お題:フニャフニャの天使 制限時間:15分 読者:92 人 文字数:3985字

Q.欠落しているものを答えよ。
「姫、御決断を。今も民らは飢え、命を落としている」
「ええ、そうね。…この国には、飢餓を凌ぐ手段がない。隣の国へ手紙を送るわ」
「助けを求める、ということですね」
「そう。…碧海国へ、文書を飛ばして。…なるべく早く」
「わかりました」

未空国の姫は、城下に溢れた民を見て、溜息をついた。城に蓄えた穀物全てを民に渡しても、まだ足りない。姫も、この2日間は食べ物を何も口にしていなかった。腹の虫は、もう鳴くことすら諦めてしまったらしい。国ぐるみで餓死する前に、取れる手段はただ一つ。助けを求めることだ。
同盟を結んでいるわけでもない、見知らぬ国の見知らぬ王子へ向けた手紙は、果たして彼らに救いを齎すのだろうか。そればかりは、姫にもわからなかった。
わかっていたことは、此処でただ、指をくわえて待っているだけでは、誰一人救えない、ということだけだった。

***

その国は、緑豊かな国だった。
牧場で草を食む牛から採れたミルクは濃く甘く喉を潤し、たわわに実るいくつもの果実が食卓をにぎわせる。黄金の小麦は石うすで挽かれてふっくらとした白いパンになり、遠方から来た客をとびきり篤くもてなした。小さな子供たちがはしゃいで遊びまわる中、王家の者は街中を闊歩する。

「まあ、王子。今日もおでかけ?」
「うん。天気がいいから、日向ぼっこをしようと思って」
「素敵。これ、持って行ったらいいわ。うちの山羊がくれたミルクをチーズにしたの」
「美味しそうだ。ありがとう、みい。君には城の泉の水をあげる。今日は一段と透き通っていて綺麗だったよ」

村娘と王子が会話していることに驚くものもない。ありふれた日常なのだ。
王族たるもの、民と共に暮らすべし。
初代国王が城の中に作った畑も、堀った井戸も、全て王族が手を汚して管理している大切な資産だ。王子の手は、触るとがさがさ毛羽立っている。村娘と同じく、掌が少し厚い。飢饉があっても、それぞれが蔵に蓄えた食物を分け合って食いつなぎ、この国は反映してきた。民の気持ちが理解できるからこそ、王族は民に寄り添い、在り続けた。

しかし、それを良く思わないものもある。
一部の上流貴族は、自ら土を耕す王子たちを疎んでいた。肥沃の土地で採れた作物は質が良く、もっと高値で売ればさらに民の生活は向上すると考えているのだ。頑なに首を振らない王子のことを、彼らは「弱虫ヒツジ」と馬鹿にする。王子の名前が柩であるというのも理由の一つだろうが、一度食べたものを何度も反芻して飲み込む羊と、彼らの提案に渋面を作り動くことなく時間ばかりを稼いでいる王子とを重ねたらしい。

「国の繁栄を考えろ、王子」
「金銭ばかりで繁栄するのか。今、民が不満を訴えていない現状で、我らの感情一つで動くのは時期尚早ではないかい」
「民は日々の生活と生産に従事するのが仕事だが、我らの仕事はそうではない。民ではなく、国を見よ。そして他国との交流をすすめ、より良い国作りを行うのが---」
「より良い国づくりといったな。それは誰のためだい」
「無論、民の為だ。巡り廻って民の為となる」

王子は矢張り、首を振らない。叛逆が起こるのは、時間の問題だ。

しかし、王子は思う。
民が満足しているというのに、これ以上何を望むというのか。
美味しい食事に、清々しい風、穏やかに過ぎてゆく時間。日が昇れば起きて、沈めば眠る優しい日々。作物をこれ以上売り出してしまえば、国に残る作物は減るだろう。蓄えを減らさないためには、更なる生産量の担保が必須だ。農耕のための機械を導入し、畑をさらに増やし、働く時間を増やせば畑の生産量は上がるだろう。然し、牛や山羊、羊の為の牧草地を減らしては本末転倒だ。より少ない敷地で、より多く生産する為には二期作や三期作を行う必要があるだろうが、肥沃な土地とて使いつぶせば痩せてしまう。幼少期から農学を学んで来た王子には、どれもいい案には思えなかった。
労働時間を増やしたくもない。民のためを想い行った政策が民の生活を苦しませるのであれば、いっそやらない方が良い。

「みい、君は仕事が増えたらいや?」

隣で空を眺めていた少女は、王子の方を見て首を振った。春風のように優しい声が耳をくすぐる。

「王子様が必要だと思うなら、私は頑張る。きっと、みんなそうよ。王子様たちが頑張っているの、知ってるもの」
「そう………ねえ、君は、今の暮らしに満足している?」
「もちろん。私、この国に生まれてよかった。王子様もみんなも、優しくて、恵まれていて。山羊はかわいいし」

