お題:絵描きのローン 制限時間:30分 読者:41 人 文字数:1481字

壁が埋まるその日まで
ついに出会えた。
その想いが私の胸を震わせ、思わず涙が溢れてしまった。
無理もない、私が50年もの間探し求めていたものが遂に見つかったのだ。
この薄暗くカビ臭い路地裏のアトリエで。

まだ若く、美術大学に通っていたころから私は自身の才能に気づいていた。
絵画や、彫刻の才能ではない。むしろそれらを扱う才能-画商の才能とでも言おうか-があったのだ。
誰もが嘲笑っていた同級生の不思議な色彩の絵。打ち捨てられた粗大ごみのようにも見える後輩の彫刻。「芸術」をバカにしたようにしかみえない名もなき作者の現代アート。それらすべてを私は美しいと思った。世間がそれらを「独創的な芸術」ともてはやし始めた頃には、私はすでにその何倍もの数の「独創的な芸術作品」を扱う画商となっていた。

世間が自身の才能を認めてくれると、私は嬉しさを感じるとともに一抹の不満も抱きはじめた。
確かに、これらはすべて美しいものだ。そしてかつては世界で私と作者だけがその作品の美しさを知っていた。独占していた。しかし今はどうだ、陳腐な言葉とピンボケた写真でその美しさを「共有」(欲言えば、だが。悪く言えば引き裂いている)してしまっている。

年々その思いが強まるとともに、私は作品を探し始めた。
私以外の、世界の誰もが、その美しさを「共有」できない作品を。


そして、今日。目的地へ向かう途中、ふと立ち寄った南欧の小さな町。
その路地裏に「それ」はあった。
調和などあってないような色彩。落書きのような構図。意図のないテーマ。
しかしそこに、不思議な調和と輝くような美しさがあった。
感動に打ち震えた私がそれを眺めていると、一人の男がオドオドと声をかけてきた。

「あっ……それは、さ、その、あんまり上手くないけどさ。まだ、アトリエにあるから……」
良かったら買ってはくれないか、と消え入りそうな声で男は呟く。
「この絵は君が?」
「あ……まぁ、一応……」
所在なさげに目を泳がせる彼の手を握り私は言った。
「アトリエにある絵を全て見せてくれまいか。」

誰もが「共有」できない作品を求める私の夢は、その作品を集めて美術館を作ることだった。
誰も理解できない作品を、美しく豪華に、展示する。
その本質的な美しさを誰も「共有」できない美術館は私にとって至高の、究極の贅沢だった。
すでにその建物はとある芸術都市の一角にできていた。
あとは彼の絵をそこに飾るだけ。遂に私の生涯の夢が叶う時が来たのだ!


ところが彼のアトリエに行き私は驚いた。
「この5枚で、絵は全てかい?」
「う……その、他のは……」
彼が言うには、他の作品は(残っている5枚もだが)どれも酷い出来だった。だから捨ててしまった、とのことだった。
私は大いに失望した。残った5枚も、最初に見た一枚同様に素晴らしい出来だったからだ。
しかしたった5枚では美術館は成立しない。
そう言って全てを説明すると、彼は今にも泣き出しそうな顔になった。
「び、美術館はありがたいけど……捨てた絵は戻らないし……」
そんな彼に私は言った。

「本当に残念だ。君のような素晴らしい画家の作品を展示したかったが。
そして、私は今起こっているんだ。なぜ作品を捨てたりなんかしたんだ?
こんなにも素晴らしい作品たちを、君はなぜ捨てたりできるんだ!?
……もし君の作品が全て残っていたら、美術館の壁は埋まっていただろうよ。
これは君の責任だ。芸術家としての責任だ。
だから、今から書き給え。美術館の壁を埋めるだけの作品を。
これは、君のローンにしておこう。」
作者にコメント

