お題:蓋然性のある境界 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:31 人 文字数:3684字 評価:1人

約束の繰り返し。
 あの日交わした約束を、何年経っても忘れない。そんな歌の歌詞はいくつ聞いたことがあるだろうか。実際、そんな綺麗なことなんて有りはしない。幼児期に交わした「将来結婚しよう」なんて言葉は、一番最初の若気の至り以外の何者でもなく、ある時それを思い出したら、顔を真赤にするような話になる。
 それでも、忘れられないこともある。その約束が、未だ片手の指で数えられてしまう程の昔であるからというのもあるが、この約束を忘れてしまったら、ボクの人生は必然的なものばかりになってしまう。そんな気がする。

「自転車は…… やっぱり失敗、かな」
 高校生という人種は、なぜか、自転車にこだわりを持っていることが多い。いや、もしかしたら全ての人間が、と言ってもいいのかも知れない。だから例え待ち合わせ場所が坂の上にある公園だとしても、自転車に乗っていってしまう。別に歩いて行ったとしてもさほど時間のかかる場所ではないというのに。
 坂に入り立ち漕ぎで少しだけ頑張ってみたものの、三回ほど脚を踏ん張った所で諦めた。中学生の頃も、みんなこの坂を登ろうとする度に、後悔する。そうして諦めて押しながら歩いている横を、電動自動車に乗っているおばさんに抜かされる。お金の力、大人と子どもの差をそこで初めて知る。
 今日はそんなことはない。なぜなら今は夜も夜。高校生ですら、一人で歩いていたら補導されかれない時間だ。まあ自転車に乗っていれば「これから急いで帰るところなんです」と言えばなにも疑われることはない。おまわりさんだって誠実に答えていれば、そこまで厄介事にはならないだろう。

 坂道を自転車と一緒に登り続けて、頂上へ着く。そこからまた、ボクはサドルにまたがり、自転車がもっとも喜ぶであろう使い方をする。春が終わり、日中は汗が止まらなくなるほどの季節であるが、夜はまだ涼しい。ああ、自転車に乗るというのはこういうことなのだろう。
 ただ、乗っている時間はあっという間だった。坂道を越えて一分もない距離に、その公園はあるのだから。
 公園名が書かれている亀の置物。その隣で降りる。自転車をまるでその亀の物だと思わせるように置く。これは中学生の頃から変わらない。それがこの公園でアイツと会う時のボクの習慣。

 静か。ただ静かだった。東京には緑がない。と、よく言われているが、ボクはこの公園でずっと育ってきたから、その緑がないというのはイマイチ理解が出来ない。小さな古墳のような山があり、そこには桜やらなんやらたくさんの木々が生い茂っている。幼児であるなら、そこに登っていくだけで、小さな大冒険だった。それでいて右側には芝生が多い場所もある。今は伸ばしていて入れないが、秋ごろになればゴロゴロ転がって楽しむことが出来た。だからボクは、緑がないということは実感できない。
 ブランコの方へ向かい、そのままそのブランコに腰を掛ける。これもまた、アイツと会う時のお約束。自転車とは違う形で、漕ぐ。静かな夜に、金具が擦れるような音が響き渡る。それはまるでお化けを呼ぶような声。だけども、ボクも、アイツも、幽霊なんて信じられない。他の友達はそういう話が好きだったり、または見たことがあるとも言っていたが、ボクとアイツは、心霊現象という必然ではなく、かといって全く有り得ないというものでもないものには縁がない。ただ誰かしら経験をしているのだから、蓋然的なモノなのかもしれない。それが本当に心霊現象かは知らないが。
 蓋然的。そう、蓋然的。ある意味として、ボクとアイツが夜に会うことも、また、蓋然的なのかもしれない。会う必然性は無い。だけども、会いたい。約束を破りたくない。一種の意地、なのかもしれない。それが続いているから、今日もこうしてブランコでアイツを待つ。

「今日も自転車?」
 なんてことを考えていると、アイツ、彼は現れる。いつものように幽霊のように隣のブランコへ座っている。いつも目を凝らしながら彼が来るのを待っているんだけど、やっぱりいつの間にかいる。
「幽霊、みたいだね」
 だから言ってやる。質問には答えてもしょうがない。自転車で来たいのだから、自転車を使っている。それだけで十分じゃないか。
「幽霊だったら、お前の家にお邪魔できるんだけどなあ」
「エッチだね」
「かもな」
 ゆらゆらと静かにブランコは揺れる。それは人間が乗っていたら必然的に起きてしまうことなのだろう。風に押されたのとはまた違う揺れ方。

