お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:57 人 文字数:3684字 評価:1人

約束の繰り返し。
 あの日交わした約束を、何年経っても忘れない。そんな歌の歌詞はいくつ聞いたことがあるだろうか。実際、そんな綺麗なことなんて有りはしない。幼児期に交わした「将来結婚しよう」なんて言葉は、一番最初の若気の至り以外の何者でもなく、ある時それを思い出したら、顔を真赤にするような話になる。
 それでも、忘れられないこともある。その約束が、未だ片手の指で数えられてしまう程の昔であるからというのもあるが、この約束を忘れてしまったら、ボクの人生は必然的なものばかりになってしまう。そんな気がする。

「自転車は…… やっぱり失敗、かな」
 高校生という人種は、なぜか、自転車にこだわりを持っていることが多い。いや、もしかしたら全ての人間が、と言ってもいいのかも知れない。だから例え待ち合わせ場所が坂の上にある公園だとしても、自転車に乗っていってしまう。別に歩いて行ったとしてもさほど時間のかかる場所ではないというのに。
 坂に入り立ち漕ぎで少しだけ頑張ってみたものの、三回ほど脚を踏ん張った所で諦めた。中学生の頃も、みんなこの坂を登ろうとする度に、後悔する。そうして諦めて押しながら歩いている横を、電動自動車に乗っているおばさんに抜かされる。お金の力、大人と子どもの差をそこで初めて知る。
 今日はそんなことはない。なぜなら今は夜も夜。高校生ですら、一人で歩いていたら補導されかれない時間だ。まあ自転車に乗っていれば「これから急いで帰るところなんです」と言えばなにも疑われることはない。おまわりさんだって誠実に答えていれば、そこまで厄介事にはならないだろう。

 坂道を自転車と一緒に登り続けて、頂上へ着く。そこからまた、ボクはサドルにまたがり、自転車がもっとも喜ぶであろう使い方をする。春が終わり、日中は汗が止まらなくなるほどの季節であるが、夜はまだ涼しい。ああ、自転車に乗るというのはこういうことなのだろう。
 ただ、乗っている時間はあっという間だった。坂道を越えて一分もない距離に、その公園はあるのだから。
 公園名が書かれている亀の置物。その隣で降りる。自転車をまるでその亀の物だと思わせるように置く。これは中学生の頃から変わらない。それがこの公園でアイツと会う時のボクの習慣。

 静か。ただ静かだった。東京には緑がない。と、よく言われているが、ボクはこの公園でずっと育ってきたから、その緑がないというのはイマイチ理解が出来ない。小さな古墳のような山があり、そこには桜やらなんやらたくさんの木々が生い茂っている。幼児であるなら、そこに登っていくだけで、小さな大冒険だった。それでいて右側には芝生が多い場所もある。今は伸ばしていて入れないが、秋ごろになればゴロゴロ転がって楽しむことが出来た。だからボクは、緑がないということは実感できない。
 ブランコの方へ向かい、そのままそのブランコに腰を掛ける。これもまた、アイツと会う時のお約束。自転車とは違う形で、漕ぐ。静かな夜に、金具が擦れるような音が響き渡る。それはまるでお化けを呼ぶような声。だけども、ボクも、アイツも、幽霊なんて信じられない。他の友達はそういう話が好きだったり、または見たことがあるとも言っていたが、ボクとアイツは、心霊現象という必然ではなく、かといって全く有り得ないというものでもないものには縁がない。ただ誰かしら経験をしているのだから、蓋然的なモノなのかもしれない。それが本当に心霊現象かは知らないが。
 蓋然的。そう、蓋然的。ある意味として、ボクとアイツが夜に会うことも、また、蓋然的なのかもしれない。会う必然性は無い。だけども、会いたい。約束を破りたくない。一種の意地、なのかもしれない。それが続いているから、今日もこうしてブランコでアイツを待つ。

「今日も自転車?」
 なんてことを考えていると、アイツ、彼は現れる。いつものように幽霊のように隣のブランコへ座っている。いつも目を凝らしながら彼が来るのを待っているんだけど、やっぱりいつの間にかいる。
「幽霊、みたいだね」
 だから言ってやる。質問には答えてもしょうがない。自転車で来たいのだから、自転車を使っている。それだけで十分じゃないか。
「幽霊だったら、お前の家にお邪魔できるんだけどなあ」
「エッチだね」
「かもな」
 ゆらゆらと静かにブランコは揺れる。それは人間が乗っていたら必然的に起きてしまうことなのだろう。風に押されたのとはまた違う揺れ方。

「送るよ」
「早いね」
「まあ、夜だからなあ。例え俺が幽霊だとしても、やっぱりお前が嫌なことになるのは嫌だ」
「ボクだって出来る限りは辛い思いをしたくないね。悲劇の登場人物にはなりたくないよ」

