お題:真実のボーイズ 必須要素:奴の小指 制限時間:1時間 読者:29 人 文字数:2898字 評価:0人

その糸
朝起きると足の小指から白い糸が伸びていた。昇り始めた太陽に照らされて、それはキラキラと輝いていた。ただの糸くずではなく、釣り糸か絹糸か、とにかく頑丈で艶めくもの、それが足指から伸びていた。

とはいえ、寮の中の二段ベッドの上、僕は毛布からはみ出ている自分の足の状態のことを、しばらくのあいだ上手く認識できなかった。糸、なんで? いや、なんだこれ。

寝起きでぼやける視界、まだ寝かせろと抗議する体を折り曲げ、ゆっくりと手を伸ばし、触れてみる。
まあ、どうせ爪に糸でも引っかかったんだろうな、そう思っての行動だったが外れた。明らかに、見た通りに、僕の足の指先からその糸は伸びていた。触ると、たしかな感触があった。

「ん……」

慎重にひっぱってみると、ぐじ、という感触があった。足の指皮表面が動くのとは別に、僕の体の中の『何か』が動かされたような実感。脚の内部のどことも言えないのに、たしかに接続していて、直接この糸が動かしてしまった悪寒。

「なんだこれ」

例えていうのであれば、足首の中ほどに僕のまったく知らない臓器があって、その一部がひょこんと外に飛び出してしまったとでもいうような、何とも言えないおぞましさがあった。
同時に、あまり強く引っ張り過ぎると致命的になことになってしまうと直観する。

「おはよ」

二段ベッドの下から声がする。反射的に、やばい、と思うが、僕が動き出そうとするよりも前に。

「なにしてんだよ」

髪をぼさぼさにしたルームメイトに見られてしまった。変わらず糸はきらきらと輝き上へと伸びている。

「朝から柔軟する趣味あったか、お前」
「い、いや、別に――」
「朝飯食いに行こうぜ」

確実に、角度として見えているはずだった。なのに、ルームメイトはいつもとまったく変わらなかった。

「……」

おまえ、他の人には見えていない?

疑問の問いかけに、足小指から伸びた糸は答えなかった。




慎重に靴下を履き、そろそろと歩く。
どのような行動をしても、わずかに糸が動いてしまった。一歩を踏み出すたびに上履きと糸が接触する。僕の内部の見えない内臓が、ぞわりぞわりと撫ぜられる。

我慢できないほどじゃない、けど、いつもと違うせいで何もかもが調子が狂う。

「なにしてんだよ」
「足に豆が出来て、つぶれた」
「まじで、保健室でも行けば」
「我慢する」
「なんの我慢だよ」

妙な歩き方をするために、いつもよりも遅い速度でしか歩けない、それにつきあってくれるルームメイトはありがたかった。
真実を話せないことだけが残念だ。
あれから何度か試したが、この糸は確実に他の人には見えていなかった。見えていないものを実在するかのように話す奴は、ただのヤバい奴だ。

いつもよりも時間をかけて、教室に到着した。



授業中、上履きから足を半ば脱がして、靴下をもぞもぞと動かし、その布目の間から白い糸をぴょこんと伸ばすことに成功した。
圧縮された状態から、ようやくのびのびと糸を自由にすることができた。

形としては、上履き、白い糸、靴下、僕の足指、という順番になる。靴下が根元で糸に絡んでいるけど、接触する個所が少ないため、それほど嫌な感覚に陥ることもない。
ようやく樂な状態でいることが可能になった。

一仕事終えたような気分で机に息を吐く。
生活態度を改めろと口煩く言う先生も、勉強中の机の下の足の事情にまで踏み込むことは無い。

とはいえ、どうしよう――

それが問題だった。
授業を受け、ノートに文字を書き写しながらも、大半はそのことに脳味噌の処理を回していた。

これが、今日だけの問題だったらいい。けど、この先も続く問題なら、いったい僕はどうすればいいんだ。
生活が不便になることこの上ない。

「――」

けど、同時に、ふへへ、と笑ってしまうような、妙な気持ちにもなった。
足の先から、他の人には見えることのできない糸が生えている。それは、割と特別なことじゃないか。

ごくごく簡単な超能力が突然使えたような気分。そう、これは「普通ではありえないこと」だ。

――どんなことができるか、確かめなきゃな。

足先から伸びた指は、答えることはなかった。



体育の時間、教室内で着替えをしながら、どうしたものかを考える。
いつものように動くことはできない、だが、見た目として異常があるわけでもない。ズル休みをしようにも色々と難しい。

今日の授業はなんだったっけ、せめてバスケや走る系の競技じゃないといいけど。

割と体を動かすのは好きだったはずなのに、どうしてこう上手くサボるようなことを考えないといけないんだ、特別も大変だなと思って窓外の太陽の眩しさに目を細め――

輝く糸を発見した。

「――」

あまり仲のよくないクラスメイトだった。そいつの手の小指から、白い糸が伸びていた。
僕のと同じようにも、少しだけ太さなどが違っているようにも見えた。

何度、どれほど繰り返し見ても、それは白い糸だった。
他の奴は、それに注意を払うこともなかった。

奴の顔が、訝しげに僕を見た。
何を見ているんだ、という顔は、視線をずらして僕の足に――靴下から伸びている白い糸を認めた途端に、こわばった。

仲間がいた、という感慨は一切なかった。
むしろ、いてはいけない奴がいた、という忌避感と拒絶があった。

奴が白い糸をつかむ。
僅かにでも触れれば、その感触は内部の見えない内臓へとつながる、その感触ですらも、その共感できる感覚ですらも、おぞましい。

ここ学校だぞ、次は体育なんだぞ、オイ――

「なに触ってんだよテメエ!」

気づくと僕は叫んで、椅子を手に振り上げていた。

「お前こそ一人で机の下でなにやってたんだよ!」

奴の顔が赤黒く染まった、奴の瞳に反射した僕の顔色も、同じようになっていた。
悲鳴が上がる周囲を無視して、僕らは互いを否定するために殴り合った。
憎くて憎くて、たまらなかった。




直立不動体勢で滾々と説教されながら、僕は隣の奴を見た。
お互いに視線が合い、お互いに同じような困惑が浮かんでいるのを認めた。

「なあ、なんでいきなり喧嘩したんだ?」

当然の疑問だった。
いきなりクラスメイトを殴るんだ、それ相応の理由があるはずだ。けれど――

「わかりません」

僕らは、お互いにそう言うしかなかった。
憎くて憎くてたまらないという感情、許せないという激情、殴りつけた瞬間の達成感みたいなものはハッキリ覚えているのに、それをした根本の理由はさっぱりだった、本当に何も覚えていない。

ルームメイトからは、朝から僕の様子がちょっと変だったと言われたが、その理由も不明。今朝はなんの違いもない、いつも通りの朝のはずだ。

真実はわからないまま、不明のまま、戸惑うばかりの僕とクラスメイトは説教を受けた。

奴の目に浮かんでいる「わけわかんねえ」という色を認めながら、なんとなく、コイツとは友達になれそうだなと僕は思った。









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