お題:アルパカのカップル 必須要素:3000字以上 制限時間:1時間 読者:78 人 文字数:3657字 評価:1人

アルパカと呼ばれた子
 アルパカは、怒った時に胃の内容物を吐きかける習性があるという。
 その吐しゃ物は強烈に臭く、相手を近付かせないのに有効であるそうだ。
 中学の頃の同級生で、有地さんという子がいた。
 落合さんは、とにかくよく吐いた。
 学校行事でバスに乗れば吐き、おばちゃん先生がヒステリーを起こせば吐き、テスト前にはトイレで吐いていた。
 そこで、陰でつけられたあだ名が「アルパカ」だった。
 前述したアルパカの性質がその由来だが、少しだけその響きには感謝の意味合いがこもっている。
 おばちゃん先生がヒスを起こすと、決まって吐き気を訴えてくれるので、うちのクラスでその先生が怒鳴り散らすということがなくなったのである。なるほど、アルパカの吐しゃ物は確かに外敵を遠ざけるようだ。
 とは言え、思春期の女の子が、自分の吐きやすい体質を元に仇名をつけられるというのは、やっぱり苦痛であろう。面と向かって「アルパカ」と呼ぶような者はいなかったが、有地さんは自分が陰でそう呼ばれていることに気付いていた。何かそのことに対して反論したりすることもなかったが。

 僕はこのアルパカ有地さんと、一年生と三年生で同じクラスだった。
 一年生の時点で「アルパカ」と呼ばれていたので、僕は「またアルパカ同じクラスか」とクラス替えの表を見て思ったものだ。
 例のおばちゃん先生は精神に異常をきたしてとっくに辞めていたので、アルパカの外敵避け性能に期待することはできない。だから、この時のアルパカは、僕にとってはただよく吐くだけの女の子でしかなかった。
 そもそも有地さんはそこまで目立つタイプの女子ではない。どちらかと言えばかよわく小柄で、仇名の一端になった白いモコッとしたコートをよく羽織っている。それぐらいだ。
 だが、修学旅行で僕は、何の因果か彼女と同じ班になる。
「アルパカいんのかよ」
 同じ班になった村瀬という目立つタイプの男子がそう毒づく。
「班ってさ、バスでも近いとこ座るんだろ? あいつ吐いたらたまったもんじゃねえぞ」
 何でくじ引きで決めんだよ、と村瀬は機嫌が悪い。悪いので、僕に班長を押し付けた。
「班行動抜けっから。適当にやっとけよ」
 頭っからそう決めてしまって、村瀬は班で回るコースを僕に丸投げした。
「お、俺も抜けるわ。班行動の時。見たいとこあるし」
 同じ班のもう一人の男子、多田野もそう言ってくる。こっちはどちらかと言うとネクラなオタクだ。そういう人間が喜ぶスポットが旅行先にあるらしく、オタク仲間とそこに行きたいらしい。
 自由行動で行けよ、という僕の真っ当な意見に、多田野は難色を示す。
「村瀬くんが抜けるんだったら、お、俺も抜ける権利あるし」
 これがイキりオタクというヤツか。僕は舌打ちした。
「誤魔化しといてやるから、コース選びは手伝ってよ」
 多田野はうなずいたので、僕もいなくなろうかな、なんて思っていた。

 ところが、僕の友達連中と言えば、みんな真面目が制服を着ているような者ばかりで、「班行動は班行動するつもりだけど」なんて言って取り合ってくれない。
 何て友達甲斐のない連中だ、と思いながら修学旅行の日を迎えた。
 当日、やはりと言うべきか、行きのバスでアルパカは吐いた。
 とは言え、村瀬の危惧していた臭いに関しては直撃は避けられた。
 何せアルパカがよく吐くことは知れ渡っていたので、先生方が最初から前の方の席に誘導しておいてくれたのだ。
「心配することなかったな」
 よっぽど気にしていたのか、サービスエリアの休憩の時に村瀬はわざわざ僕にそう言った。
 修学旅行初日は団体行動だ。クラスごとに固まって、神社仏閣を巡る。
 それからホテルに移動して一泊し、いよいよ憂鬱な班行動の二日目がやって来た。
 出発する時は、班員は全員いた。村瀬も多田野も、ちょっとそわそわしながら立っている。
 先生の目が離れた辺りで、まず村瀬が、次いですぐ多田野が「じゃあ」と行ってしまう。
「何か二人いなくなったけ――あれ?」
 多田野と別れて振り返って、僕は目を見開く。
 修学旅行の班は六人。男子三人女子三人だ。当然僕の後ろには、アルパカを含めた三人がいると思っていたのだが……。
「大木さんと吉田さん、友達のとこ行くって」
 アルパカしかないなかった。
 僕は眉を寄せる。つまり、このままではアルパカとの二人行動になってしまうということだ。
 ウッソだろ、と僕は内心で頭を抱える。
「ある……有地さんも、友達のとこ行っていいよ。誤魔化しとくし」
「いいよ、そんなの」
 遠慮するなよ、と僕は頬を引きつらせる。
「コース決めてくれたし、回ればいいじゃん」
 アルパカの気遣いは、人間にはどうにもイタい。胸がチクチクする。
「て、適当に行こうか」
 うん、とアルパカはうなずいて僕の隣に並んできた。
 アルパカというのは家畜化された動物である。南米のアンデス山脈に住む人々は、アルパカの毛を利用しているという。
 僕は羊飼いならぬ「アルパカ飼い」になったような気分で歩くことにした。

