。戻ったからといって何があるというのだ。わからない。全く、私はつくづく阿呆だ。
 ホームでは仕事帰りであろう仏頂面の男と、学生らしき男女、それに腰の曲がった老婆が電車を待っている。その光景が私をひどく狼狽させた。いわゆる人生というやつの虚しさが、唐突に迫り来た。
 どうやら私はそれに抗おうと、逆行しようとしているらしいと、その時気づいた。

 電車を二本乗り継いだ。車内ではずっとボールペンをノックして過ごした。ノック音は小さく、しかし確実に車内に響き、通路の向かいの親子連れのいやそうな顔が視界の端に映る。
 少し前、例えば昨年の私であれば、客の視線を気にしてこんなことはしなかっただろう。しかし今は。
 それは恥ずべきことであるという気がしたが、不思議と誇らしかった。

「そんなに不安なら、行かなきゃいいだろう」

 昔住んでいた街で降車し、どうしたものか考えながら駅を出ると、青年が突然声をかけてきた。いや、青年だろうか。明るい色の豊富な髪からは若い印象を受けたが、表情はやけに落ち着いている。

「あんた、あの公園に行こうとしてるだろ」

 どきりとする。公園。あの子とよく深夜に出かけた公園。「街灯のつつましさが好きだから」とあの子が気に入っていた公園。それはこの夜行の終着点にふさわしく思えた。

「君は、あれか。夜になると出る化け物の類か」

 私の阿呆な質問には答えず、青年は言った。

「あの子はいないぜ。分かってるだろう」
「もちろんだ。端から期待していない」
「ついでに、あの子、もう結婚してるぜ。秋には子供も産まれるってよ」

 そうだろうな。私はぼんやりとそう思った。それはそうだろう、そうあるべきだ、と。にも拘らず、急に胸が苦しくなって、私は泣きたいような、もっと言えば消えてしまいたいような衝動に駆られた。



「あんたがボールペンカチカチしてる間に、ずいぶん時間が経っちまったな」

 結局、私は例の公園まで来ていた。得体のしれない青年と一緒に。二人でブランコを揺らしながら、道中のコンビニで買ったコーヒーをちびちびやっていた。そういえば、酒を飲みだしたのは働き出してからだった、ということを思い出した。

「あんたぐらい年をとれば、色々と現実ってやつが見えてるもんじゃないの?」
「見えているさ。私と彼女では、たとえ一緒になってもまともな生活は送れない。もう少し真人間になる努力をしていればと今更後悔しても、私がこいつに費やした時間は取り返しようがない。見えているさ」

 言ってから、そうか、私はいつの間にかそういうことを知っていて、つまり大人になっていたのだな、と気づいた。
 いつも、心のどこかで信じていた。いつかは私一人のためになんやかんやと世界が変わり、私とあの子が一緒になる日が来るものだと。そしてそういう妄想は、どうやら書類の束やら会社のビルの高さやらに潰されてしまったらしい。

「それ、貸してくれよ」

 青年の手にボールペンを渡す。彼はそれを思い切り車道に放り投げた。深夜だというのに都合よくトラックが通り、ボールペンはどこかへ弾き飛ばされた。
















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