お題:緑の彼 制限時間:15分 読者:22 人 文字数:1000字

横断歩道
「ねえ、きみ」
「なんでしょう?」
 タクシーの運転手である私にとって、客から話しかけることは正直に言って苦痛だった。
 特に、今後ろに座っている、高そうなスーツや時計を身に付けた初老の男に話しかけられていい思い出などなかった。
 やれ、政治の話、社会に対する、あるいは若者に対する愚痴。
 もともと車を運転することだけが趣味の老いぼれに、愛想など求める光が間違っているのだ。

 とはいえ、返事してしまった以上話をしないわけにはいかない。
 バックミラー越しは彼の目線は見えなかったが、どうやら酔っている訳ではなさそうだった。

「それがね、最近気になることがあってだね」
「はあ」
「そう、今見えるところだ、少しだけ待ってくれ」

 やる気なさげな相槌だと気づかれなかったか。
 いや、気づかれたとしても話し続けるだろう。
 そんな頑固さを彼に感じてしまった。

「ほら、あの歩行者信号。右手に見えるあれだよ」
「?」
「よく見えないか?」

 赤信号につかまり、停止した車内で彼が再び口を開く。
 指さす方を見ると、交差する歩行者信号が緑に灯ったところだった。
 一見しても何の異常は見えなかった。
 ただ、漠然とした違和感は感じれた。

「よく見てみてくれ、何かおかしいだろう」
「はっ」
「ほら、おかしいじゃないか」

 よく目を凝らしてみると、彼の言わんとしてることが分かった。
 彼は右を向いていなかったのだ。
 私たちから見て、逆行するように左に向いている。

「なぁ、おかしいとは思わんかね?」

「私たちから右を見れば、常に同じ方向を向いているはずの歩く姿が、なぜか彼だけ逆を向いているんだ」

 そう、彼が言った瞬間。
 点滅をやめた彼は消え、赤い姿が現れる。
 三秒。
 再びアクセルをふかし、発進した車内で彼の言葉は続く。

「左を見たら同じように逆を向くだろう、って言う突込みはやめてくれよ?」
「は、はぁ」
「なぜか、この時間だけ、あの信号だけ逆を向くんだ」

 そう告げる彼の目的地は、目前に迫っていった。

「工事のミス?それはわからないが、あの逆行する彼は何を考えてるんだろうな」

「そう、気になってしまったんだよ」

 それだけ言って彼はタクシーから降りた。
 ただただ聞くだけになってしまってよかったのだろうか。

 ただ、Uターンする勇気は私にはなかった。
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