 ど、動物園はマストだぜ。
 ニチャァ、と音がするような笑いを浮かべて、多田野は班行動のコースにそれを入れた。
 思えば、大木辺りのうるさがたの女子がいたのに、コース選びに何も言ってこなかったのに引っ掛かりを覚えるべきだった。最初から二人ともフケるつもりだったのだ。
「結構大きな動物園だね」
 アルパカ有地は弾んだ声で言ったが、僕は不安でならなかった。
 動物園というのはにおうものだ。においというのは、吐き気を誘発しやすい。
 有地が本物のアルパカだったなら、動物のにおいなんて気にならなかっただろうが、本当は繊細な15歳の女子中学生なわけで。
「気持ち悪くなったら、言ってね」
「あ、うん……」
 アルパカはきょとんとした顔をした。気持ち悪くなって吐くのはお前の特技だろ、と僕は突っ込みたくなる。
 宣言通り、適当に二人で動物を見て回った。
 アルパカは女子中学生らしく、「かわいいー」とか言っていたが、僕はいつ吐くか気が気でなかった。タンチョウやフクロウのいる鳥のコーナーから、ゴリラやテナガザルなんかの霊長類のあたり、更にペンギンの檻を見て、アルパカは更に奥を指す。
「あっちにアルパカいるよ」
 僕はドキリとした。いや、ドキリというのは恋したとかじゃなくて、お前もアルパカだろという気持ちが湧き上がってきたせいだ。
 有地は、自分が陰で「アルパカ」と呼ばれているのを恐らく知っている。知っているはずなのに、何でこんな無邪気に「アルパカいるよ」と見に行きたがるのか。「アルパカだけど、アルパカみたいでーす」なんて自虐ネタをかますようなキャラクターでもあるまいに。
 背の低い柵の内側を、茶色や白のアルパカがトコトコ歩き回っている。「ふわふわだねえ」と、柵の外にいるアルパカは、感心したように言った。
 アルパカがアルパカを見ている。村瀬がいたら吹き出していただろう。その点で、あいつが友達と一緒に行くと言い出したのはよかった。何せ、アルパカは真剣にアルパカに視線を注いでいた。「かわいい」を連発していたペンギンの檻の時以上に、だ。
「あ、有地さん、そろそろ……」
 10分以上いたと思う。微動だにしないので、僕も焦れて来てそう声をかける。
「わたしのことさ」
 ぽつりとアルパカは、有地さんは僕に背を向けたまま言った。
「みんな陰で『アルパカ』って呼んでるよね」
 やっぱり知ってたのか。
「アルパカは怒ると吐くからだよね。わたしがよく吐くから、それと引っ掛けてるんだよね?」
 それも、正確に知っていた。「そんなことないよ」と言いかけて、しかし僕はそんな言葉が何の意味も持たないことに思い当たって、引っ込めた。
「アルパカが吐いたヤツって、すごく臭いよ。見たことあるし」
 その時はにおいで吐かなかったのだろうか。
「近寄りたくないよね、臭いから。遠ざけるよね……」
 僕はアルパカの、アルパカと呼ばれてしまっているこの女の子の顔を見る勇気がなかった。それを知っているかのように、有地さんは振り向いた。
「わたしも遠ざけてほしいから、吐いちゃうんだよ」
 有地さんは思いもよらない顔をしていた。
 どこかすがすがしいような、晴天のような顔だった。
「村瀬くんも、多田野くんも、大木も吉田もみんな邪魔。クラスの大半が嫌いだし、学校のほとんどが嫌で仕方ないの」
 だから臭いじゃ吐かないよ、と有地さんは付け加える。
「でも、君は邪魔じゃない。吐き気がしないもの」
「そ、そう……」
 僕はたじろいだ。たじろがずにいられようか。
「だから、班を離れないって、こと……?」
「確かめたかったってこと」
 次行こうよ。
 アルパカは、有地さんは僕の手を引っ張る。その表情は、昔テレビで見たアンデスの青空のようだった。
作者にコメント

