お題:彼と恋 必須要素:漫画 制限時間:1時間 読者:49 人 文字数:3278字 評価:2人

その手は食わないこともない
恋とかただの錯覚だ。
強がりでもなく諦観でもなく、淡々と彼はそう言った。
そんなどうでもいいことなんて、どうでもいいんだから、とっととタマネギ切れ、俺は涙出て無理なんだから、とも。

「そうかな?」

こちらの疑問を一顧だにすることなく。

「辛いのがダメなやつっているのか?」

真面目な顔でお玉で寸胴内をかき混ぜながら疑問を口にした。まるで理科の実験をしているみたいな慎重な手つき。くるくると手の甲が旋回する。

「下の連中は大抵ダメ、この世のカレーはすべて甘口だと硬く信じて疑わない」
「マジかよ」
「辛口派?」
「甘いカレーとか、なんの冗談だよ」
「慣れると美味いよ」
「慣れたくねえな」
「慣れるよ、その内」

酷く嫌そうな顔で、甘口のルーを割り入れる。
嫌な事柄でも手を抜かないのは、実に彼らしいと思う。

「……こんだけの量だと、本当に料理ってより作業だな」
「僕らはこれを通称、土木工事と呼んでいる」
「割と的確な表現なのがムカつく」

大きすぎる寸胴の鍋は、そこらの家庭じゃお目にかかれないものだ。
大量に作れて、味も安定するけど、たまに大失敗に当たることもある。

オリジナルのドレッシングとか、本当に酷かった。酸っぱいんじゃなくて実は腐ってるんじゃないかと誰もが疑った。

「恋とか、そういうのはさ――」
「ん?」

その酷さを共有していない彼は、ふつふつと沸き立ちつつある芳醇の茶色を見つめながら。

「漫画の中だけでいいよ。現実になけりゃないで、割とみんな平和にやってけるものだろ」
「そうかな」
「そうだよ」
「そうかもね」
「……お前、真面目に答えてないだろ」
「今、僕はオリジナルドレッシングを作ってる最中だから、静かに」
「は?」
「今度こそ、失敗するわけにはいかんのだよ」
「なんの話だよ」

誰もが腐ってるんじゃないかと疑ったってことは、その製作者だって疑ったってことだよ、とは言わないでおく。彼がここに来たのは、つい最近のことなのだから。

「そのうち分かるよ、きっと」
「いや、わけわかんねえよ」

彼の両親は蒸発した。
どちらも「本当の恋人」を見つけたのだそうだ。消えるタイミングまで一緒なのは、やっぱり気が合っていたんじゃないかと外野の僕としては思う。

当事者の彼は納得がいなかないという顔で、カレーが煮える様子を見つめている。いつ火を消すかのタイミングを計っているようだった。

その真面目さのお蔭か、それとも禄に料理をしてなかった奴のビギナーズラックか、出来上がりは上々でチビどもは全員お代わりをしていた。



そして、なんか合ってるんじゃないかと、再び工事作業こと料理当番に僕らは当てられた。

「恋ってさ」
「またその話かよ、なんだよ」

巨大な挽肉を炒める。安くて油たっぷり、けどこの場合はそれこそが美味さの秘訣だ。

「よく落ちるものだって言うけど、あれ本当かな?」
「俺が知るかよ、知りたくもない」
「そこまで毛嫌いしなくとも」
「今後半世紀くらいは近寄りたくもない概念だね」
「……範囲、長すぎない?」

水分が飛んで、挽肉が自身の油でじゅわじゅわ揚がるような按配になったら、ネギ、生姜、大蒜を入れる。軽く香りを出すためだから、焦がし過ぎないように。

「五十年たっても二十一世紀だぞ? まだ範囲内だろ」
「なに、不老不死だったりするの、君?」
「夢だよな」
「ロマンがあるんだかないんだか分からない夢だ」
「奨学金のことで悩まなくて済むのは、十分夢があるだろ」
「思った以上に現実的だった」

作ろうとしているのは麻婆豆腐。本当なら調味料やらに凝ったり、豆腐を一回湯がいたりとかしなきゃいけないけど、その辺りは全部すっ飛ばしている。
手抜きで作れて美味しいのなら、それに越したことは無い。ただし、味の基盤になる挽肉部分だけはきっちりとやる。

