お題:彼女が愛した冤罪 必須要素:ペットボトル 制限時間:1時間 読者:49 人 文字数:3896字 評価:0人

禍福糾纆
ヒヒ、と笑う男がいた。
異形の相だ。
おおよそ人としての均衡を欠いている。

左の腕は異常に短く、対して右の腕は異常に長く、こちらは短い剣を握っている。
枯れ枝のように細いと見えて、振る動作に遅延はない。
びょぉ、と腕で風を斬る音が、異形が強さへと結びついていることを知らせる。

「……」

それに対する男は、ただ目を丸くしてその姿を認めた。
むしろ、それは油断しかない、隙だらけの形だった。
姿形が整った、戦士として鍛え上げられた様相であることは見て取れる。
しかしながら、ペットボトルに口をつけ、今まさに嚥下している姿というのは戦うもののそれではない。

どこだ、ここは――

最初に思ったことは、疑問だった。
周囲は、男がつい先ほどまでいたコンビニエンスストアの前ではなく、どことも知れぬ荒野だ。
寒々しく吹く風と、遠くで立ち昇る細い黒煙。
強い土の匂いと、なによりも目の前の異形からの刺すような、あるいは舌なめずりするような『飢餓』がなければ、幻を見せられていると信じただろう。

「ヒッ――」

異形が、踏み込んだ。
狂った姿形に似合わぬ、正統を思わせる堂の入った一歩だった。
蹴り足鋭く、砂煙を舞わせて音高く歩を進めて――左の手を突き出した。

短い、役に立たぬと見えた左の腕が、その踏込みの威力を伝えるかのように、伸びた。
見れば長々と伸びていた右腕が急速に縮まり、逆に左の腕が食らいつく蛇のように男へと向かい掌が迫る、その手の中ほどからは、骨と思しき鋭い切っ先がその姿を覗かせる。

標的となる男の、ものを呑むという喉元の隙をさらけ出した姿、そこへと向けて瞬時の蛇行は迫り――

「……」

何も貫かなかった。

ただ風音だけが砲弾の速度で通り過ぎ、限界点にて止まった。

異形は、首を傾げる。
なにかが、おかしいぞ。

避けられた。
が、距離はまだある。
ならば次撃を繰り出せばいい、今度は右の腕を伸ばし、攻めたてる。
これだけの距離があるのだ、ただ一方的に嬲り殺すことが叶う、いままで幾人も屠ってきた必勝形だ。

だというのに、なぜ、己は敵の姿を見失っているのか。

ふ、と呼吸の音が聞こえた。背後からだった。
それに怖気が走るよりも先に、更なる異常が襲った。
傾げた首が止まらない、どこまでもどこまでも、首が傾いでしまう。ついには、くるり、と視界が一回転までした。

なんだ、と思うよりも先に、末期の映像が、ようやく脳裏を過ぎった。

敵は、こちらの必殺を避けながら、手に持った何物かで逸らした――否、それで即席の武器を作り出したのだ。
透明な容器と思しきそれは、あきらかに強度の足りぬ、弱々しいものでしかなかったが、斜めに切り裂かれたそれは、わずかに凶器としての要件を備える。

異形が伸ばした腕よりも更に早い踏み込み、どのような研鑽の果ての速度なのかもわからぬそれに全神経が死を認識し――男が斬った。

本来ならば武器としてありえぬそれが、ただの斜めに裂かれただけのペットボトルが、異形の首を三分の二ほども切断したのだ。

馬鹿な――

傾げつづける視界の中で、異形が末期に思ったことがそれだった。



ごろん、と重いものが転がるのを背後にしながら、男は、ふ、と息を吐いた。
一息をつくためではなく、安堵のためでもなかった。

――また、やってしまった。

後悔のためだった。

――また、殺してはもらえなかった。

そう、男は、強かった。
その強さゆえか、それともなければそうした星の巡り遭わせか、男はよく事故に巻き込まれた。

生まれたばかりの頃は大したことはなかったが、その成長に合わせるように被害が増した。

最初は不運だと同情していたものも、その不運に巻き込まれて死亡する人間の数が三ケタを超えたとなると距離を置いた。
そう、男自身になんの咎がないとしても、そこで生まれた被害は本物であり、その矛先は常に男を目指していた。

そして、幸か不幸か、男にはたいていの不運をなんとかしてしまえるだけの身体能力と、不運を浴びせられ続ける間に鍛え上げられた技術があった。

生き残り、生存し、被害から逃れ、生き延びた――

そうする内に男は、ぽっかりと、ごく自然なことのように憧れるようになった。
誰かに殺されることを。

このような不幸を撒き散らし続ける者など、とっととくたばってしまえばいい。
だが、同時に無為に死を選ぶことは、これまで被害の巻き添えとなった者たちへの侮辱ともなる。
生き残ったその証となるものを、せめて残しておきたい。

