お題:真実のボーイズ 必須要素:奴の小指 制限時間:1時間 読者:25 人 文字数:3257字 評価:0人

小指のない男
 空の色が紫色だ。草の生い茂った五月の河川敷に、奇妙な陰影を落としている。
 僕はそれを横目に見ながら、土手の上の遊歩道を走っていた。
 高校でクラブ活動をしていた時、ここをよくランニングしていた。
 かったるいアップの時間、どこか倦んだような行進をしていると、後ろからマネージャーが自転車で追いかけてくる。
 自転車はゆっくりとしたスピードだが、追い抜かれると筋トレを増やされるので僕たちは必死になる。ファイトー、とマネージャーが爽やかな声をかけてくる。
 あの時と、今は違う。僕はジャージ姿で、ユニフォームを着ていない。
 そして、たった一人だ。たった一人で、こんなところをどうして走っているのだろう。
 疑問を抱くことなく、足は進む。ハッハッハ、とリズミカルな呼吸は止まらない。草生したにおいをいっぱいに吸い込みながら、僕は走るのだ。
 すると、「カッパの看板」に差し掛かる。
 「カッパの看板」は、本当は「川で遊ばないように」ということを伝えるための注意書きだ。
 「かわにはいらない」とひらがなで書かれた下に、男の子がカッパに引き込まれそうになっているイラストが描かれている。それが目のつり上がった凶悪な顔のカッパで、妙に印象に残る。そのせいで、みんな「カッパの看板」と呼んでいた。
 こんなカッパがいなくとも、河川敷に降りる子どもはいない。河川敷には、ホームレスが昔住んでいた小屋があって、そこにたくさんのものが捨てられていて、ちょっと近寄りがたい。そのホームレスの幽霊が出る、なんて言われていた。
 そんな看板の辺りを過ぎると、向こうから誰かがやってくるのが見える。
 黒ずくめの男で、五月だというのにばっちりコートを着込んでいる。頭にはソフト帽をかぶり、口元にはマフラーと完全防備だ。
 遠くからでも、その目がぎらついているのがわかるので、僕は引き返したくなる。
 でも、そうはいかない。僕はどんどん足を進める。
 キコキコキコ、と後ろから聞こえる自転車の音に追い立てられるように。
 いつの間にか、マネージャーが追いかけてきているのだ。しつけられた犬が、ベルが鳴ったら肉が出ると思ってよだれを垂らすように、僕は自転車が後ろからくると走らずにはおられない。
 足は一層速く動き、僕と黒ずくめの男との距離を詰める。
 その距離が5メートルもなくなった時、男は右手をコートの下に回し、腰のあたりから銀色に光るものを取り出した。
 僕は息をのむ。
 黒い柄の、くの字に曲がった巨大な刃物だ。90センチぐらい刃渡りのあるそれを握る男の手に、僕の目は釘付けになる。
 柄を握る男の指は、三本しか見えない。人差し指と中指と薬指、男は小指がなかった。
 近付いちゃいけない。心はそう思っても、身体は言うことを聞かない。水中を動くように不自由なくせに、着実に男との距離はなくなっていく。
 男が巨大なナイフを振り上げる。僕は悲鳴を上げる。


 そしてそこで、目が覚めるのだ。

 ◆ ◇ ◆

 現実の僕は、もう高校を卒業している。
 地元のカフェで働きながら、専門学校に通う日々だ。
 この生活も早1か月が過ぎた。それは、この夢とも同じだけの付き合いということになる。
 カレンダーを見ると、もうすぐ五月だ。
 あの夢では、僕は何故だかわからないけれど五月だと確信している。
 絶対に近付かないでいよう、そう思っている。

「いらっしゃいませ」
 注文を取りに行って、僕はぎくりとなる。
 目の前の席に座っているお客さんは、もう春だというのに黒ずくめのコートにソフト帽をかぶっていた。
 まるっきり、あの夢に出てくるナイフの男と同じだ。
 いやまさか。そう思いながら僕は震える声で注文を取る。
「コーヒー、ホットで。砂糖はいらない」
「か、かしこまりました……」
 注文を復唱した時、男の右手の指がちらりと見えた。
 四本しかなかった。小指が、なかった。

