お題:臆病な靴 制限時間:15分 読者:126 人 文字数:951字

靴と殺し屋
その靴は、誰にも買ってもらえなかった。
臆病で、ちょっとしたことがあるとすぐ逃げ出すからだ。

「この前犬に吠えられただけで勝手に逆方向へ走り出して遅刻しちまった。こんな靴もういらねえ!」

一度買ってくれた主には、すぐ中古屋へ売り飛ばされた。

きっと自分はこのまま誰にも買ってもらえず店頭でほこりをかぶっているのだろう。
そう思ってた矢先、その靴を欲しいと言う人間があらわれた。

新しい主は、なんと殺し屋だった。

「君の噂を聞いてね。商売のために、ぜひともほしくなったんだ」

そう主に語られて、靴は不思議に思った。
殺し屋とは相当の度胸を必要とする商売のはずなのに、なぜ臆病な自分が必要なのだろう。

ある日、主が仲間とチームを組んでターゲットを狙いに出向いた。
警備も薄く、至極楽な仕事のはずだった。

しかし靴は言い知れぬ恐怖を覚えて、一歩も進めなくなった。

「どうした、今日は簡単な仕事だぞ。それでも怖いのか」

主にそう問われても、やはり前進できない。

「ふむ…」

主はやや考えると、仲間に告げた。

「俺は今日は降りるよ」
「なんだ、腹でも壊したのか」
「新しい靴が怖がってね、先に進んでくれないんだ」
「けっ、こんなおいしい仕事を降りるのかよ。てめえも焼きが回ったもんだぜ」

仲間たちに笑われながら去ってゆく主に、靴は申し訳なさを覚えた。

ところが翌日、ターゲットを殺しにいった仲間たちは全員返り討ちにあい命を落としたという報が届いた。
簡単な依頼というのはブラフで、そこにはライバルチーム達が罠を仕掛けて待ち構えていたらしかった。

「お前のおかげで命拾いしたよ」

主は靴に語りかける。

「この仕事に一番必要なのは勇気や度胸だと思っている奴がいるが、とんでもない誤解だ。大事なのは臆病だということさ、臆病でなけりゃとても生き残れる世界ではない」

主はグラスに入ったワインを一口舐めた。
上機嫌だった。

「臆病ということはそれだけ危険に敏感だということだ。だからお前がほしかった。これからもよろしく頼むよ。お前は私の大事な相棒だ」

自分に眼がなくてよかった、と靴は思った。
眼があったら感動して涙を流してしまうという、恥ずかしい処を主にみられていただろうから。
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