お題:真実のボーイズ 必須要素:奴の小指 制限時間:1時間 読者:61 人 文字数:2199字 評価:2人

どっちか
 旅の同行者はときどき自分の性別がわからなくなるらしく、月のない晩になると殻にこもって出てこなくなる。一晩、自らを見つめ直して、結論が出ると男か女になって殻を破る。いわば脱皮で、前に着ていた男か女の皮は目覚めの際の栄養源となり、もしゃもしゃと人の皮を食いながら、留守のあいだの出来事なんかを俺に聞いてくる。
「どうして大きな卵を背負ってるのって、宿屋の娘に聞かれたよ」
「なんて答えた」
「でっかいオムレツを作るんだって」
 村じゅうの人を呼んでパーティーにしましょう、とはしゃぐ娘をなんとか思いとどまらせるのは大変だった。「独り占めするの」とがっかりされたし、「大食漢なのね」と感心もされた。朝になって客室で割れた卵の殻を片付けながら、客が旅人の男とでっかい卵だったのが、旅人の男女に変わっているのに不思議そうにして、「二人前だったの」と勝手に納得していた。
 オムレツになるはずだった中身は、生まれたときから女だったように、ドレスを着たし長い髪の手入れをした。新月の訪れるまえ、剣の修行をして髭を伸ばしていた面影はすでにない。殻を破ったばかりは少年のようだった見た目も、そのうちに女らしくなり、道行く男がみんな振り向くような美人に成長した。

「でもやっぱり、男じゃないかと思うんだ」
 話がある、と酒場に呼び出されて行けば、深刻そうな顔で悩みを打ち明けられた。脱皮からもうすぐひと月が経とうとしていた。また迷いの時期がやってきたのだ。
「なんかあったのか」
「村に立ち寄った貴族の男に求婚された」
「よかったじゃないか。退屈な商人の仕入れの旅なんかに同行するより、よっぽどいい暮らしができる」
「迷いがある。決定的に、間違った方向に進んでいるような気がする」
 お前が迷ってなかったときなんてないよ、と長い付き合いの友人に言って、酒の追加を頼んだ。この村の作る酒は、都市で売ればいい金になる。そのために必要な道具やら材料は、都市から村への途中にある職人の町や農村で手に入るから、一年をかけて往復するだけで、安定した収入になる。
 酒が作れなくなるような、大きな気候変動やらが起きない限り、これから先何年も、同じ旅を続けることになるだろう。
「ちょっと殻に閉じこもろうと思うんだ」
 そいつは、神経質そうに自分の小指を噛んだ。まだ皮を脱ぐ準備はできていないから、当然血がにじむ。もし卵になるのを止めようとすれば、そいつは今のままで皮を脱ぎ捨てようとして、血まみれの大惨事になる。起き抜けに、生皮を剥いだ男か女かわからないやつが部屋の隅にうずくまっているのを発見するのは勘弁だ。

「ホルモンバランスがさ……」
「なんだって」
「いや、聞きかじりの知識なんだけどさ」
 夜。宿屋の一室で、そいつがせっせと殻を形成しているのを眺めながら、ふと思いついた話を振った。むかし都市で会った医者が、なにやらそんな話をしていたのを思い出したのだ。
「乱れてるんだと思うんだよ。不安定になるのはそのせいだって。大体、月に一回程度らしいんだけど」
「不安定に見えるか」
「どっちつかずな気はするね」
 未完成の殻の隙間から、裸の女の体が覗いている。とうに見慣れた光景だ。商人が都市と地方を往復するのと同じ、繰り返される儀式のようなもの。
「年齢を重ねると、人からは性別の境界が失われていくそうだ。中間に寄っていくというか」
「今の私のようにか」
「それが正常になるのなら、お前の悩みも、歳をとればなくなるのかもな」
 考えこみながら、女はぺたぺたと殻を形成していく。つなぎ目が薄れ、つるりとなめらかな表面となり、女の顔を隠していく。
 終わりがくるのか、と殻の向こうから声がする。
「最後がきたとしたら、そのとき私はどちらになっているのだろうな……」

 卵になっているあいだに目ざとい宿屋の娘にオムレツにされてはかなわないので、寝ずの番が必要になる。月のない晩、暗闇になれた目に、でっかい卵の存在だけを感じながら、朝を待った。

「商人の旅には、用心棒が必要だろう!」
 少年めいた風貌は体を鍛えるうち、たくましい男に成長し、快活に笑って肩を組んでくる。
「男のひとり旅なんて、味気ないでしょ」
 艶めかしい美女となった女は、色気のある流し目をよこしてベッドのうえで寄り添ってくる。

 次に殻を破ってあらわれるのは、どちらだろうと思う。うとうとしているうちに朝になり、部屋に鎮座したでっかい卵に「またオムレツ?」という宿屋の娘の声で目を覚ます。
「卵料理なら、得意なんだけど」
「君には食べさせないよ、ぜったいに」
「ケチ」
 頬を膨らませた娘が卵を軽くこづいたとき、そこからひび割れが走って、まっぷたつに割れた。少年のように細い腕が、どういうわけか四本出てきて、殻をどけていく。全裸の少年っぽいやつが2人、女の皮をくわえて出てきたのを見て、娘は目を丸くした。
「迷ったから」
「分裂してみた」
 くちぐちに言って、どうだろう、と小首をかしげてみせる。
 繰り返される儀式には変化が必要で、退屈な旅には刺激がないとならない。どちらかを選ばねばならないのなら、どっちもという選択肢を用意する方法もある。
「フライパンで炒めましょうか」
 皮を生でまずそうに食べている彼らに、娘が気を遣って言った。





 
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