お題:彼と恋 必須要素:漫画 制限時間:1時間 読者:64 人 文字数:2874字 評価:1人

伝書鳩の届け物
 ワレモノ注意。厳重に梱包された郵便物には、これでもかと赤色に白抜きで文字の書かれたシールが貼り付けてあった。持ち上げて底を見てみると、そちら側にも隙間なく。わかった、わかったよ、と思わず言いたくなるほどのしつこさである。
「これを、隣町のこの住所に届ければいいんですね」
 バルコニーの手すりに膝をのりあげて確認すると、デッキチェアに座った婦人は神妙にうなずいた。もう涼しくなってきたのに、毎日ここで日光浴する習慣は変わらないらしい。むかし、事故で足に大きな怪我を負ったらしく、傷を隠すために長いスカートを穿いているのだと、近所の噂に聞いた。今は、花柄のスカートのうえに、厚手のブランケットを掛け、膝には猫。防寒はばっちりだ。
「言うまでもないと思うけど、大事に運んでちょうだいね」
「中にはなにが入ってるんです」
 ほんの興味本位で尋ねてみると、婦人は上品に微笑んだ。そして言った。
「恋心」
 優雅な午後をバルコニーで過ごしているだけあって、ロマンチックなことだ。非常に結構。空の郵便屋にとって、事務手続きの書類とか、普通のものを運ぶほどつまらない仕事はない。
 足をかけていた手すりを軽く蹴って、二階のバルコニーから体を投げ出した。宙を落下していく最中に、婦人がついでのように告げた。
「返事はかならず、と伝えておいて」
「了承しました」
 人から人へ言葉を運ぶのも、伝書鳩の役目だ。逆さになった視界に、羽が大量に舞うのが映る。待機していた鳩が、一斉に飛び立ち、体を包み込む。ワレモノ注意のお届け物に、やわらかい羽が何重にも張り付いた。

 途中で雨に降られて、いつも寄る大木の下で雨宿りした。空に根を張るように広がる枝には分厚い葉っぱが密集していて、ほとんど屋根の役割を果たす。太い幹から伸びる枝も、羽を休めるにはちょうどいい。姿は見えないが、ほかにも郵便屋がいるらしく、頭上のほうの細い枝では、大量の鳩がポッポとさえずっている。
「タオルを貸してくれないか」
 幹に空いたウロに呼びかけると、なかから顔なじみの職員が出てきた。長距離を移動する場合には中継地点が必要になるし、ルートの効率化はどこの局も行っている。そのため、大勢が利用できるように休憩所は共有のものとし、雑用をこなしてくれる人員も雇う。
「濡れたのか」
「保護してはいたんだけど、所詮羽だからな。それに降るような予報じゃなかった」
「自分が空を移動していることを忘れるなよ。山なんか比じゃないくらい、天気は変わりやすい」
「気をつける」
 いつでも手厳しい顔なじみに、つい苦笑いする。ウロの縁に郵便物を置くと、くっついていた羽がはらはらと剥がれ落ちる。ワレモノ注意のシールも、湿ってよれていた。もっと大事に扱えだのなんだのと文句を言いながら、職員が丁寧に水気を拭き取ってくれる。ドライヤーまで出してきて乾かす甲斐甲斐しさ。
「あ、剥がれてきちゃったな……」
 濡れて乾いた部分から、厳重な梱包がわずかにめくれていた。冗談で中身を尋ねることはあっても、基本的に郵便屋が内容を知るのはご法度だ。職員はその点心得ていて、テープで梱包を補強して、すぐに隠してしまった。
「ほら、袋に入れておいたから、もう濡らすなよ」
 ああ、と受け取りながら、奇妙な気分になっていた。隠されるまえの一瞬、のぞいてしまったのは未熟さゆえか。こんな仕事をしていても、好奇心だけは旺盛なままだ。
 ウロを離れると、待ちくたびれた鳩たちが、一斉に足元に群がってきた。人を乗せて運ぶ移動手段とはいえ、愛車に愛着が湧くように、こいつらも一緒に仕事をしていく仲間たちだ。足で踏みつけると、ポッポと鳴きながら浮かびあがる。人の胴体ほどの大きさをした、かわいいやつら。

 不思議なほど、届け先は婦人の家によく似ていた。二階のバルコニー。日向ぼっこに向いたデッキチェア。そこで本を読む初老の男。
「お届けものです」
 手すりを乗り越えて声をかけた途端、哀れなくらい男は狼狽した。デッキチェアから転がり落ち、サイドテーブルに積んだ本の山を崩し、悲鳴をあげながら頭を抱えた。
「持って帰ってくれ! 頼む、頼むから!」
 遠いところをわざわざやってきたのに、こんな反応をされては憮然とするしかない。
「まだ印鑑ももらってませんよ」
「よしわかった、こうしよう。私は郵便物を受け取る。そして君に、こいつを隣町のこの住所まで宅配を頼む」
 ワレモノ注意の届け物を、一旦受け取り、また手渡してくる。住所は婦人のものだ。こうされては、郵便屋としては仕事を引き受けないわけにはいかない。納得は全然いかないが。
 また飛び立とうとした後ろで、男がデッキチェアやテーブルを直しながら、重い溜息をついている。
「ああそうだ」
 そういえばもうひとつの仕事を忘れていた。
「な、なんだね。まだなにかあるのか」
「返事をもらうように言われてるんです」
「わかるだろう、そんなこと……私は、その思いを故郷に置いてきたのだ。捨てたものを今更持ってこられても困るんだよ。見るがいい」
 男がシャツの襟ぐりを開いてみせると、胸の中心にぽっかりと穴が開いていた。色づいた、ピンクの心臓はそこにない。思わず、手にした荷物を見下ろした。
 いらない、もう必要がないというのが、男の答えのようだった。

 翌日、朝も早くから婦人はバルコニーで本を開いていた。昨日訪れた男の家で見た光景とかぶるが、ひとつ違うのは読んでいるのが難しげな本などではなく、漫画だという点だ。
「お届け物です」
 いい報告ができそうもなかったから、自然と遠慮がちになる。送り返されてきた荷物を見ても、婦人は最初からわかっていたように上品に微笑んだ。
「捨てたから、もういらないって」
「そう」
 うなずいて、膝のうえの猫を撫でる。サイドテーブルには、山積みの漫画。この人は、いつでも楽しそうに生きているなとぼんやり思う。
 風が吹いて、婦人のスカートの裾が揺れた。低いデッキチェアだ。足のあるべきところには空間が空いており、猫の乗った膝はぺったんこに凹んでいる。
「私が追ってこれないように、あの人は私に足を捨てさせたのよ。代償のように、あの人は私への思いを置いていった。それだけ強い思いで、あの人は私と離れることを望んだの」
 なにを言えばいいかわからない。足元で鳩がポッポと鳴いている。
 婦人が大事に両手に持った荷物は、長旅で表面がだいぶ汚れてしまっていた。ピンクに輝くハートを取り出して、べつの箱に移し、また厳重に梱包していく。
 最後にワレモノ注意のシールをこれでもかと貼って、婦人は楽しそうに笑った。
「郵便屋さん、届け物を頼まれてくれるかしら」
 諦め悪く、すこしも過去は終わってないのだというように。きっと何度でも、男がどんなに突き返してきても、彼女は同じことを繰り返すのだろう。楽しそうに笑いながら。
「承りました」
 それが仕事なのだから、断る理由はない。


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