お題:来年の粉雪 必須要素:資料 制限時間:1時間 読者:29 人 文字数:2824字 評価:2人

時を止めて
 しゃんしゃん、とステッキを振るだけで、虚空から雪の結晶が生み出された。机一面に降り注ぎ、黒い斑点が広がっていき、やがては白く降り積もる。パウダースノー。長くは持たず、見ている間に溶けていく、儚い雪だ。
「これにする」
 少女は嬉しそうにステッキを抱きかかえた。ほかにもっと、いろんなことができるステッキもあるのに、もう気に入って、別の選択肢は頭から消えてしまったようだ。長机にはたくさんの魔法の道具が並んでいたが、今は降り積もった雪の下で、白い帽子をかぶっている。
「本当にいいの?」
 売店の売り子は、頬杖をついて、やる気がなさそうに聞いた。少女にとっては一生に一度の機会だとしても、売り子にとっては数多くいる客のひとり。14歳の誕生日は少女には一度しかこないが、売り子は昨日も、明日だって同じように彼女らの相手をする。もうずっと、この暗闇のなかにぽつんと存在する一本道の途中で店を開いていて、とっくにやり甲斐とか、熱心さとかは失っている。
「あのね、親戚のおじさんに、毎年、降った雪を冷凍庫で保存してる人がいてね」
「うん」
 少女がステッキを選び、この道を去るまでのあいだ、話を聞いてやるのも売り子の務めだ。
「めったに雪が降らない地方に住んでるの。だからね、雪の降らない年は、去年にとっていた雪を取り出して眺めるの。来年は降るかなあ、って、それでため息をつくの。一年間も冷やして、ほとんど氷みたいになった雪を見て、こんなの雪じゃないよなあ、って」
 落ち着きのない少女は、しゃんしゃん、とステッキを振り続けた。机が白い雪でいっぱいになっていく。売り子はあくびを噛み殺した。
「それで、もっとふわふわの、本物の雪を、毎年おじさんに届けてあげたいわけだ」
「そうなの。おじさん、きっと喜ぶの」
「雪の降らない地方なんだって? ならもっとどっさり、豪雪を降らせてやったらどうかな」
 売り子は粉雪の下から掘り上げたのは、また違った形のステッキだ。一振りするだけで、夏の山をスキー場にできる。基本的には兵器として使われるものだが。
 思ったとおり、少女はふるふると首を左右に振った。
「そんなのだめよ。好きなものをどっさりあげたら、嫌いになっちゃうこと、あるでしょ。おじさんには粉雪で十分」
「あ、そう」
「喜ぶだろうなあ、お礼、いっぱい言ってくれるだろうなあ」
 少女はうきうきとはずんだ足取りで一本道を去っていった。ステッキをふりふり、少女の通ったあとには輝く白い絨毯が敷かれていった。
「はい、次の方」
 売り子が声をかけると、期待と希望に満ちたまなざしの別の少女が、机のまえにやってきた。

「おじさん、外見て! 見て!」
 はしゃいだ少女の声が聞こえた気がして、彼は振り向いた。
 ひとりきりの山小屋だ。窓の外も、しんと静まり返っていて、変わらず木立が暗闇に沈んでいるだけ。それでも、彼は未練がましく、ガラス戸を開けて、外に目を凝らした。
 人の気配はない。冷え切った空気に、動物も冬ごもりに入ったのか、山は沈黙に包まれている。
 時折、枯れ落ちた木々の枝を、風が揺らすだけだ。
 彼は諦めて窓を閉めた。客があるわけがない。毎年のように遊びにきていたあの子も、もういない。ここ数年、彼はずっとひとりだった。
 外でちらちらと粉雪が降り始めても、あまりに静かな音で、彼は気づかなかった。就寝前、窓枠に白く降り積もるものには気づいたが、もう見向きもしなかった。見たくもない、とさえ思った。大切にしていた冷凍庫は、数年前に処分してしまった。

 冬が訪れ、毎日のように粉雪が降る山で、彼はぼんやりと過ごしていた。
 仕事の資料を整理し終えて、あたたかいコーヒーを飲んで休憩していると、見たくもないはずなのに、つい目が窓に向いてしまう。あの少女の姿を、粉雪のなかに探してしまう。
「おじさん、見て見て」
 また幻聴がした。耐えきれず、彼は目をそむけた。カップが倒れ、こぼれたコーヒーが資料の山を汚した。不意にどうしようもない辛さに襲われ、彼は頭を抱えた。
 ――もうやめよう、と彼は思った。
 この山でするべき仕事はもうなかった。どこへでも、引っ越してしまえばいい。そうすれば、もう少女の思い出に悩まされることもなくなる。
 彼は荷物をまとめて山小屋を出た。
 浅く積もった雪を踏みしめる。小屋のすぐ外、木立とのあいだに開けた空き地に、突き刺さっているものがある。窓からよく見えるそこに、雪を降らせ続けているもの。
 少女のステッキが、白い粉雪に覆われ、きらきら輝いている。
「こんなもののせいで」
 彼はステッキを蹴り倒そうとしたが、まるでびくともしなかった。彼は途方に暮れた。

 ある年、彼のもとを訪れた少女は、魔法のステッキを手に入れたのだと言った。なんの連絡もなく小屋を訪ねてきて、今から空き地に粉雪を降らせるから見ていて、と笑った。
 見事なものだった。このめったに雪の降らない山でこれまで見たどんな雪よりもすばらしかった。美しく輝き、ほんのすこし積もっては消え、まさに彼が欲していた雪だった。
 彼は何度も礼を言った。少女は粉雪をかぶりながら、照れてみせた。
「魔法が使えるのは、14歳のあいだだけなの。願いを叶えるチャンスがあるなら、使うべきでしょ? ……どうして自分のために使わなかったのかって? あたしがそうしたかったの。おじさんのためにしたかったの」
 なら、来年はもうこの雪が見られないのか、と彼が惜しく思ったら、
「ううん。来年も、再来年も、おじさんは雪を見られるよ。あたしがいつまでも、降らせてあげるから」

 雪をじゅうぶん楽しんだのに、少女は小屋に入ろうとしなかった。空き地に立ったまま、ステッキをしゃんしゃん、と振り続けていた。
「寒いだろう、なかに入れよ」
「ううん。もっと雪を降らせるよ」
「動けないのか? どうなってるんだ」
「おじさん、見ていてね。毎年ずっと、降らせるからね」
 少女をその場所から動かすことは、どうやってもできなかった。寒さも感じないように、少女は笑顔でステッキを振り続けた。会話もろくに通じなくなり、そのうち彼は恐れをなして小屋にこもり、窓の外を見なくなった。
「おじさん、見てよ。見て見て」
 外からの声にも、耳を塞いだ。
 やがて春がきて、少女は雪と一緒に溶けてしまった。儚い粉雪のように、消えてなくなってしまったのだ。
 かわいいあの子が小屋を訪れることはもうなく、地に突き刺さったステッキだけが、冬になると雪を降らせた。

「死んだらずっと14歳のままだって? 魔法ってのは、命と引き換えにしてまで使わなきゃいけなかったのか? それともお前は、大人になりたくなかったのか?」
 彼はステッキに声をかけたが、少女がもう一度現れることはなかった。


 

  





  
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