対戦作品一覧


ユーザーアイコン
作者:とよ お題:アルパカのカップル 必須要素:3000字以上 制限時間:1時間 読者:143 人 文字数:1445字 評価:1人
私は彼のしっかりとした足取りが好きだった。文字通り、歩き方の男らしさはもちろん、同い年とは思えない器の広さ。他の男には感じない貫禄があった。貫禄といっても老成し 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:アルパカのカップル 必須要素:3000字以上 制限時間:1時間 読者:78 人 文字数:3657字 評価:1人
アルパカは、怒った時に胃の内容物を吐きかける習性があるという。 その吐しゃ物は強烈に臭く、相手を近付かせないのに有効であるそうだ。 中学の頃の同級生で、有地さ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:アルパカのカップル 必須要素:3000字以上 制限時間:1時間 読者:83 人 文字数:3639字 評価:0人
「己たちのようなものをアルパカと言うらしいぞ」「なんじゃ、それは」「だから、アルパカだな、アルパカ」「動物だかの名前だろう、それは。お前のような間の抜けた面ぁし 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:カカオ20% お題:アルパカのカップル 必須要素:3000字以上 制限時間:1時間 読者:56 人 文字数:1939字 評価:0人
「アルパカってしってます?」目の前の女性はそう言ってぼくを見る。「いや、まあ知ってますけど...それが何か?」そう返すしかないぼくには些か質問の意図が読めなかっ 〈続きを読む〉

雨宮ヤスミの即興 小説


ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:俺と帝王 制限時間:15分 読者:14 人 文字数:1144字
そいつはディフォルメされたコウモリのような見た目をしていた。身長は50センチ程か、キャラクターグッズとして発売されていたら、女子中学生が目を輝かせて「かわいい 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:賢いガールズ 制限時間:15分 読者:10 人 文字数:1043字
「これ見てくれよ……」 サワダはそう言って自分の右手の甲を指し示す。毛だらけの手の甲には、ぽつぽつと何か針で突かれたような傷跡がいくつもあった。「どうしたんだ、 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:未来の信仰 制限時間:15分 読者:13 人 文字数:1082字
「未来の世界ではすべての宗教は消滅しているだろう」 とある学者が発表したこの言説は、消滅を言い渡された宗教界から激しい反発を受けることになる。「そういうところが 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:苦いぬるぬる 制限時間:15分 読者:28 人 文字数:1256字
男の子の出す白いアレを、わたしは飲んでみたいと思っていた。 その話をすると、訳知り顔でユリはこう言った。「あんなの美味しいもんじゃないわよ。苦くてさ、蕁麻疹も 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:宿命の家事 制限時間:15分 読者:17 人 文字数:1165字
「わたし、家事がトクイなんですよねー」 彼女はにこやかにそう言った。 なるほど、それは褒められるべき能力なのだろう。しかし、それをアピールする場面は今ではない。 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:メジャーな本 制限時間:15分 読者:9 人 文字数:1377字
「この本はとてもメジャーな本なんですよ」 そう言って後輩が持ってきた本は、聞いたことのないタイトルだった。「『星屑の物語』……。作者は、……誰?」「知らないんで 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:きちんとした星 制限時間:15分 読者:21 人 文字数:1143字
「先生、きちんとした星が描きたいんだけど……」 自由帳を持ってそんなことを言ってきたのは、この1年2組の中でも物静かな外村くんだった。この子が自分から話しかけて 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:燃える宇宙 制限時間:15分 読者:27 人 文字数:1213字
アリサは三好くんのことが好きらしい。 よりにもよって三好くんかよ、と思わなくもないわたしは、とりあえず理由を聞いてみた。「顔。あと、背が高い。運動神経もいいし 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:俺の駄作 制限時間:15分 読者:37 人 文字数:1192字
「駄作ですが、どうぞ読んでください」 とんでもない文面で来たな、と俺はSNSの画面を見て唸った。 この短文投稿SNSでは、ハッシュタグをつけて素人のWEB小説を 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:賢い絵描き 制限時間:15分 読者:15 人 文字数:1219字
知り合いが「とてもいいモノを買った」と自慢してくるので見せてもらうことにした。 この知り合いは同人で漫画を描いていて、それにとても役に立つものらしい。 そんな 〈続きを読む〉