お題:彼と恋 必須要素:漫画 制限時間:1時間 読者:80 人 文字数:2874字 評価:1人

伝書鳩の届け物
 ワレモノ注意。厳重に梱包された郵便物には、これでもかと赤色に白抜きで文字の書かれたシールが貼り付けてあった。持ち上げて底を見てみると、そちら側にも隙間なく。わかった、わかったよ、と思わず言いたくなるほどのしつこさである。
「これを、隣町のこの住所に届ければいいんですね」
 バルコニーの手すりに膝をのりあげて確認すると、デッキチェアに座った婦人は神妙にうなずいた。もう涼しくなってきたのに、毎日ここで日光浴する習慣は変わらないらしい。むかし、事故で足に大きな怪我を負ったらしく、傷を隠すために長いスカートを穿いているのだと、近所の噂に聞いた。今は、花柄のスカートのうえに、厚手のブランケットを掛け、膝には猫。防寒はばっちりだ。
「言うまでもないと思うけど、大事に運んでちょうだいね」
「中にはなにが入ってるんです」
 ほんの興味本位で尋ねてみると、婦人は上品に微笑んだ。そして言った。
「恋心」
 優雅な午後をバルコニーで過ごしているだけあって、ロマンチックなことだ。非常に結構。空の郵便屋にとって、事務手続きの書類とか、普通のものを運ぶほどつまらない仕事はない。
 足をかけていた手すりを軽く蹴って、二階のバルコニーから体を投げ出した。宙を落下していく最中に、婦人がついでのように告げた。
「返事はかならず、と伝えておいて」
「了承しました」
 人から人へ言葉を運ぶのも、伝書鳩の役目だ。逆さになった視界に、羽が大量に舞うのが映る。待機していた鳩が、一斉に飛び立ち、体を包み込む。ワレモノ注意のお届け物に、やわらかい羽が何重にも張り付いた。

 途中で雨に降られて、いつも寄る大木の下で雨宿りした。空に根を張るように広がる枝には分厚い葉っぱが密集していて、ほとんど屋根の役割を果たす。太い幹から伸びる枝も、羽を休めるにはちょうどいい。姿は見えないが、ほかにも郵便屋がいるらしく、頭上のほうの細い枝では、大量の鳩がポッポとさえずっている。
「タオルを貸してくれないか」
 幹に空いたウロに呼びかけると、なかから顔なじみの職員が出てきた。長距離を移動する場合には中継地点が必要になるし、ルートの効率化はどこの局も行っている。そのため、大勢が利用できるように休憩所は共有のものとし、雑用をこなしてくれる人員も雇う。
「濡れたのか」
「保護してはいたんだけど、所詮羽だからな。それに降るような予報じゃなかった」
「自分が空を移動していることを忘れるなよ。山なんか比じゃないくらい、天気は変わりやすい」
「気をつける」
 いつでも手厳しい顔なじみに、つい苦笑いする。ウロの縁に郵便物を置くと、くっついていた羽がはらはらと剥がれ落ちる。ワレモノ注意のシールも、湿ってよれていた。もっと大事に扱えだのなんだのと文句を言いながら、職員が丁寧に水気を拭き取ってくれる。ドライヤーまで出してきて乾かす甲斐甲斐しさ。
「あ、剥がれてきちゃったな……」
 濡れて乾いた部分から、厳重な梱包がわずかにめくれていた。冗談で中身を尋ねることはあっても、基本的に郵便屋が内容を知るのはご法度だ。職員はその点心得ていて、テープで梱包を補強して、すぐに隠してしまった。
「ほら、袋に入れておいたから、もう濡らすなよ」
 ああ、と受け取りながら、奇妙な気分になっていた。隠されるまえの一瞬、のぞいてしまったのは未熟さゆえか。こんな仕事をしていても、好奇心だけは旺盛なままだ。
 ウロを離れると、待ちくたびれた鳩たちが、一斉に足元に群がってきた。人を乗せて運ぶ移動手段とはいえ、愛車に愛着が湧くように、こいつらも一緒に仕事をしていく仲間たちだ。足で踏みつけると、ポッポと鳴きながら浮かびあがる。人の胴体ほどの大きさをした、かわいいやつら。

