お題:アルパカのカップル 必須要素:3000字以上 制限時間:1時間 読者:64 人 文字数:3657字 評価:1人

アルパカと呼ばれた子
 アルパカは、怒った時に胃の内容物を吐きかける習性があるという。
 その吐しゃ物は強烈に臭く、相手を近付かせないのに有効であるそうだ。
 中学の頃の同級生で、有地さんという子がいた。
 落合さんは、とにかくよく吐いた。
 学校行事でバスに乗れば吐き、おばちゃん先生がヒステリーを起こせば吐き、テスト前にはトイレで吐いていた。
 そこで、陰でつけられたあだ名が「アルパカ」だった。
 前述したアルパカの性質がその由来だが、少しだけその響きには感謝の意味合いがこもっている。
 おばちゃん先生がヒスを起こすと、決まって吐き気を訴えてくれるので、うちのクラスでその先生が怒鳴り散らすということがなくなったのである。なるほど、アルパカの吐しゃ物は確かに外敵を遠ざけるようだ。
 とは言え、思春期の女の子が、自分の吐きやすい体質を元に仇名をつけられるというのは、やっぱり苦痛であろう。面と向かって「アルパカ」と呼ぶような者はいなかったが、有地さんは自分が陰でそう呼ばれていることに気付いていた。何かそのことに対して反論したりすることもなかったが。

 僕はこのアルパカ有地さんと、一年生と三年生で同じクラスだった。
 一年生の時点で「アルパカ」と呼ばれていたので、僕は「またアルパカ同じクラスか」とクラス替えの表を見て思ったものだ。
 例のおばちゃん先生は精神に異常をきたしてとっくに辞めていたので、アルパカの外敵避け性能に期待することはできない。だから、この時のアルパカは、僕にとってはただよく吐くだけの女の子でしかなかった。
 そもそも有地さんはそこまで目立つタイプの女子ではない。どちらかと言えばかよわく小柄で、仇名の一端になった白いモコッとしたコートをよく羽織っている。それぐらいだ。
 だが、修学旅行で僕は、何の因果か彼女と同じ班になる。
「アルパカいんのかよ」
 同じ班になった村瀬という目立つタイプの男子がそう毒づく。
「班ってさ、バスでも近いとこ座るんだろ? あいつ吐いたらたまったもんじゃねえぞ」
 何でくじ引きで決めんだよ、と村瀬は機嫌が悪い。悪いので、僕に班長を押し付けた。
「班行動抜けっから。適当にやっとけよ」
 頭っからそう決めてしまって、村瀬は班で回るコースを僕に丸投げした。
「お、俺も抜けるわ。班行動の時。見たいとこあるし」
 同じ班のもう一人の男子、多田野もそう言ってくる。こっちはどちらかと言うとネクラなオタクだ。そういう人間が喜ぶスポットが旅行先にあるらしく、オタク仲間とそこに行きたいらしい。
 自由行動で行けよ、という僕の真っ当な意見に、多田野は難色を示す。
「村瀬くんが抜けるんだったら、お、俺も抜ける権利あるし」
 これがイキりオタクというヤツか。僕は舌打ちした。
「誤魔化しといてやるから、コース選びは手伝ってよ」
 多田野はうなずいたので、僕もいなくなろうかな、なんて思っていた。

 ところが、僕の友達連中と言えば、みんな真面目が制服を着ているような者ばかりで、「班行動は班行動するつもりだけど」なんて言って取り合ってくれない。
 何て友達甲斐のない連中だ、と思いながら修学旅行の日を迎えた。
 当日、やはりと言うべきか、行きのバスでアルパカは吐いた。
 とは言え、村瀬の危惧していた臭いに関しては直撃は避けられた。
 何せアルパカがよく吐くことは知れ渡っていたので、先生方が最初から前の方の席に誘導しておいてくれたのだ。
「心配することなかったな」
 よっぽど気にしていたのか、サービスエリアの休憩の時に村瀬はわざわざ僕にそう言った。
 修学旅行初日は団体行動だ。クラスごとに固まって、神社仏閣を巡る。
 それからホテルに移動して一泊し、いよいよ憂鬱な班行動の二日目がやって来た。
 出発する時は、班員は全員いた。村瀬も多田野も、ちょっとそわそわしながら立っている。
 先生の目が離れた辺りで、まず村瀬が、次いですぐ多田野が「じゃあ」と行ってしまう。
「何か二人いなくなったけ――あれ?」
 多田野と別れて振り返って、僕は目を見開く。
 修学旅行の班は六人。男子三人女子三人だ。当然僕の後ろには、アルパカを含めた三人がいると思っていたのだが……。
「大木さんと吉田さん、友達のとこ行くって」
 アルパカしかないなかった。
 僕は眉を寄せる。つまり、このままではアルパカとの二人行動になってしまうということだ。
 ウッソだろ、と僕は内心で頭を抱える。
「ある……有地さんも、友達のとこ行っていいよ。誤魔化しとくし」
「いいよ、そんなの」
 遠慮するなよ、と僕は頬を引きつらせる。
「コース決めてくれたし、回ればいいじゃん」
 アルパカの気遣いは、人間にはどうにもイタい。胸がチクチクする。
「て、適当に行こうか」
 うん、とアルパカはうなずいて僕の隣に並んできた。
 アルパカというのは家畜化された動物である。南米のアンデス山脈に住む人々は、アルパカの毛を利用しているという。
 僕は羊飼いならぬ「アルパカ飼い」になったような気分で歩くことにした。