似た条件の即興小説


ユーザーアイコン
作者:すらいむですよろしくおねがいします お題:名付けるならばそれは囚人 制限時間:30分 読者:13 人 文字数:1239字
薬袋博は大陸浪人である。帝都を中心に中国と日本とを行き来し、向こうの珍しい品物を買い付けて本国で売る商売人、のはずなのだが、常に金欠に陥っている。まず中国への渡 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:捨てられたパラダイス 制限時間:30分 読者:2 人 文字数:688字
私は長年使い古したカメラを持ってその地を訪ねた。今となっては廃墟となった家屋が奥行きをもって並んでいた。23年前、自由と平和を求めた薬物中毒者達は所有者不明とな 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:季森 お題:初めての民話 制限時間:30分 読者:5 人 文字数:1560字
地平線のもっともっと向こうの方まで続いている、群青の空。ちぎられた雲が所々に散らばっている。地平線にはまばらに大きな山脈が小さくその身を覗かせていた。延々と続 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:すらいむですよろしくおねがいします お題:苦し紛れの傑作 制限時間:30分 読者:14 人 文字数:1427字
「ああ、どうしましょう」ずらっと並んだ食材の前で執事である柏木稔は悩んでいた。その理由は先ほど主人から申しつけられたらお願い、いや、滅多にない彼の我儘に起因する 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
※未完
作者:匿名さん お題:腐った山 制限時間:30分 読者:5 人 文字数:774字
あの子が子供のころ、積み木遊びが好きだったのをよく覚えている。それも円柱に三角を載せて満足するようなものではなく、ちょっと驚くような積み方をするのだ。誕生日、ク 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:いしゅと お題:トカゲのエリート 制限時間:30分 読者:9 人 文字数:1601字
トカゲと呼ばれる忍者がいる。周囲と同化し、存在感を消し、その存在を何者にも悟られることがない。対峙した標的はトカゲが目の前にいることにも気づかないまま、いつの間 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
授賞叙事詩 ※未完
作者:ゼリーマン(60kb) お題:猫の作家デビュー 制限時間:30分 読者:35 人 文字数:1526字
ふと、西野高之は文学賞を受賞し、作家としての己の実力を試してみたくなった。 作家、である。足立区が生んだ真理人、宇宙の摂理をその手に掴み、哲学の深奥を究めた西 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:冬琶 蜻蛉 お題:突然の夫 制限時間:30分 読者:9 人 文字数:1017字
悪魔が嫁を娶るなんて、聞いたことがなかった。フレインは、とある田舎町から出てきた靴売りの青年だ。帝都の活気ある大通りに面した、伝統を受け継ぐ靴屋の見習い。今日も 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:すらいむですよろしくおねがいします お題:突然の夫 制限時間:30分 読者:14 人 文字数:1421字
穏やかな昼下がりの午後、御巫探偵事務所のベルが鳴った。どうぞ、とこの事務所の主人ー御巫八雲が呼びかけると、恐る恐るといった様子で1人の若い女性が入ってきた。「よ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:わなり お題:群馬の表情 制限時間:30分 読者:5 人 文字数:679字
友達の話だ。彼とは昔からの付き合いだ。よく覚えている思い出の一つを紹介しよう。小学校の時の話だ。都道府県を全て覚えるという授業があった。よくある授業だ。全部言え 〈続きを読む〉

ぱるりんな。の即興 小説


ユーザーアイコン
作者:ぱるりんな。 お題:早い少数派 制限時間:15分 読者:42 人 文字数:643字
また一人、かけがえのない友人を失ってしまった。とても良い奴だったのにね。葬儀の参列者は私の予想を遥かに上回る多さだった。それは故人の人望を表れでもあり、葬式以外 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ぱるりんな。 お題:絵描きのローン 制限時間:30分 読者:41 人 文字数:1481字
ついに出会えた。その想いが私の胸を震わせ、思わず涙が溢れてしまった。無理もない、私が50年もの間探し求めていたものが遂に見つかったのだ。この薄暗くカビ臭い路地裏 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ぱるりんな。 お題:冷たい信仰 必須要素:若者使用不可 制限時間:15分 読者:40 人 文字数:575字
「雪が降り始めたわ」薄暗い部屋に差し込む光を背に、その人物はやけに大きく見えた。一歩ずつ彼女が部屋に入ってくるに連れて影は広がり、光は細く薄暗くなっていく。起き 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ぱるりんな。 お題:計算ずくめの円周率 制限時間:15分 読者:71 人 文字数:604字
ある日円周率は考えました。果たして自分とはなんだろうか。円周率は、3にまず尋ねてみました。「キミは何者だい?」「僕は3。『整数』の3だよ。」3はそう答えました。 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ぱるりんな。 お題:灰色の心 制限時間:15分 読者:44 人 文字数:518字
昔から「お前は決断力がないな」と、よく怒られていた。食事に行っても、メニューを選ぶのに時間がかかる。挑戦したいことがあっても、なんやかんやで結局しない。いい話が 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ぱるりんな。 お題:怪しい狙撃手 制限時間:15分 読者:47 人 文字数:605字
「暖かくなると、変質者が増えるので皆さん注意しましょう」と、今日の朝礼で校長あたりが話していた気がする。なんでも陽気な気候に誘われて、羽目を外しがちなんだとかな 〈続きを読む〉