 ブランコを降りる。降りるタイミングはいつも同じ。二人一緒。ブランコの距離は決して遠くない。だけども、ボクと彼との距離ではない。二人の距離は、もっと近い。
 二人になったら時、座る場所はいつも決まっている。亀の置物が無い方の入り口にある、一番電灯に照らされているベンチ。少し眩しいかも知れない。だけども、それが妙な気分にさせてくれる。二人で座っている所を誰かに見られることは、不思議と一度もなかった。

 並んで座っても、まだまだベンチは広い。四人は座れるベンチ。そんなベンチを、高校生のボクたちが独占する。マナー違反。かもしれない。だけども、夜の時間は誰だった不良になりたいものだ。

「どうよ、最近」
 そうして彼はいつものように、そんな不良とはかけ離れた、どこかジジ臭い言葉をボクにかけてくる。返すボクの言葉も、またババ臭い感じになる。
「普通だよ」
「普通、ねえ」
「そう、普通」
「普通なあ」
「普通普通」
「そうか、普通かあ」
「普通、普通だね」
 自然と、ボクと彼は笑いだしていた。月夜と街灯もまた、笑っているのかも知れない。こんな光景を見てしまったあるデタラメな人はこう言っていた「なんだかわからんがとにかくすごいな」と。確かに、こうして話していると、ボクたちは無敵になったような気がする。

「こうして俺といても、普通か?」
「そうだね~、普通だね。普通すぎだね」
「俺は普通じゃないと思うんだがなあ」
「そうかな? ボクはこれが普通でいいと思うんだ。二年前も、一年前も、半年前も、一月前も、一週間前も。ずっとずっと繰り返していたら、それが普通」
「普通、に続く言葉はないのか?」
「聞きたい?」
「……いや、うーん」
 クククと、ボクは頬赤くしてしまった彼を見て、先ほどまでとは違う笑い方をしていた。さっきはなにかおかしいから笑った。今は彼が愛おしいから笑った。

「普通に、大好きだよ」
 ボクは彼との顔の距離を、ゼロにする。触れ合うことが今更恥ずかしがるような年頃ではない。でも、彼はそれでも逐一顔を真赤にしたり、恥ずかしがったり、あるいは、急にモラルを気にしだしたり。そこが、彼の素晴らしい所だと思う。
 必然的ではない彼。だけども蓋然的な彼。だからこそ、ボクは告白されてからずっと、二人で夜の公園で会うという儀式を続けられているのかも知れない。

 また、ボクたちの距離が、一緒に昼ご飯を食べる時の距離になる。いつも通りの不意打ちを喰らったあとの彼の距離は、やはり長い付き合いがあるとは思えないほど、新鮮な顔である。
 そんな顔をまじまじと見つめる。ボクが大好きな彼。毎週星空の元でキスをしようと言ってきた彼。そんなおとぎ話のようなことを、今もずっと守ってくれている彼。

「普通って、やっぱりいいことだよ?」
 ボクの普通、日常という言葉には、常に幸せという文字がついている。彼にもまた、ついている。

 ブルブルと、ポケットに無造作に突っ込んでいた携帯電話が震えだす。家族からの連絡だろうか。いや、そういう無粋なことはしないのは一番わかっている。
 ディスプレイを見てみると、出てくる文字列は『井島紳慈』の文字。
 はあ、と少しだけため息をして、電話に出ることにする。どうせパクパクモードに入ってしまった彼、斉藤力十はなかなか復活しない。そろそろ慣れて欲しい。

「はい、なんですかいきなり」
『あ、ごめん、取組中だった?』
「そうですねえ。まあ、リキトが再起動中ですからいいですけど」
『あ、ごめん』
「謝らないでいいですよ。別にボクたちだってそろそろ帰るところですから。で、用はなんですか」
『いや、まあ、うーん。最近アキがなんか悩んでいるみたいでさあ。なんか誰かに相談したいなあって』
「はあ」
『まあ、北野さんに相談するのも変な話なんだが…… なんか知っている』
「知らないですねえ。というか先輩。先輩は悩まずとも、さっさと行動するべきなんですよ。ボクたちみたいに。さっさと先輩に直接聞く」
『はい、わかりました』

