お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:39 人 文字数:3292字 評価:3人

ひとり、のこされて
ぱんぱんに腫らした頰とくちびる。
時おり襲いくる鈍い痛みに顔をしかめながら、私、葵シズミはバニラシェイクに口を付けた。

「しみる。めっちゃ痛い」
「無理してそんなの飲むからだよ」

呆れたように、私の目の前で松前ササグは肩をすくめて笑う。
ファストフード店でアルバイトをしている彼女から、余り物をこうして貰うのが私の数少ない楽しみの一つだった。
夜の公園、ブランコに二人並んだ腰を下ろして。
冷たい夜風が体を震わすけれど、この時間は心地良い。

「いま全部食べちゃわなくても持って帰ればいいのに」
「家に持って帰ればいい、って?」
「あ……うん、そっか。ごめん、シズミ」

私の腫れた頰に視線を一瞬だけ移し、ササグはバツが悪そうに謝意を伝える。
そんなに気にする必要はないのだけれど。

「いいよいいよ、そんな気にしなくて。悪いのは全部あの親父だからさ」
「それはまったくもって同感だけど。よりによって顔いくかよって。シズミの可愛い顔が台無しじゃんか」
「これじゃ嫁の貰い手がないよー。ササグ、貰ってくれる?」
「仕方ないなー。シズミで妥協してあげよっか」
「ぷははっ。何様だよー」

けらけらと二人で笑い合う。
公園の外で自転車に乗ったおじさんが怪訝そうにこちらに視線を向けていることに気づき、私はぺこりと頭を下げた。

「はー。ほんと死なないかな、あのクソ親父」
「でもお父さん死んじゃったらシズミ、一人じゃない? お母さんももう居ないんでしょ」
「居ないけどさ。一生あの親父に食い物にされるよりは全然マシ。アタシのバイト代はアイツの酒代のためにあるんじゃねっつの」
「うわ、まだバイト代搾取されてるの……」
「ひっどい話でしょ」

勢いよくブランコをこぎ、地面にざりざりと足をこすりつけながら手頃な石を蹴りつける。
小石は思った方向にぴゅんと飛んでいき、なんとなく楽しい心持ちになる。

「ころしちゃおっかな」

楽しい心持ちになった拍子に、そんな言葉が考え無しに飛び出した。
ふと横を向くと、ササグがぽかんとした表情でこちらを見つめていて、「あっこれは失言だったかな」と慌てて取り繕う。

「いや、冗談。冗談だけどね」
「どうやって?」
「へ?」

間の抜けた返答をしてしまう。
ササグはといえば、真っ直ぐな目でこちらを見つめていて。

「やるなら、どうやってやる? 方法は?」
「おっとー、ササグさんマジで?」
「いや、仮定だよ仮定。もしやるならどうやろうね、って思考実験。未成年の女二人で、どうやってやっちゃうのよって思考実験」
「…なるほど、思考実験ね」

そんな流れで、毎週土曜の夜の日課が少し変わった。
今までは「バイト先の余り物を二人で処理しながら駄弁る会」だったのが、「余り物処理しながら殺人計画を練る会」に。
とはいえお互い未成年だし、足はつきたくないよねってことでバレないこと優先で。

「こういうのは? 混ぜちゃいけない洗剤ってあるじゃない、あれをラベル入れ替えて台所に置いておくとか」
「ゼロ点。あのクソ親父が自発的に洗い物なんかすると思う?」

こんなレベル。世俗のミステリ愛好家がお腹を抱えて笑いだすような、トリックなんて言うのも烏滸がましいようなクソトリック。
「ひょんなことから死なないかな」って他人任せな文句を殺人の文脈にのせて言い換えているだけだった。
といっても、それが十分に私にとってはストレス解消になってたのだけれど。
二人だけの犯行計画。二人だけの夢の話。
仮定だらけの話をしている間は、他の人がどう思おうにしろ、とっても楽しい時間で。

