お題:突然の高給取り 必須要素:ケチャップ 制限時間:1時間 読者:61 人 文字数:1492字

猫に転生した男の話
落ち着いた木目調の家具が揃った宿の一室。暖炉の火の弾ける音だけが時折静寂を破るけれど、それはむしろ心を穏やかにしてくれる。外はしんしんと雪が降り続いていて、転生してからというものめっぽう寒さに弱くなってしまった自分はその景色を見るだけで毛が逆立ちそうだ。

僕は先ほどまで飼い主である少女ルルの膝に座り、毎晩の恒例で頭を撫でられながらもふもふされていたけれど、今日はさすがに疲れていたのだろう、いつの間にかルルは眠ってしまった。彼女は小さな寝息をたてながらベッドの上で毛布にくるまっている。銀色のショートヘアは暖炉の明かりに照らされて緋色に染まっていた。

僕は窓からひと気のない欧風に整備された石畳のストリートを見下ろしながら一年前を回顧する。僕が毎日にうんざりして自殺を図ったのが一年前だ。気づいたら死んでいて、気づいたら猫になっていた。

転生する前、僕は名古屋のサラリーマンだったけれど、その勤め先がいわゆるブラック企業ってやつだった。収入が働く時間に見合っていなくて、心と体が限界だった。正直前世のことはあまり思い出したくないし、あるある話なのでこれ以上はもう特に話す必要もないだろう。問題は猫になった後のことだ。

猫になって目が覚めた時、僕はとある街の裏路地にいた。飲食店から出るゴミが雑然と放置されるような小汚い裏通りで、僕は一刻も早くこの場がどこなのか知りたいと思い、日の当たる場所へ向かう。すると目の前に広がっていたのは明らかに日本ではない、異国情緒溢れる大通りだった。行きかう人たちは皆中世ヨーロッパみたいな服装をしているし、会話内容も聞き取れないし、さらにはほうきに乗って空を飛んでいる人間がいるんだからびっくりだ。要するにここは異世界だった。

僕はしばらくその場で唖然としていたけれど、ずっとこうしているわけにもいかない。誰か食べ物を恵んでくれる人はいないものかとニャーニャー鳴きながら懇願した。けれどそううまくいくはずもなく、興味本位でいじめようとする少年集団には何度も追いかけられたし、鳴き声がうるさいと言って店先に立っていたおばさんにほうきではたかれた。最終的に夜になって、僕を助けてくれたのがルルだった。

ルルは魔法の才能がとんでもなく秀でていて、並みの魔法使いでも使いこなせない「動物と会話する」魔法をものにしていた。今思えば小柄で無口なルルが普通の少女であることはよくわかっているけれど、あの時の僕にとって彼女はとても心強い存在として目に映った。ルルは人と付き合うことに不器用な一方で、他人に対しても動物に対しても優しい少女だった。時間を経るにつれ、僕とルルはお互いに心を開いていった。

かくして僕はルルと共に旅をして、そしてお金を稼ぐようになる。彼女は魔法を使って病気の人を治したり、盗人を捕まえたりしていた。一方の僕は猫の身分でお金を稼ぐことなんてできるはずもないと思っていたけれど、この世界ではちゃんとした道筋を辿れば猫でも魔法が使えるようになるらしい。僕は彼女に何度も特訓されて、「魔法が使える猫」として大通りでパフォーマンスすることでお金を稼ぐようになった。そしていつの間にやら前世の時よりも高給取りになっていたわけだ。僕もルルも共通してケチャップが好きで、「ケチャップコンビ」なんて言われたこともあった。

こうして思い返すと、僕はこの一年、前世とは比べ物にならないくらい楽しい日々を過ごしてきた。そしてそれはすべてルルのおかげだ。確信できる。

気づくとルルは目を開けて僕に向かって手招きしていた。僕は彼女の隣で布団に潜った。
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