 ど、動物園はマストだぜ。
 ニチャァ、と音がするような笑いを浮かべて、多田野は班行動のコースにそれを入れた。
 思えば、大木辺りのうるさがたの女子がいたのに、コース選びに何も言ってこなかったのに引っ掛かりを覚えるべきだった。最初から二人ともフケるつもりだったのだ。
「結構大きな動物園だね」
 アルパカ有地は弾んだ声で言ったが、僕は不安でならなかった。
 動物園というのはにおうものだ。においというのは、吐き気を誘発しやすい。
 有地が本物のアルパカだったなら、動物のにおいなんて気にならなかっただろうが、本当は繊細な15歳の女子中学生なわけで。
「気持ち悪くなったら、言ってね」
「あ、うん……」
 アルパカはきょとんとした顔をした。気持ち悪くなって吐くのはお前の特技だろ、と僕は突っ込みたくなる。
 宣言通り、適当に二人で動物を見て回った。
 アルパカは女子中学生らしく、「かわいいー」とか言っていたが、僕はいつ吐くか気が気でなかった。タンチョウやフクロウのいる鳥のコーナーから、ゴリラやテナガザルなんかの霊長類のあたり、更にペンギンの檻を見て、アルパカは更に奥を指す。
「あっちにアルパカいるよ」
 僕はドキリとした。いや、ドキリというのは恋したとかじゃなくて、お前もアルパカだろという気持ちが湧き上がってきたせいだ。
 有地は、自分が陰で「アルパカ」と呼ばれているのを恐らく知っている。知っているはずなのに、何でこんな無邪気に「アルパカいるよ」と見に行きたがるのか。「アルパカだけど、アルパカみたいでーす」なんて自虐ネタをかますようなキャラクターでもあるまいに。
 背の低い柵の内側を、茶色や白のアルパカがトコトコ歩き回っている。「ふわふわだねえ」と、柵の外にいるアルパカは、感心したように言った。
 アルパカがアルパカを見ている。村瀬がいたら吹き出していただろう。その点で、あいつが友達と一緒に行くと言い出したのはよかった。何せ、アルパカは真剣にアルパカに視線を注いでいた。「かわいい」を連発していたペンギンの檻の時以上に、だ。
「あ、有地さん、そろそろ……」
 10分以上いたと思う。微動だにしないので、僕も焦れて来てそう声をかける。
「わたしのことさ」
 ぽつりとアルパカは、有地さんは僕に背を向けたまま言った。
「みんな陰で『アルパカ』って呼んでるよね」
 やっぱり知ってたのか。
「アルパカは怒ると吐くからだよね。わたしがよく吐くから、それと引っ掛けてるんだよね?」
 それも、正確に知っていた。「そんなことないよ」と言いかけて、しかし僕はそんな言葉が何の意味も持たないことに思い当たって、引っ込めた。
「アルパカが吐いたヤツって、すごく臭いよ。見たことあるし」
 その時はにおいで吐かなかったのだろうか。
「近寄りたくないよね、臭いから。遠ざけるよね……」
 僕はアルパカの、アルパカと呼ばれてしまっているこの女の子の顔を見る勇気がなかった。それを知っているかのように、有地さんは振り向いた。
「わたしも遠ざけてほしいから、吐いちゃうんだよ」
 有地さんは思いもよらない顔をしていた。
 どこかすがすがしいような、晴天のような顔だった。
「村瀬くんも、多田野くんも、大木も吉田もみんな邪魔。クラスの大半が嫌いだし、学校のほとんどが嫌で仕方ないの」
 だから臭いじゃ吐かないよ、と有地さんは付け加える。
「でも、君は邪魔じゃない。吐き気がしないもの」
「そ、そう……」
 僕はたじろいだ。たじろがずにいられようか。
「だから、班を離れないって、こと……?」
「確かめたかったってこと」
 次行こうよ。
 アルパカは、有地さんは僕の手を引っ張る。その表情は、昔テレビで見たアンデスの青空のようだった。
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