 不思議なほど、届け先は婦人の家によく似ていた。二階のバルコニー。日向ぼっこに向いたデッキチェア。そこで本を読む初老の男。
「お届けものです」
 手すりを乗り越えて声をかけた途端、哀れなくらい男は狼狽した。デッキチェアから転がり落ち、サイドテーブルに積んだ本の山を崩し、悲鳴をあげながら頭を抱えた。
「持って帰ってくれ! 頼む、頼むから!」
 遠いところをわざわざやってきたのに、こんな反応をされては憮然とするしかない。
「まだ印鑑ももらってませんよ」
「よしわかった、こうしよう。私は郵便物を受け取る。そして君に、こいつを隣町のこの住所まで宅配を頼む」
 ワレモノ注意の届け物を、一旦受け取り、また手渡してくる。住所は婦人のものだ。こうされては、郵便屋としては仕事を引き受けないわけにはいかない。納得は全然いかないが。
 また飛び立とうとした後ろで、男がデッキチェアやテーブルを直しながら、重い溜息をついている。
「ああそうだ」
 そういえばもうひとつの仕事を忘れていた。
「な、なんだね。まだなにかあるのか」
「返事をもらうように言われてるんです」
「わかるだろう、そんなこと……私は、その思いを故郷に置いてきたのだ。捨てたものを今更持ってこられても困るんだよ。見るがいい」
 男がシャツの襟ぐりを開いてみせると、胸の中心にぽっかりと穴が開いていた。色づいた、ピンクの心臓はそこにない。思わず、手にした荷物を見下ろした。
 いらない、もう必要がないというのが、男の答えのようだった。

 翌日、朝も早くから婦人はバルコニーで本を開いていた。昨日訪れた男の家で見た光景とかぶるが、ひとつ違うのは読んでいるのが難しげな本などではなく、漫画だという点だ。
「お届け物です」
 いい報告ができそうもなかったから、自然と遠慮がちになる。送り返されてきた荷物を見ても、婦人は最初からわかっていたように上品に微笑んだ。
「捨てたから、もういらないって」
「そう」
 うなずいて、膝のうえの猫を撫でる。サイドテーブルには、山積みの漫画。この人は、いつでも楽しそうに生きているなとぼんやり思う。
 風が吹いて、婦人のスカートの裾が揺れた。低いデッキチェアだ。足のあるべきところには空間が空いており、猫の乗った膝はぺったんこに凹んでいる。
「私が追ってこれないように、あの人は私に足を捨てさせたのよ。代償のように、あの人は私への思いを置いていった。それだけ強い思いで、あの人は私と離れることを望んだの」
 なにを言えばいいかわからない。足元で鳩がポッポと鳴いている。
 婦人が大事に両手に持った荷物は、長旅で表面がだいぶ汚れてしまっていた。ピンクに輝くハートを取り出して、べつの箱に移し、また厳重に梱包していく。
 最後にワレモノ注意のシールをこれでもかと貼って、婦人は楽しそうに笑った。
「郵便屋さん、届け物を頼まれてくれるかしら」
 諦め悪く、すこしも過去は終わってないのだというように。きっと何度でも、男がどんなに突き返してきても、彼女は同じことを繰り返すのだろう。楽しそうに笑いながら。
「承りました」
 それが仕事なのだから、断る理由はない。