立ち上がった少女からは、新鮮な草の匂いがした。

「大丈夫よ。王子様。私、王子様たちの味方でいるわ」



城に帰った王子は、真っすぐに貴族たちの元へと向かった。民ありて国あり、栄華に目をくらませる気はないと告げるためだった。心なしかいつもよりも歩幅を広くもって、彼は歩く。ヒールが床をうつ、こつこつとした音が反響して響く中、通路の先で、貴族は何やら紙を見ながらごにょごにょと独り言ちていた。しかし、王子に気付くや否や、彼はそれをぐしゃりと握りつぶし、鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離まで近づいた。さりげなく身を話した王子は、柔らかな声色を崩さずに問いかける。

「何をしているんだい」
「王子!一刻もはやく英断なされよ!」

激昂した声が鼓膜をぶるぶると震わせる。正直頭が痛い。
王子には政の駆け引きといったものがわからない。首をひねることしかできない彼に、彼らは問う。

「この国をおさめる者として、プライドはないのか!」
「…プライド…」
「王子。このまま放置し、属国にされたとしよう。そうなれば、王子が愛した牧畜の文化も、気ままに過ごす民の生活も、影響を受けるようになる。それは、君にとって唾棄すべき事案ではないのかい」
「……それは困る。だが、兵を組織したくはない」
「馬鹿を言うな!武力もなしに解決など望めまい!」
「僕には兵を組織できない。それに、鎌や鍬は人を傷つける道具でなく、農作物を作るための―――」
「もういい、このヒツジめが!」

激昂した調子で、彼は机を拳で叩いた。表面がわずかに凹む。

「私が組織し、国を守る!」
「やめろ、民を巻き込むな!」
「民らも自国を守るためなら決起を辞さない!」
「なぜ、そうも武力にこだわるんだ」

貴族の男は、吐き捨てるように告げた。

「名ばかりの王族にはわかるまい。…この国の豊かさは皆の知るところだ。王子、あなたは他国を隷属させようなどとは思わないのだろう」
「勿論。僕の国がそのようにされるのは好ましくない。だからこそ、他国に関しても、同様だ」
「…その考え方では、いずれカモにされてしまうだろうよ。…あなたはまるで純真無垢な子供のようだ」

何も答えぬ王子を見て、貴族は拳を握りしめた。手中の嘆願書を王子に見せるつもりはない。王子は、救いを求める他国をすくおうとするに違いない。迷いなく、手を伸ばすはずだ。
しかし、ひとつの国をすくえば、いくつもの国からの助けにも応えねばなるまい。全てにこたえようとすれば、潰れるのはこの国だ。応えられなければ反感を買い、いずれは争いの種になる。
そうなる前に、国として確固たる答えを返さねばならない。

<救済を約束する代わりに、我が国の傘下に入れ>。

簡単には飲み下せない条件を出し、飲めば救い、飲まねば首を振れば良い。どちらにしても、この国の不利益にはなるまい。立ち尽くした王子の前で踵を返した貴族は、靴音も高らかに廊下を闊歩する。
この国を思う気持ちは、彼も同じ。王子のことわりなく他国と交わることが謀反にあたると知りながら、彼は返書をしたためた。羊皮紙に、力強い線が描かれる。
覚悟を込めた万年筆から滲むインクは、暗雲立ち込める空のような色をしていた。

***

届いた手紙に描かれた文章を見た姫は、ヒールで床をがつんと打った。大理石が凹むことはないが、もう少し強ければ割れてもおかしくない、と家臣は腕を組みなおす。

「見て。同盟どころではないわ。属国とならねば救わぬ、と、かの国は言う。足元を見られたわ」
「…まあ、駆け引きが得意なことで……」
「なにも、対価もなく救えというつもりはない。飢饉さえ抜ければ、鉱脈からいくらでも彼らに有益な鉱石を採ってくることができる。…けれど、」
「……こんな機会でもなけりゃ、国同士の統合、再編なんて望めませんもんね。あちらさんには随分有能な臣下がいるようで。姫、どうする?」
「…話に行くわ。それでわからないのであれば、その時は……」
「その時は?」
「……あなた、この国をお願いね」

軽口をかえしてやろうとした家臣の動きがぴたりと止まる。ヘビに睨まれたカエルのように動けなくなった彼を一瞥した彼女は、冬の朝のように冷え切った空気を残して、部屋から出て行った。彼女が出て行った後も、家臣はしばらく動くことが出来なかった。姫が直接交渉に向かうなど、もっての他だ。危険すぎる。
漸く足が動くようになった頃、窓の下から叫び声が響いてきた。

「お待ちくだされ、姫!」
「いつもながら逃げ足の速い、まるで兎のようではないか!」
「名前が宇佐だ、誰だそんな名前を付けたのは!」
「先王だ!」
「ならば仕方がない!追うぞ!」

「待て!俺も行く!」

家臣は窓の外から飛び降り、暴君兎、もとい姫を追わんとする一団に加わった。目を凝らした先に、彼女はいない。不幸なことに、国境はすぐそこだ。追いつける自信はなかった。
いや、追いつかねばならない。最悪、彼女の首が胴体と別れを告げることになる。何が何でも、止めねば。
緊迫感が漂う中、家臣は姫を追い、走り出した。
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