「アルバイトとか、数年続けて金溜めてからでもいいと思うんだよなあ」
「んー、訊いていいかわかんないんだけどさ」
「なんだよ」
「養育費とか、その辺りのものは存在しないの?」
「……それに気づける脳味噌があれば、二人そろって蒸発とかしねえだろうな、たぶん」
「まじかー」
「まったく、冗談みたいな話だよな」

皮肉な笑いとイントネーションの効いた渋い声も、エプロンつけてマーボー豆腐をかき混ぜながらだと様にならない。

「あ、豆板醤は禁止」
「……マジか? 本気で言ってるのか?」
「だから、辛いのだめなんだって、うちのガキども」
「四川料理が辛くないとか、存在意義の否定だろ」
「新しい存在意義がいるね」
「日本風魔改造料理は、たいてい本場の人をガチ切れさせるって相場が決まってるだろ」
「本場の人が作る本場の料理って、たいてい並よりちょっと上くらいの位置にない?」
「知らねえよ」
「とにかく、美味い方が優先。食わせる事が最優先。本場かどうかはランク外」
「……俺だけ辛いの足していいか?」
「年少組以外は大抵そうしてる」
「なんで教えてくれなかったんだよ!?」

そりゃ、微妙な顔して甘口食ってる姿がとても面白かったからに決まってる。



猿もおだてりゃ木に登る。
料理の天才だとおだてられた彼は、すっかりその気になって意気揚々とキッチンに立つ。それに付き合わされる方の身にもなって欲しい。
そうやって、ちょっと気を抜いていたせいかもしれなかった。

「恋とか愛とかさ――」
「またその話かよ」
「どうしてあるんだろう、なんでするんだろうって、ここにいると一度は誰もが考える」
「……そうなのか」
「色々考えるけど、結局答えは出ない。恋と戦争は手段を選ばないとか、どっかの誰かが言ったらしいけど、その理屈で言えば僕らは戦争後の焼け野原しか知らない」
「ま、結果として周囲がどうなるかだけは、嫌ってほど知ってるな」
「だけど、だからこそ興味もあるんだ、なんで、どうしてこんなマネしたんだろう、って」
「半世紀後に考えとけ」

彼は皮肉に笑い。

「そんなどうでもいいこと考えてるから、そんなミスしたんだろ?」

僕の手を取り、ぎゅっと傷を押さえ込んでいる。ガーゼ越しに彼の体温が伝わる。
野菜を刻んでいるとき、ざっくりとやってしまったのだ。
刃の冷たさが体の内部に入り込み、次に燃やされたみたいに熱くなった。

血塗れ野菜を前に茫然とする僕の手をとり、有無を言わさず蛇口の水道で傷を洗い、割と慣れた様子で手当てをしてくれた。
大抵の傷って奴は、しっかりと圧迫してやれば血が止まる。あんまりにも傷口が大きすぎると逆効果だったりするらしいけど、今回は上手く行っているみたいだった。

「……もう、後は自分でやるから、いいよ」
「嫌だぞ、俺」
「なにが」
「俺が手を離した途端、血が滲んだり吹きだしたりするの」
「やたらと力込めてる理由それか。別に大丈夫だと思うよ」
「もう三分だけ、こうする」

真面目な顔で、宣言された。
僕らは丸椅子に座り、向かい合っている体勢だ。
見つめ合うのも嫌なので、視線を下に落とす。ここしばらく、下級生たちに大人気の料理を作っている手が、お玉をぐるぐると回す手が、みじん切りが上手くできたと喜んでいた手が、今は僕の指を握っている。

「……三分とか、なんでこんな長いんだろうね」
「あー、そういや俺、カップラーメンとかここで食ってないな」
「あれ、案外高い」
「割とピンキリだろうに。というか、非常食として取っとくとかないのかよ」
「取って置いた端から誰かが食べるに決まってるでしょ」
「絶対そっちが本当の理由だな?」
「……夜中にこっそり食べるとね、連鎖的に皆が起き出すんだよ」
「割と想像できるな」

くくく、と悪人顔で笑う。
狐みたいな笑顔、エプロン姿だと酷く家庭的だ。

――恋とかただの錯覚だ。

彼の言っていた言葉が、ふと耳の奥で蘇る。

「……君って、嘘つきだよね」
「なんでだよ!?」
「さあ?」
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