お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:50 人 文字数:2267字 評価:1人

異色の目
 ぐい、と一度大きく背伸びをして、机に向き直る。
 ストーブの熱が碌に届かない教室の後方で、僕はセンター試験の最難関科目と名高き数学に挑んでいた。
 机の上に広げられた問題用紙には、一見別の国の言語かと見間違うほどに難解な問題文と共に、数字と記号がふしぎなおどりをしていた。耐性のないものがこれを見れば、たちまちMPが減少してしまうだろう。いや、理系という世間的に数学に強い者が属するカテゴリーにいる者であっても、それらは難解極まる問題であろう。なんなら、周りから響くシャープペンシルがカリカリと走る音に混ざって、他の受験生達の悲鳴が聞こえてきそうなぐらいである。きっと、出来ることなら視界内に一秒たりとも入れたくないほどに忌々しく思っている者が殆どなのだろう。
 だが僕は違った。僕には目の前の難関を乗り越えられる必勝法が一つだけあるのだ。
 誓って言わせてもらうが、それはカンニングなんかではない。非正規な手段ではあるが不正ではない。
 そんな、どこの誰にも届かない弁明を脳内で呟きながら、僕はまるで遠くの景色を見る時と同じように、右目に力を込めた。
 
 途端、目の前の問題用紙に花が咲いた――と錯覚してしまうほどに、紙上が彩られた。
 
 赤に青に緑に黄色――虹の如く様々な色が織りなす、花畑じみた絶景は、言葉では言い表せられないほどに美しい。
 これまで目に映っていた世界がモノクロだったのではと思わされてしまいそうなくらいに彩度が上昇した光景に、思わず見とれてしまいそうになる。
 が、そんな時間はない。僕はシャーペンを握りしめ、今となっては一秒だって視界に入れたくないはずなんかないどころか、寿命が許す限り見続けていたほどに美しいそれを直視した。
 一見、何の法則性も無いように彩られているように見えるが、これには実はある種の法則が存在する。

(『問1』は……4が一番赤いな)

 『着色された視界においては、赤が一番正しい可能性が高い』――その法則に則り、僕は解答用紙の4を黒く塗りつぶした。
 物事の正しさや確からしさが色で分かる。
 それが、僕が持つ必勝法だった――これは不正にならないよね?



 共感覚。
 シナスタジア。
 僕の視界に起きた異常、あるいは僕の世界の見方は、それに近いらしい。
 らしい、とは言うけれども、別に医者や大学教授がそう定義したわけではない。
 そもそも僕はこの異常をそんな立場の人たちに相談したことは無い。友人や、親にだって――僕だけが知る、僕の秘密である。バレたらどうなるか分からないしね。少なくとも、先程受けた数学の試験が失格にされるのは確実だろう。
 だから、『どうやらこれは共感覚っぽいぞ』という考察は、適当に医学書やらオカルト雑誌やらを何冊か読んだうえでの自己流の判断であるんだけども、まぁ間違ってはいないんだろうな、という確信はあった。
 何故なら――それは、僕が自分の目の異常に気づいてそう経っていない、三週間前のことである。
 僕は屈みの前に立ち、目に力を込めながら一言言った。
「僕が抱える異常現象は、共感覚みたいなものだ」
 すると鏡に映る僕の姿に着けられた色は、緑色が強くなる。
 緑色が意味するのは『だいたい正解』――検証はそれだけで十分だった。回想終わり。
 はぁ、と白い息を吐きながら、僕は試験会場から最寄りの駅までの道を歩いていた。
 周りを歩く生徒たちの顔はどれも浮かないものだ。目に力を込めなくとも、青く染まっているように見えるくらいである。先ほどあんなイカサマをしてしまった僕としては罪悪感を感じずにはいられない。
 けどなぁ。
 せっかく手に入れた(目に入れた?)力なんだし、どうせなら使わないと勿体ない。『物事の正しさや確からしさが色で分かる』なんていう力は、あまりに応用力が高いし、こんなものを遠慮なく使っていけば、僕の人生はイージーモード。目で見るまでもなくバラ色だろう――我ながらクズだなぁ。
 そんなことを考えていたからだろうか。僕は『それ』の接近に気づかなかった。未来を見ていて、今を見ていなかったのだ。
「よう、あぶみくん」
 気が付いた時にはもう遅い。
 僕のすぐそばまで近づき、フレンドリーに肩を組んで、きさくな声で僕の名前を呼んだのは、こんな冬の寒い日だというのに、半そでのスカジャンを着た男だった。
 十人中十人が見てぎょっとするであろう、その出で立ち――そんな男が急に馴れ馴れしく絡んできたのだ。だれだって困惑する。僕だってそうなる。
 なので、僕は思わず『誰だこいつ? 知り合いに居たか?』と思ってしまい、その顔をよく見ようとしてしまう――目に力が入る。
 彼の色が、見えてしまう。
 その時だった、僕が本当にぎょっとしたのは。
 その男が身に纏う色――着色されたというよりも、内からにじみ出ているかのようなその色は、ひまわり畑のような黄色だった。
 黄色――黄色だって? 
 それは法則に従って考えれば、『不正解』や『確からしさが低い』ものに付く色である。マーク式テストで言えば、絶対に選ぶべきではない項目につく色だ。
 そんな色を、目の前に確かにいる人間が身に着けているのはどう考えてもおかしい。
 驚いている姿に、僕の考えを推察したのだろう、男はニヤリと笑って、こう続けた、
「俺の名は田倉タダヒロ。ファントムスレイヤーだ。『確かなもの』を――『不確かなもの』を色付きで見れる目を持つ君の力を借りたい」
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