お題:来年の粉雪 必須要素:資料 制限時間:1時間 読者:46 人 文字数:2720字 評価:2人

つみかさなるもののこと
 雨よりも、雪が嫌いだ。
 窓を叩く雨粒も、車軸を流すような雨も、息が詰まるようなどしゃ降りも、まったく好きではないけれど、それでも雪よりはマシだった。
 雨は全部を流すけれど、雪はどんどん降り積もる。放っておくと積もりに積もって、人の背丈よりも高くなり、屋根を潰すほど重くなる。軒からどしゃりと落ちる重々しい白色は、犬が喜び庭駆け回るような牧歌的な光景とは縁遠い、武骨で無愛想で「何か悪いか」と言いたげな一塊であった。
 そういう重みが、心の中にまで入ってきて上から押しつぶそうとしてくるような、そんなことを雪は想起させてくる。
 降るならば雨がいい。雨よ降れ。降れば少しは、人が少なくなるかもしれない。

 12月31日、世の中の人が歌合戦や格闘技や、笑ってはいけない様子をテレビ画面越しに見守っている頃、僕は一人外を歩いていた。
 年の暮れの、刺すような寒さの中、マフラーをしてこなかったことを後悔しながら歩みを進める。
 みんなテレビに夢中なのか、それとも帰省でもしているのか、都会のベッドタウンとして発展してきたこの街の大晦日は、人の姿が少ない。
 それでも、二年参りという意味不明な習慣のために、まったくここまでの生活で顧みてこなかった神社という施設に、もうすぐ大挙して押しかけてくるのだろう。
 幼い頃、田舎に住んでいる祖母から「夜中に神社へ行ってはいけない」と脅かされたことがある。脅かされた、と言ったのは「夜の神社にはお化けが出るから」という理由付けをされたからで、今思うと何というかバチ当たりなことを言うものである。
 その祖母は、5年前に死んだ。今頃、田舎の神社でお化けになっているのかもしれない。死ぬ3年ばかり前から頭の方をやられてしまって、うろうろとお化けのように徘徊していたようだし。
 今の僕も、その祖母と変わらないかもしれない。
 日中徘徊して料理に毒を入れられたと喧伝する80歳と、大晦日の夜に外をうろうろする無職の25歳、果たしてどちらが救えない存在だろうか。
 痴呆の進んでしまった祖母は、「仕方ない」と言われるかもしれない。許されて、なだめられながら家に帰されるのだ。
 だけど、無職の25歳には世間は雪のように冷たい。就職活動をしろとせっつくかもしれない。最早人生終了と煽ってくるかもしれない。とにかく「働け」と尻を叩くだろう。だから、家に帰りたくなくなるのだ。
 世の中の人の大半は働いているか、働いたことがある。そういう人たちは知らないのだろうが、無職でも年は明けるし、来年は来るのだ。
 そして、無職でも仲良くしてくれる女の子はいるのだ。
「待ってたよ」
 そいつはフードを目深にかぶって、コンビニの外でタバコを吸っていた。右手にスマホを持って、イヤホンをしている。
「いつから?」
「6時」
 嘘だ、と言う間もなく、彼女は僕の目の前を通って、コンビニの中へ入って行った。
「ね、どれにする?」
 カップめんのコーナーで、彼女は居並ぶインスタントラーメンを見やる。
「そばでしょ。大晦日だし」
「あたしそばたべない」
 フードの奥の赤い頬は、チークの塗り過ぎではない。痛々しい、湿疹の跡だった。いや「かゆがゆしい」だよ。そう訂正されたことがあるから、上の表現は正確ではないが。
「そばダメなんか」
 ニコチンをたっぷり吸ってるくせに、無害そうなそば粉がダメなのは、人体の不思議である。
「だからこれにする」
 彼女は豚骨ラーメンを選んで手に取った。僕は安い小さいうどんにした。
「そばじゃないの?」
「口の中にそば粉が残ってたらダメだろ?」
 ウケる、と彼女はフードの奥で唇をゆがめた。
 ポットのお湯を借りて、僕らは外に出た。さっき彼女のいた喫煙所の前で、二人で中腰になって三分経つのを待った。
「三分間まってやる」
「何で待ったんだろう?」
「何が?」
「ムスカ」
 誰? と彼女は小首を傾げ、スマホを取り出した。
「銀蠅座(ムスカ)のディオ……この人?」
「奇跡かよ」
 そんな会話をしながら、三分を過ごした。
 うどんとラーメンをすすっていると、「ボーン、ボーン」と音がした。
「この世の終わりだ」
 彼女は空を見上げる。フードが突っ張って裂けるんじゃないかと思うぐらいに首を伸ばす。
「この世の終わりはラッパの音でしょ」
「そうなん?」
 パッパラパッパ、と胃腸薬のリズムを彼女は口で刻んだ。
「おなかいたいとき、世界が滅ぶんじゃないかって思うのは、そのせい?」
「そうじゃない?」
「テキトー」
 僕が残ったスープまで全部飲みきる頃に、彼女は麺を食べ終わった。
「じゃばあしてくる」
 言い置いて、排水溝の方へラーメンの残りを流しに行った。僕はその間に自分の食べたガラを片付けた。
「いこっか、二年参り」
「うん」
 彼女はざらざらの手の甲をぶかぶかの袖から引っ張り出して僕に向けた。僕はその手を握る。小さい彼女の手は、すっぽりと僕の手の平に収まる。指の先が手の甲のできものに触れたが、彼女は何も言わなかった。
「こんでんだろうね」
「最近混むようになったからね」
「何で?」
「なんちゃらウォーカー的な雑誌で紹介されたから」
 知らん、と彼女は言った。
「夜中に神社行くな、って普段はいうのに、大晦日はいいっておかしくない?」
「そうなん? 何で神社行ったらいかんの?」
 僕は祖母から聞いたお化けの話をした。祖母がお化けになっているかもしれない、と言うと、彼女は「やだね」と顔をしかめた。
「やだわ、それ。嫌すぎ」
「おばあちゃんと仲悪いの?」
「タバコやめろって言う」
 僕もやめた方がいいと思っている。そう伝えると、彼女は「うん」と素直にうなずいた。
「知ってる。くさいからでしょ?」
「肌に悪いからだよ」
 彼女はさっきよりももっと顔をしかめた。
「これ以上悪くなりようないし」
「よくはできるかもよ」
 しんどい、と彼女は吐き捨てた。
「無職やめろ、ってのとおんなじ」
「おんなじか」
「おんなじ」
 ちょっとだけ彼女は笑った。
 目指す神社は山の方にある。まだ距離があるな、と思っていると、彼女が空いている方の手でスマホを出した。
「……あ」
「どうした?」
「今来年なった」
 来年なう、と僕は矛盾してみせた。彼女はそれを繰り返した。
「もうさ、ここでいいじゃん」
 道の端に空き地を見つけて、彼女は僕の手を離れそこにしゃがみこむ。
「ほら、鳥居もあるし」
 さっきの割り箸で作った簡素なそれを指す。
 僕らはそれに手を合わせた。その手に、冷たく白いものが触れた。
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