お題:灰色の同情 制限時間:30分 読者:89 人 文字数:880字

灰の中でつかむ声
 「悲しいかい」
 
 小さな森の中でひとり。膝をかかえて、寒い日の猫みたいに丸くなって、あたしは泣いていた。
 いつだったか思い出せない、それでも針のように鋭くとがって心臓のど真ん中に突き刺さっている言葉がある。
 ――さやかちゃんは、きたないからダメ。
 ドッチボールに混ぜてって言った答えが、『きたないからダメ』だった理由が当時は分からなかった。正確なことは今も分かっていないのかもしれない。でも、たぶん、1週間に同じ服を何度も着ているとか、お弁当のおかずが少ないとか、給食費を出すのがいつも遅れるとか、そういうことをギュッと丸めたことを言いたかったんだと思う。
 そして、あたしは当時もこの森の中に逃げ込んで、今と同じように丸くなって声も出さずに泣いた。とても静かで、誰もあたしのことを『きたない』なんて責める人のいない森の中で、安心しきってグチャグチャになるまで、泣いた。
 両目を膝の頭に抑えつけて、真っ黒な視界に浮かんできたのは、悔しいことに、みんなと一緒にドッチボールをしている映像だった。みんなが攻撃的な目をしていて、勢いのついたゴム製のボールが飛び交う、あの狭くて危険な四角いコートに、あたしはそれでも憧れていた。
 
 「あの頃を思い出しているんだね」
 
 そして今日、あの日以来、28歳の大人になったあたしはこの森にやって来て、また泣いている。
 ――西澤さんは、ほら、貧乏だから。
 スーツのパンツを強く握り締める。皺が付いていて掴みやすいな、と思ったら、また涙が溢れてくる。
 大人というのは、わかりやすい分、とても残酷だ。子どものように曖昧で、自分の都合のいいように解釈もできるような言葉なら、こんなにも辛くはなかった。
 
 「全部、置いていくといいよ」
 
 そういえば。
 あの時もこうして声が聞こえてきた気がする。とても自然に、まるで独り言のような口調で、それでも優しく語りかけてくる声。それはあたしに顔を上げさせることもなく、スッと心の中に直接溶け込んでいく。
 見守ってくれている人が、あたしにもいるのかもしれない。
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