 すぐ切れた。一体何だったのか。
 まあいい、彼が目が覚めるまで、少し、ボクも静かな夜を楽しむとしよう。帰るのは、それからでいい。
作者にコメント

対戦作品一覧


ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:84 人 文字数:3630字 評価:4人
それは、一面の夏色の絨毯だった。 敷き詰めるように咲いたヒマワリが、こちらを照らしている。背の高いその黄色い花びらの隙間からのぞく空は青く、また白く大きな入道 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨七 お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:60 人 文字数:3292字 評価:3人
ぱんぱんに腫らした頰とくちびる。時おり襲いくる鈍い痛みに顔をしかめながら、私、葵シズミはバニラシェイクに口を付けた。「しみる。めっちゃ痛い」「無理してそんなの飲 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:isa お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:94 人 文字数:2920字 評価:2人
有刺鉄線の此岸と彼岸。西側の武器を持った兵士と東側の武器を持った兵士は疲れ切った表情で顔を合わせ、何か語るでもなく直立不動の姿勢を貫いている。ベルリンの壁のよ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:多々良釦 お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:73 人 文字数:2137字 評価:2人
惑星ドース・ノルに降り立つと奇妙な音響が、地平線の向こうから風のようにやってきた。同業者の探検家たちにこの星について聞くと、決まって含み笑いをして、「着陸する 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:太刀川るい お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:50 人 文字数:2289字 評価:2人
凍りついた汽車がきしむブレーキの音を立ててとまり、細かい氷の破片がパラパラとホームに落ちた。何百キロもの距離を走ってきた車体のあちこちから、白い煙がゆらゆらと立 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:37 人 文字数:2827字 評価:1人
私は人殺しではない。殺し屋でもない。そういう野蛮なものではない。そんな風に思われると心外である。人を殺したりするのはよくないことだ。殺したり殺されたり、きっと身 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:息子 お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:50 人 文字数:2267字 評価:1人
ぐい、と一度大きく背伸びをして、机に向き直る。 ストーブの熱が碌に届かない教室の後方で、僕はセンター試験の最難関科目と名高き数学に挑んでいた。 机の上に広げら 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:53 人 文字数:3095字 評価:1人
踏み出した足の感触に、ふと我に返る。俺は、いったい今、何をしているのか――疑問に思うよりも先に更に歩を進めた、自動化された動作、わずかな斜面を足裏に感じ取る。ま 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:55 人 文字数:2401字 評価:1人
扉が開くのは三度に一度の確率と言っていい。何十回となく通ってきたから、大体そのくらいの割合であるとわかる。確実ではなく、偶然性に頼るところのある事柄があると、 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ダツ お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:57 人 文字数:3684字 評価:1人
あの日交わした約束を、何年経っても忘れない。そんな歌の歌詞はいくつ聞いたことがあるだろうか。実際、そんな綺麗なことなんて有りはしない。幼児期に交わした「将来結 〈続きを読む〉

ダツの即興 小説


ユーザーアイコン
作者:ダツ お題:間違った幻覚 制限時間:15分 読者:10 人 文字数:1005字
寝ていたはず。寝ていたとは思いたい。だからこれは、夢である。夢じゃなきゃ困る。いや本当に、夢だよなこれは。うん。 これが例えば、ふと横を見たらクラスメイトのそ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ダツ お題:肌寒い祖母 制限時間:15分 読者:7 人 文字数:912字
あれだけ暖かかったおばあちゃんが、冷たくなっている。 棺に納められている姿は、ただ寝ているだけと勘違いしそうになる。しかし、あたしはおばあちゃんの寝ている所な 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ダツ お題:高貴な王 制限時間:15分 読者:14 人 文字数:1002字
偉いから王なのか。王だから偉いのか。どちらにせよ王は素晴らしき存在であることには間違いない。理由は色々とあるだろうが、極端な話で言えば、強いからだろう。 なに 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ダツ お題:理想的な作家デビュー 制限時間:15分 読者:15 人 文字数:1490字
どうしてこうも変なお題を引いてしまうのだろうか。いや、お題はランダムなのだからしょうがないと言えばしょうがないのだけれども、しかし今の気分では非常に相応しくな 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ダツ お題:ゆるふわ愛され小説修行 制限時間:15分 読者:13 人 文字数:945字
日付というものが意味をなさなくなってから、子、孫、ひ孫、玄孫と年月日が流れていった。この事態を引き起こした大人連中は自分の代で世界が終わると思っていただろうに 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ダツ お題:たった一つの血痕 制限時間:15分 読者:15 人 文字数:766字
血が滲むような苦難を乗り越えたとしても、彼はおそらく、血を流したことすらを誰にも悟らせずに、淡々と結果だけを語るだろう。それが彼の凄味であることには間違いない 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ダツ お題:未来のお茶 制限時間:15分 読者:10 人 文字数:961字
お茶を啜る音が聞こえてくる。しかし『ズズズ』ではない『スッスス』である。この『スッスス』という啜り方は、非常に品がある。いや、『ズズズ』という啜り方も決してお 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ダツ お題:自分の中の宗教 制限時間:15分 読者:11 人 文字数:1093字
神様仏様と願った所で、なにもない。願ったら、駄目なのである。お天道様は残念ながら重要な時には役に立たない。そういうものなのである。 まあ、そんな超常現象に頼ら 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ダツ お題:愛と欲望の信仰 制限時間:15分 読者:15 人 文字数:478字
睡眠食事性交。睡眠食事性交。睡眠食事性交。 家畜。家畜。家畜。家畜。家畜。家畜。家畜。家畜。家畜。家畜? 家畜? 家畜? 家畜? 家畜? 家畜? 家畜? 家畜 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ダツ お題:オチは痛み 制限時間:15分 読者:12 人 文字数:868字
越智は痛みを我慢する。何故ならば彼は虐げている者だから。虐げる者である彼が、虐げられる者からの逆襲においそれと刺激されてはならない。だから彼は痛みを我慢しなけ 〈続きを読む〉