「送るよ」
「早いね」
「まあ、夜だからなあ。例え俺が幽霊だとしても、やっぱりお前が嫌なことになるのは嫌だ」
「ボクだって出来る限りは辛い思いをしたくないね。悲劇の登場人物にはなりたくないよ」

 ブランコを降りる。降りるタイミングはいつも同じ。二人一緒。ブランコの距離は決して遠くない。だけども、ボクと彼との距離ではない。二人の距離は、もっと近い。
 二人になったら時、座る場所はいつも決まっている。亀の置物が無い方の入り口にある、一番電灯に照らされているベンチ。少し眩しいかも知れない。だけども、それが妙な気分にさせてくれる。二人で座っている所を誰かに見られることは、不思議と一度もなかった。

 並んで座っても、まだまだベンチは広い。四人は座れるベンチ。そんなベンチを、高校生のボクたちが独占する。マナー違反。かもしれない。だけども、夜の時間は誰だった不良になりたいものだ。

「どうよ、最近」
 そうして彼はいつものように、そんな不良とはかけ離れた、どこかジジ臭い言葉をボクにかけてくる。返すボクの言葉も、またババ臭い感じになる。
「普通だよ」
「普通、ねえ」
「そう、普通」
「普通なあ」
「普通普通」
「そうか、普通かあ」
「普通、普通だね」
 自然と、ボクと彼は笑いだしていた。月夜と街灯もまた、笑っているのかも知れない。こんな光景を見てしまったあるデタラメな人はこう言っていた「なんだかわからんがとにかくすごいな」と。確かに、こうして話していると、ボクたちは無敵になったような気がする。

「こうして俺といても、普通か?」
「そうだね~、普通だね。普通すぎだね」
「俺は普通じゃないと思うんだがなあ」
「そうかな? ボクはこれが普通でいいと思うんだ。二年前も、一年前も、半年前も、一月前も、一週間前も。ずっとずっと繰り返していたら、それが普通」
「普通、に続く言葉はないのか?」
「聞きたい?」
「……いや、うーん」
 クククと、ボクは頬赤くしてしまった彼を見て、先ほどまでとは違う笑い方をしていた。さっきはなにかおかしいから笑った。今は彼が愛おしいから笑った。

「普通に、大好きだよ」
 ボクは彼との顔の距離を、ゼロにする。触れ合うことが今更恥ずかしがるような年頃ではない。でも、彼はそれでも逐一顔を真赤にしたり、恥ずかしがったり、あるいは、急にモラルを気にしだしたり。そこが、彼の素晴らしい所だと思う。
 必然的ではない彼。だけども蓋然的な彼。だからこそ、ボクは告白されてからずっと、二人で夜の公園で会うという儀式を続けられているのかも知れない。

 また、ボクたちの距離が、一緒に昼ご飯を食べる時の距離になる。いつも通りの不意打ちを喰らったあとの彼の距離は、やはり長い付き合いがあるとは思えないほど、新鮮な顔である。
 そんな顔をまじまじと見つめる。ボクが大好きな彼。毎週星空の元でキスをしようと言ってきた彼。そんなおとぎ話のようなことを、今もずっと守ってくれている彼。

「普通って、やっぱりいいことだよ?」
 ボクの普通、日常という言葉には、常に幸せという文字がついている。彼にもまた、ついている。

 ブルブルと、ポケットに無造作に突っ込んでいた携帯電話が震えだす。家族からの連絡だろうか。いや、そういう無粋なことはしないのは一番わかっている。
 ディスプレイを見てみると、出てくる文字列は『井島紳慈』の文字。
 はあ、と少しだけため息をして、電話に出ることにする。どうせパクパクモードに入ってしまった彼、斉藤力十はなかなか復活しない。そろそろ慣れて欲しい。

「はい、なんですかいきなり」
『あ、ごめん、取組中だった?』
「そうですねえ。まあ、リキトが再起動中ですからいいですけど」
『あ、ごめん』
「謝らないでいいですよ。別にボクたちだってそろそろ帰るところですから。で、用はなんですか」
『いや、まあ、うーん。最近アキがなんか悩んでいるみたいでさあ。なんか誰かに相談したいなあって』
「はあ」
『まあ、北野さんに相談するのも変な話なんだが…… なんか知っている』
「知らないですねえ。というか先輩。先輩は悩まずとも、さっさと行動するべきなんですよ。ボクたちみたいに。さっさと先輩に直接聞く」
『はい、わかりました』

 すぐ切れた。一体何だったのか。
 まあいい、彼が目が覚めるまで、少し、ボクも静かな夜を楽しむとしよう。帰るのは、それからでいい。
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