 奥に下がって、僕は店長に尋ねる。
「7番卓のお客さんって、常連さんですか?」
 人のいい顔を向けて、七三分けの中年のおじさんは「え?」という顔をした。
「いや、知らないなあ。この暖かいのにコート着ちゃってまあ……」
 変なお客だね、と笑う店長に僕も愛想笑いで返した。
 給仕をしながら、僕は男の様子に気を配っていた。
 予定を早めて、この店で抜刀する気かもしれない。そう思うと恐ろしかったが、あの夢と違ってこの店には店長や他の店員、お客さんもいる。一人じゃないなら何とかなる、と言い聞かせることができた。
 それなりに注目していたはずなのに、男はいつの間にか姿を消していた。
「7番卓かたして」
 そう指示されてお盆を持っていくと、コーヒーにはまったく手を付けていなかった。
 ソーサーに手を触れて、僕はゾッとする。
 ホットだったはずのコーヒーは、冷蔵庫に一晩入れたような冷たさになっていたから。

 ◆ ◇ ◆

 五月がやってきた。
 相変わらず、同じ夢を見る。
 河川敷を走り、小指のない男と出会い、ナイフを振り上げられ……。
 夢を覚えている朝は、いつも叫んで飛び起きる。
 鼻の奥に残っている草のにおいが、日に日に濃くなってきているような気がした。

「ねえ、一つ頼まれてくれない?」
 ゴールデンウィークが明けた週のこと、店長は帰り際の僕に言った。
「××高校の近くにある、石本って家にこの豆を届けてほしいんだ」
 その石本という家は知っていた。店長の古くからの友人らしい、と先輩から聞いている。そして、××高校は僕の母校なので、あの辺りには土地勘がある。
 ただ、この店から高校の方に行くには、あの土手の上の道を通らなければいけない。
「ボーナスは弾むよ? あそこの高校の出身だからわかるだろ?」
 店長は調子の悪いコーヒーメーカーを診ないといけない、と言った。少し考えてから、僕はコーヒー豆の袋を受け取った。

 河川敷を、僕は袋を抱えて歩いた。
 空は紫色なんかではなく、とっぷりと暮れている。 
 だからきっと大丈夫。暗闇に、逆に僕は勇気をもらおうと努めた。
 やがて、「カッパの看板」が見えてくる。白い看板の近くには街灯が灯っていて、あの凶悪な顔のカッパがぼんやりと浮かんでいる。
 くるのか? 前方には誰もいない。
 けれど、後ろ。後ろに気配を感じた。
 キコキコキコ、と自転車をこぐ音だ。
 夢と同じじゃないか。僕は振り返る。暗闇の中、無灯火の自転車がこちらにくる。
 乗っているのは、店長……?
「やあ、予定より早く済んでね」
 街灯の下、七三分けの男はそう言った。
「コーヒー豆はもういいから、ちょっと付き合ってくれないか」
 店長は自転車から降りてスタンドを立てた。
「少しでいいんだよ、少しで。そこの下、ほら、降りられるだろ? あそこに僕の秘密基地があるんだよ。子供染みてるかな? いや、そうでもないんだよ。ちょっとお話ししよう。ほら、さあ、来なさい。少し話すだけだから……」
 店長の言葉、顔つき、手がすべて恐ろしく思えて、僕はそれを振り払おうとする。店長は手を払われて、「何をするんだね?」と急に笑顔を消した。
「何も恐れなくてもいいだろう? 僕と君の仲じゃないか。そうだろう? ほら、来なさい。男同士なんだから、何も遠慮することはないんだ……」
 僕の手首を掴もうとした店長の手、それを避けた時、僕は横から突き飛ばされた。
 仰向けに倒れる僕の目に映ったのは、あの黒いコートとソフト帽の男、そして大きなナイフを握った四本指の手だった。
 店長の悲鳴が聞こえる。店長が手を押さえて転げまわっている。
 倒れた僕の頭の横に、小さな何かが転がってきた。
 店長の小指だった。
「命拾いしたな」
 黒ずくめの男はそれだけ言って、夜の闇に溶けるように消えた。
 朦朧とする意識の中で、僕はパトカーのさいれんのおとをきい
作者にコメント

