お題:未熟なカップル 制限時間:30分 読者:54 人 文字数:2003字

幻の彼氏
「こら、もう下校時間だぞ」

夕方、廊下の隅で朱里と無駄話に興じていると、音楽教師の”熊髭”に注意された。
”熊髭”とはもちろんあだ名で、顔の下半分を覆う繁みのような髭に由来している。
音楽室に飾られているチャイコフスキーに似ているともいわれ、ふざけてそちらをあだ名にする生徒もいる。
俺としてはビートルズ解散間際のポール・マッカートニーの方が近いと思うのだが、残念ながら今のところ賛同者は皆無である。

「すいません、もう帰ります」

殊勝に頭を下げて音楽教師をやり過ごした後、朱里はまた無駄話に興じるのだった。

「でさ、どうやら美郷の奴、最近彼氏ができたらしいのよ」

この時の話題はもっぱら色恋話である。
同級生の桜井美郷にどうやら彼氏ができたという話を、しきりに吹っ掛けられた。
正直女子の恋愛話になどまるで興味がないのだが、我が幼馴染どのはおかまいなしである。

「このところ、放課後うちの制服をきた男子と連れ立って、それも腕を組んで歩いている姿がしょっちゅう目撃されているの。ところが」

その相手の男子というのが何者なのか、一向に判明しない。
本人に問い詰めても「えーしらない、見間違いじゃないの?」の一点張りである。
アルバムやら生徒名簿やらを総ざらいして全校男子の顔を照合しても(怖いぞ…)、見かけられた男子の容貌は発見できなかったというのだ。

「私も一度見たことがあるんだけどね。背が高くて彫りが深い、外国の俳優をちょっと残念にしたようなイケメンなのよ」
女子は男子の容貌の形容には極めて繊細である。
おかげで繊細な男子の心がしばしば蔑ろにされるのだが…

「そんなんどうでもいいじゃんか。桜井が誰と付き合おうと、ほっといてやれよ」
「ダメ。一人だけ勝手に彼氏つくるなんて裏切りだもん、徹底的に問い詰めてやる」

窓から差し込む夕日の中で少女は執念に燃えるのだった。

「でも本当にあれは誰なんだろう?今の現役生の中にはあんな顔した人いないし、かといってあれは間違いなくうちの制服だし…」
「そんなに気になるなら、教えてやろうか?」

え、と不思議そうにみつめてくる朱里を差し置いて、俺はすたすたと廊下を歩き出す。

「ちょっと、そっちは…」

言いかけた言葉を飲み込んで、朱里は俺の後をついてきた。

やがて職員室の前を通りかかったとき、ちょうど先ほど俺たちに注意をくれた、”熊髭”が出てくるのとでくわした。

「なんだ、まだいたのか、お前たち」

最早あきれたような調子でいう熊髭に、俺はさりげなく伝えてやった。

「先生、髭づれてますよ」
「え…」

虚をつかれたように固まる熊髭の隙をついて、俺は音楽教師の顔面に手を伸ばす。
朱里があっと声を上げる。
音楽教師のトレードマークの髭は俺の右手につかまれて、すんなりとその顔を剥がれたのだった。

「おい…」

熊髭―もはや髭はないが―は、明らかに狼狽した声を上げる。
どう反応したらいいかわからなかったらしい。

「すみません、さっきずれてるのをみて、もしやと思ったら、どうしても気になっちゃって。他意はないんです、許してください」

俺は平身低頭して髭―つけ髭―を返してやった。

「…まったく、わけわからんやっちゃな」

熊髭はいかにもあきれたような様子を装いながら、職員室の中に戻っていった。
しかしその顔がやや青ざめているのは隠しようもなかった。
まるで、さも何か後ろ暗いことが発見されてしまったように…

―――

「あの顔よ、美郷と腕を組んでいたのは!」

帰路、興奮したように朱里は俺にまくしたてた。

「教師と生徒がおおっぴらに恋人やるわけにもいかんからな。生徒に化けていたんだろう」

つけ髭は元々ファッションだったのではないだろうか。
しかしいざ桜井美郷と恋人関係になった時、髭の下の容貌が知られていないということは恰好のカムフラージュになった。
音楽教師は髭を外し、自分の体格にあった学生服を着用し、幻の生徒と化して、堂々と教え子の彼氏に変貌したというわけだ…

「なるほど、相手が教師じゃ、美郷も言えないわけねえ」
「本人たちの問題だからな、そっとしておいてやれよ」
「わかってるわよ。それにしても…」

朱里は大きくため息をついた。

「あーあ、私にもはやく彼氏できないかなあー」

…朱里の慨嘆を聞いて、俺は密かにため息をつきたい気分になった。
幼馴染だからといって今でも平然と四六時中俺といる朱里。
他の生徒からは半ば公然と彼氏彼女のようにみられていることに、こいつは気づいてないのだろうか?

「どうしたの?」

渋い表情を浮かべる俺を不思議そうにみる朱里に、俺は「なんでもないよ」と返してやった。
…まあ、いいか。
俺自身、もう少しこの形のない未熟な状態に、甘んじていたい気持ちもあったから。
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