お題:彼女が愛したパイロット 制限時間:15分 読者:95 人 文字数:685字

水際11
目の前で改札に吸い込まれていく磁気定期券を見て、昨日もこの後ろを通ったと思う。目の前の後頭部、黒いショートカットの後ろ側、見覚えがある背中だった。磁気定期券が吐き出されるゾッという音とほぼ同時にピッという音を立てて改札を抜ける。
酒の缶を持った、黒いコートを着たおとこが隣に座る。椅子はほとんど埋まっているが立っている人はあまりいない車内の、席の向かいの大きな窓ガラスに自分の姿がうつっていた。隣の男の顔はちょうど真ん中あたりに窓ガラスつなぎ目にかぶって、表情が見えなかった。
ぼんやりと向かい側の窓ガラスにうつりこむ自分と、両隣に座っている幾人かの人たちの様子を眺める。隣の男がこちらを覗き込んでいるようだった。顔が傾いていることしか分からず、目がどこを見ているかは分からなかった。私が手に持っている傘を覗き込んでいるような気がした。しかしそのあとすぐ、男の頭はさらに下に傾き、もしかしたら寝入っていただけかもしれない。
日付が変わった頃、夜更けにも関わらず子どものぐずる声が聞こえていた。帰る途中なのか、どこかに向かう途中なのか、それは分からなかった。
髪の毛の隙間の頭皮の白いのを見る、見覚えのない人だと思う。ぐずっていた子どもは大きな泣き声をあげて深夜の電車のよどんだ空気の中に沈む。頭を下に向けるのに夢中で、多くの人は寝入り、じっと身体をそこに沈めている。吸い込まれては出て行く、どちらかといえば今の時間帯は出て行くばかりだった。飛びだったまま二度と同じところに戻らない背中、しかし明日も同じところを通るかもしれない予感に目を閉じる。だれかが大きく咳き込んだ。
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