そう考えたとき、己を殺すものが、まさにそれになるのではないかと気づいた。

己が死した後も、より強いものが生き残るのだ。それも、己という不運の悉く滅ぼして。
より強く、より幸運なものが、この世に残る――

――とても良いことだ。

男はそう信じてしまった。

そのような点から言えば、見知らぬ異なる場所、異なる世界に来たことは、非常に珍しいことに男にとって幸運な出来事だと言えた。
故郷に被害をもたらすことはなく、己を越える強者と出会える可能性もまた高い。

――ここならば、きっと……

血の付いたペットボトルを放り投げながら、男は歓喜の涙を流した。
背後で首を落とされたばかりの男が、この世界の中でも有数の強者であることを知らないままに。




数年が経ち、男は絶望していた。
なぜ誰も己を殺してはくれないのか、どうして強者と呼ばれるものが徐々に逃げ出すようになったのか。

名前を名乗るだけで経典を読み上げ、それが効かないとなると泣き叫ぶのはなぜなのか。
魔法とやらの発動をわざわざ待ったというのに、肌も焦がさぬ威力とは何事か。
剛剣とは小指で持った細枝と拮抗するようなものを指さないはずだ。

――なぜだ、なぜなのだ……

元の世界よりも多くの強敵と逢う内に、より鍛え上げられたことに気づかぬまま、男はふらふらと彷徨い歩いた。その行く先は常に無人となる。
この世界であっても男と関わり合いになろうとするものはいなかった。

夜盗から奪ったばかりの剣を戯れに振り回しながら、男は歓喜からは程遠い涙を流した。
視界は歪み、喉からは嗚咽が漏れた。

従って、その切っ先に人がいたと気づいた時には、あまりに遅かった。
男の技量を以てしても、その全力で引き留めたとしても間に合わぬ距離まで、刃と相手との距離が接近していた。

わずかな後悔、しかし、それはすぐさま驚愕に塗り替えられることになった。

琴、という金属の音。
紛れもない、剣が撃ち返された手ごたえ。
いつぶりかも知らないそれが、起きていた。
たしかに、間違いなく、刃がその喉元にたどり着こうとするその直前まで、相手は何の動きもしていなかったはずだというのに。

――俺が何も出来ぬほどの距離と速度、それを上回るほどの力量を、この相手は、示した――

見れば、それはまだほんの童のようだった。
不満そうな顔で右手を振り上げた格好をしていた、その手に握ったものは、竹串だった。
どうやら食い途中であったらしく、まだ鶏肉が刺さっている。

「弟子になってはくれないか」

男は思わず頼み込んだ。
手足が短い、まだ、このままでは男を越えるとは断言できない。ならば、確実に越えられるようにすれば、それは、どれほどのものとなることか――

夢見がちに目を輝かせる男に、童は不満そうに「いやだ」と一蹴した。
弟子となるまで男は連日その童の元へと押しかけた。
これほどの熱意と情熱を持ったことは、いままで男の経験の中に無かった。



さらに数年が過ぎ、男は困惑することになった。
それも、心の底からの、己の不運など消し飛ぶほどの困惑だ。

ただの童と見えたものはやんごとない生まれの、貴種であったらしい。
弟子にする際の困難には、それも含まれていた。
だがそれは、どうでもいい。
問題は、童の性別が女であったことだった。

男だの女だの、強さの内に関係などない、あれほどの才を示したのだ。きっと、この者であれば己を越えて行ける――

その希望を伝えた途端、弟子は更なる研鑽と才能をしめした。
やがては男を越えるほどとなり、この世の誰もが叶わないほどの強者となり、そして、男を狙い始めた。

殺すためではなかった。

「師匠」

元弟子であり、今となっては完全に超えた女が言う。

「足で構いませんよね?」

男は答えず、完全武装のまま全身から冷や汗を流し言う。

「俺は、お前に俺を越えて欲しいと願って、鍛えた」
「ええ」
「己という不運を撃ち滅ぼしてくれるものを、欲した」
「冤罪でしょう?」
「いいや、たとえ罪はなくとも、己を契機に起きたことは、事実だ。ならば、その一端を俺が担っている」
「知りません、聞きません、許しません」

女はあでやかに微笑み。

「やはり、足ですね。師匠はすばしっこいから、そんなものがあったらどこかに逃げてしまうもの」
「逃げるわけがないだろう、おまえがここにいるのに」

女は、きょとんとしたかと思うと――

「ふふ、うふふ」

剣を構えた。

「やっぱり、逃がしませんから、絶対」

何を間違えたのだ、己は――!

男の目でも黙視できぬ速度を前に、男もまた剣を構えながら絶叫する。

最大最高の困惑のただ中にありながら、それでもやはりこの世界へと飛ばされたことは、己にとって幸運ではなかったのだと、ただそれだけは確信できていた。

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