作者にコメント

対戦作品一覧


ユーザーアイコン
作者:inout お題:彼と恋 必須要素:漫画 制限時間:1時間 読者:128 人 文字数:3278字 評価:2人
恋とかただの錯覚だ。強がりでもなく諦観でもなく、淡々と彼はそう言った。そんなどうでもいいことなんて、どうでもいいんだから、とっととタマネギ切れ、俺は涙出て無理な 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:彼と恋 必須要素:漫画 制限時間:1時間 読者:80 人 文字数:2874字 評価:1人
ワレモノ注意。厳重に梱包された郵便物には、これでもかと赤色に白抜きで文字の書かれたシールが貼り付けてあった。持ち上げて底を見てみると、そちら側にも隙間なく。わ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:彼と恋 必須要素:漫画 制限時間:1時間 読者:113 人 文字数:3756字 評価:0人
あかつき☆克己はコンビニにいた。 不健康に痩せた身体をジージャンに包み、店の一番奥、成人向け雑誌の並ぶラックとトイレのドアが形作るコーナーから、じっとレジの方 〈続きを読む〉

にいの即興 小説


ユーザーアイコン
トラブル回避 ※未完
作者:にい お題:弱いゴリラ 制限時間:15分 読者:13 人 文字数:886字
真正面から歩いてくる男と目が合ったとき、喧嘩をふっかけられると直感した。血に飢えているやつは目でわかる。そして大体、野獣のような顔つきをしている。幅の狭い道だ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:免れた言い訳 必須要素:もみあげ 制限時間:30分 読者:16 人 文字数:1657字
いつものようにバイト先に出勤すると、店が燃えていた。田舎町に唯一あるファーストフード店だったので、昼飯を食べにきた人が大勢いて、みんな燃え上がる店舗を囲んで呆 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:日本式のフォロワー 必須要素:力士 制限時間:1時間 読者:21 人 文字数:2936字 評価:0人
そこは辺境の土地だった。人家はおろか、ヒトの姿さえほとんど見かけなかった。あるのはただ、鬱蒼と茂る森と、動物が立てる物音、それに鳥の鳴き声だけ。野生に棲む生物 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:穢された朝日 制限時間:15分 読者:20 人 文字数:913字
連日の雨で箱のなかはすっかり沈鬱なムードだった。雨の日なんて誰も出歩かない。橋の下に置かれたダンボール箱にも、そのなかの三匹の愛らしい子猫にも、誰も気づかない 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:許されざる小説の書き方 制限時間:15分 読者:26 人 文字数:848字
部室の窓辺に死体があった。と思ったら、締切が迫って生気を失っている部長の姿だった。もう3日も家に帰っていない、ろくな食事もとっていない、と顔に書いてある。比喩 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:イギリス式の人体 制限時間:15分 読者:22 人 文字数:918字
本来ヘソがあるべきところあたりにネジがある。マイナスかプラスかと言えばもちろんプラスだ。漫画に出てくるみたいなヘソが金属になって腹に埋まっているみたいな見た目 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:昼の快楽 必須要素:右手 制限時間:1時間 読者:27 人 文字数:2950字
「460円になります」「はーい」 コンビニで弁当を買った客が、上着のポケットに右手を入れて、「あれ」と首をかしげた。そこに入れていたはずの財布がなかったのだろう 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:人妻の監禁 制限時間:15分 読者:27 人 文字数:1039字
彼女はご機嫌で鼻歌を歌いながら洗濯物を干していた。外は大雨なので、寝ぼけたうえにうっかりさんなのだろう。干した端から濡れているのに気づかずに、全部干し終わって 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:朝の闇 制限時間:15分 読者:28 人 文字数:954字
それは大体、部屋の隅にわだかまっていることが多い。ホコリが溜まるのと同じところで、ぱっと見には区別がつかない。気が向いて掃除機をかけたとき、何度往復させても取 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:とんでもない挫折 制限時間:15分 読者:31 人 文字数:783字
足を折った。 校舎の外側にある非常階段だ。よっぽど嬉しいことでもあったらしく、クラスメイトはスキップしながら上の階から降りてきた。足を踏み外しそうだと思ってい 〈続きを読む〉