お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:41 人 文字数:2137字 評価:2人

異星の手
 惑星ドース・ノルに降り立つと奇妙な音響が、地平線の向こうから風のようにやってきた。同業者の探検家たちにこの星について聞くと、決まって含み笑いをして、
「着陸するなら乾いた丘の上がいい」
 といった。
 軌道上からのスキャンでわかったのは極めて乾燥した星だったということだ。200年前に書かれたガイドブックによると生命の存在する惑星だそうで、それなら大抵は液体が存在する。生命という活動を特徴とする一個の集合体を誕生させ持続させるには、何らかの液体による循環機構が欠かせないからだ。
 僕が降りたのはこの星に数箇所点在する、水分が感知された場所だった。薄緑色に覆われた星でここだけが半透明かつ乳白色をしている。勧められた着陸場所とは真逆の地形だけれど、宇宙探検家というのは大抵そういうものだ。膨大な退屈を宇宙船の中で堪え、あらゆる危険を冒しても異星を体験したいと考える人間は僕を含めて何処か狂っている。
 そして、この星について尋ねた誰もが最後に、
「恋人は連れて行くな、絶対にだ」
 と真剣な調子で忠告するのだった。僕は一人旅でその点に関しては不安はなかったが、意図はわからなかった。経験則からいういああいう真剣な忠告がされるということは、狂った探検家好みの狂気が潜む星だ。
 今のところ異常はない。歩みを進めると再び異音が鳴った。空気は澄んでいて地平線の丘が織りなす起伏のリズムがその息づかいまで見て取れる。若葉の色だけを濾し集めた濃緑色が高い山の頂上を覆って涼しげに香り、地球の山林を朝霧の中歩いた幼い日のことを思い出した。
 音は鳴り続けていて、それは一定の短いサイクルで響いた。鼓動のように正確な周期を保つこともあれば、突然鳴り止むこともあった。立ち止まって耳をすませるとしばらくして止み、歩きはじめるとからかうように鳴り始めた。それで何かの生物が僕に向かって鳴いているのだと考えた。
 問題は、スキャンの結果によると生物どころか岩も川も砂漠もない、奇妙な緑色の荒野が延々と続くだけの惑星だということだ。生物がいるとして、探す当ては地表には存在しなかった。
 ならば、相手は地下にいる。先端がスキャナーになっているピッケルの先端を地面に当てた。それを持ち上げ振りかぶって地中に突き刺すつもりでいたから、準備動作として地面に降ろしたときに生物反応を示すビープ音が鳴って声をあげた。
「まさか」
 頭がそれを理解しても受け入れるまで時間がかかった。心臓が止まったのではないかというほど驚いて、同時に僕の何処かが、これこそ冒険の醍醐味だと喜んでいた。
 センサーは乳白色の地面が生物であることを示していた。それも神経が密集した敏感で代謝の激しい部位であるらしかった。軌道上からの調査では継ぎ目ひとつなかった。この惑星は単一の巨大生命が表面を覆われているのだろう。
 であるならば、僕は初対面の相手の口や肛門に降り立ったことになる。そりゃあ無礼もいいところだ、知性ある生命のすることではない。
 シャトルに戻るあいだに音についても目星がついた。あれは惑星生命の声だろう。ただ、発声器官があまりに遠くにあるので僕が踏んづけてから声を出し、それがこちらに届くまでに10秒ほど時間がかかる。
 ではもうひとつの警告、恋人は連れて行くなというのはどういう意味なのだろうか。
 シャトルの入り口前に何かの影があった。僕はひとりで来たし、シャトルに人型のマシンやホスピタリティを提供するアンドロイドも積んでいない。レーダーに他のシャトルや宇宙船の反応もなかった。
 近づくとそれは四肢と頭部を持っていたが、人類ではなかった。艶めいた乳白色の身体、地面から一続きの足。この惑星の粘膜が僕か過去の探検者を模倣しているのだろう。
 万が一のことがあればそれを吹き飛ばしてシャトルに飛び込めるよう銃のセーフティを解除してゆっくりと近づく。眼球は見当たらないが頭部は何らかの感覚器官を有しているらしく、こちらをじっと追っている。ピッケルの履歴はこの星の皮膚が人間のそれによく似ていることを示していた。神経は触感や温度を感知し、音も振動として認識する。
 そいつの脇をすり抜けてシャトルに入ろうとしたところで、ゆっくりと手を伸ばしてきた。抵抗するにはまだ早い。闖入者としての引け目もあって、僕はなされるままに任せた。
 “彼”は宇宙服のグローブに触れ全体を撫で回してから、明確に構造を理解した動作でロックを解除して脱がせた。しっとりとしたそれが僕の手に触れる。指先はまるで最初から彼と一体であったかのように馴染んだ。湿り気がこちらに浸透してふやけるのにあわせて彼の感覚がなだれ込む。
 ふたつの神経系の境界が、氷山が崩れるように崩壊した。彼の両手は、手という機構が不在で感覚のみが絡まっていることを確かめるため、僕の指の形を執拗に触って検めた。形状を完全に理解するということは、それを知覚する必要がなく自明である状態になることだ。僕もすっかり彼にほだされていた。境界を見失うことに満たされいてた。
 つまり忠告の意味はこうだ。その惑星は惚れっぽいから恋人を連れて行くと癇癪を起こすぞ、気をつけな。
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