対戦作品一覧


ユーザーアイコン
作者:にい お題:真実のボーイズ 必須要素:奴の小指 制限時間:1時間 読者:36 人 文字数:2199字 評価:2人
旅の同行者はときどき自分の性別がわからなくなるらしく、月のない晩になると殻にこもって出てこなくなる。一晩、自らを見つめ直して、結論が出ると男か女になって殻を破 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:真実のボーイズ 必須要素:奴の小指 制限時間:1時間 読者:28 人 文字数:2978字 評価:0人
「どういうときに、頑張ったなーって思いますか?」カウンセラーっていうワインセラーみたいな、あるいはセーラームーンみたいなエントリーネームの奴が、持ってるバインダ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:渋澤怜 お題:真実のボーイズ 必須要素:奴の小指 制限時間:1時間 読者:30 人 文字数:395字 評価:0人
まだ一緒に勉強していたころ、約束したのだ。一緒になれる日まで、互いを裏切らないと。法や、家族や、その他の制約がなくなったら、必ず結ばれるのだと。指きりげんまん、 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ichiduki お題:真実のボーイズ 必須要素:奴の小指 制限時間:1時間 読者:28 人 文字数:1962字 評価:0人
ここ最近、カズマの様子がおかしい。俺に対してよそよそしくなった気がする。暇を見つけては毎日のように俺のアパートにやって来ていたのに、ぱったりと来なくなった。大 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:真実のボーイズ 必須要素:奴の小指 制限時間:1時間 読者:28 人 文字数:2898字 評価:0人
朝起きると足の小指から白い糸が伸びていた。昇り始めた太陽に照らされて、それはキラキラと輝いていた。ただの糸くずではなく、釣り糸か絹糸か、とにかく頑丈で艶めくもの 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:真実のボーイズ 必須要素:奴の小指 制限時間:1時間 読者:25 人 文字数:3257字 評価:0人
空の色が紫色だ。草の生い茂った五月の河川敷に、奇妙な陰影を落としている。 僕はそれを横目に見ながら、土手の上の遊歩道を走っていた。 高校でクラブ活動をしていた 〈続きを読む〉

雨宮ヤスミの即興 小説


ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:裏切りの狸 制限時間:15分 読者:19 人 文字数:1076字
「『昔話オールスターバトル・アルティメットウォーズ』という童話を書いたのだけれど、聞いてくれるかしら?」「タイトルが最早童話じゃないわね……」 大鷺高校文芸部室 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:走る青春 制限時間:15分 読者:16 人 文字数:1113字
「青春時代は走ることに費やしてきたからなあ」 太田はいつもそんなことばかり言っている。高校時代は陸上部で、その時のことを指しているのだろう。だが、前にサークルの 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:たった一つの光 制限時間:15分 読者:18 人 文字数:1077字
腰から下の感覚がない。 右胸が焼けるように痛む。 まぶたが意思に反してどんどん落ちてくる。 霞んでいく視界に入ってくる映像は、自分の体に起きている異常の原因を 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:幼い出会い 必須要素:サスペンス 制限時間:1時間 読者:20 人 文字数:3550字 評価:0人
こんな状況、小説やマンガの中でしかないものだと思っていた。 僕は窓の向こうを見やる。雪が激しく踊っている。猛烈な勢いで、転から地上に引っ張られているかのように 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:やば、地獄 制限時間:15分 読者:14 人 文字数:1197字
ユイのことを時間にルーズな人間だとは思っていたが、まさか1時間も遅刻してくるなんて。 と言っても、彼女に告白した時点である程度振り回されることは覚悟していたの 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:人妻の地下室 制限時間:15分 読者:16 人 文字数:1184字
「ようこそ、封印回廊へ……」 大都会の地下に、その場所は広がっていた。 3メートルほどの幅しかない通路を挟んで、どこまでも続くかのような石造りの壁が立ち、そこに 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:ねじれたにわか雨 制限時間:15分 読者:22 人 文字数:1424字
市内全域は雨らしい。 スマホのウェザーアプリを見ても、そう書いてある。このアプリは気象台のデータの他、その地域に住んでいる人間の口コミも見られるのだが、それで 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:気高い夏 制限時間:15分 読者:24 人 文字数:1035字
近年の夏は下品だ。 無遠慮に35℃以上の猛暑日を連日繰り返す。ゲリラ豪雨と称される短期間に記録的な大雨を降らせる様などは、熱帯を髣髴とさせる。「やはりこれは、 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:熱い悲劇 制限時間:15分 読者:21 人 文字数:1125字
我が家のお茶はとびきりに熱い。 母親が「お茶を入れる時は絶対に沸騰に近い温度の熱湯でなくてはいけない」と信じ込んでいるせいだ。どんないい茶葉であっても、彼女は 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:秋のボーイ 制限時間:15分 読者:29 人 文字数:1207字
秋っぽい人、というのは褒め言葉になるのだろうか。 今年度もそろそろ終わろうかという時期に回ってきたアンケートを見て、わたしは首をひねる。 クラスで文集を作る、 〈続きを読む〉