けれど、まぁ、こんな話をしてたのがそもそも良くなかったんだろうな。
私にとってはストレス解消手段のつもりでも、ササグにとってはそうでもなかったようなのだから。

☆ ☆ ☆

「蓋然性が足りないんだよね」

ササグのその言葉に、私は「は?」と生返事を返した。

「は?って何さ、人が真面目に考えてるのに」
「いだだっ! 脚、脚を叩かないの! こら!」

包帯でぐるぐる巻きにされた脚をぺちぺちと叩かれ、鈍い痛みが走る。
こいつ、ほんと、お前なぁ。

「人の痛みを知れる人間になりなさいって言われたことないの!」
「言われたことくらいあるし、だから今こうして真面目に考えてるんじゃない」
「ガイゼンセーのこと?」

こくりとササグが頷く。

「真面目にやろうとするならさ。蓋然性……確実にやれるって確証が無いんだよ。足がつかないことを重視しすぎてて」
「いや、でもそりゃそうでしょ。あんなクソ親父のために人生棒に振るとかあり得ないしさ」
「でも私、シズミのためなら棒に振っても良いと思ってるんだけどな」

その声色が、あまりに平坦で。
思わずササグの方に向き直ると、彼女は悪戯っぽくにっと笑った。

「なんてね。びっくりした?」
「びっくりしたというか、ぞわっとしたわ。え、何? ササグそういう趣味?」
「だったらどうする?」
「どうもしないけどさ」

私の返答に、ササグは満足そうに頷いて立ち上がった。

「もう行くの?」
「うん、そろそろバイトだしね」
「そっか。店、遊びに行きたいんだけど……この脚じゃな」
「ま、退院待ってるよ。またあの公園で」

じゃね、とササグは手をひらひらと振り、病室を後にした。

退院まで一週間。
その間に親父が集団自殺に巻き込まれてくたばり、死因が妙だと捜査された結果、くたばり損ねた青年がササグの名をゲロる。
私とササグはあの公園で二度と出会うことはなかった。

☆ ☆ ☆

「ウチのバイト先、病んでる子けっこう居てさ。シズミの境遇話したら喜んで協力してくれたんだよね」

透明なアクリル板の向こう側で、ササグは微笑んで開口一番に告げた。

「それがササグの考えたガイゼンセーの話?」
「うん。やっぱりね、偶然に任せてちゃダメなんだよ。殺すなら殺す、きちんと行動に移さなきゃ」
「そっか」
「そうだよ。それでシズミ、どう? 生活は好転した?」
「保護施設っていうの? そこに引き取られた感じ。少なくとも夜な夜な暴力振るってくる親父は居ないよ」
「そっかそっか、それは良いことだ。うん」

うんうんとササグが頷いてみせる。けれど、ちらと私の顔を見てから困ったように苦笑いした。

「ササグ。私はね」
「うん」
「本気で親父には死んでほしかったけど……ササグに手を汚してほしくはなかったんだよ」
「でも誰かが手を汚さなきゃ」
「うん、誰かがやらなきゃ一生そのままだったと思う。だけど……だけどね、ササグ」

息を大きく吸い込んでから、続けた。

「私、貴女と一緒にガイゼンセーの無い話をしてた……仮定だらけの夢の話をしてた、あの時間がいちばん大切だった。あの時間がいちばん好きだったんだよ」
「……そっか。ごめん」

ごめん、とササグはもう一度呟いた。
「時間です」と堅そうな顔つきの管理官が無感情に呟き、立ち上がる。

「それでも私は後悔してないよ、シズミ。シズミを置いて蓋然性の境界を飛び越えちゃったのかもしれないけれど……うん、それは謝るよ」

最後の「ごめんね」が残され、ササグは扉の向こうへ消えていった。

☆ ☆ ☆

そんなことがあっても、毎週土曜の夜はいつもこの公園に来てしまう。
さすがに身体にくらべて小さくなりすぎたブランコに無理やり身体を押し込め、ファストフード店のシェイクをずずと吸い込む。
あの頃とは随分街並みが変わったけども、区画整理に置いていかれたこの公園はそのままだ。
目を閉じれば、夜風も街の匂いもそのままで。

「それじゃ、責任とって私がシズミをもらってあげよっか」

そんなセリフだったっけ。記憶の中に残ったササグの声を手繰り寄せ、一人笑う。
ざりざりと脚を地面に擦り付け、蹴り飛ばした小石は大きく弧を描いて飛んで行く。
境界を越えて夜空に消えていったそれを目で追いかけ、夜灯の星々の眩しさに私は目を細めた。
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