お題:彼と恋 必須要素:漫画 制限時間:1時間 読者:50 人 文字数:3756字 評価:0人

再来月もレイプもので
 あかつき☆克己はコンビニにいた。
 不健康に痩せた身体をジージャンに包み、店の一番奥、成人向け雑誌の並ぶラックとトイレのドアが形作るコーナーから、じっとレジの方をうかがっている。
 あかつき☆克己は漫画家だ。「☆」なんて入っていることからわかるように、ペンネームである。右手側に並ぶ、やたらに肌色が多い表紙の雑誌の中に、彼の作品は掲載されていた。
 そう、あかつき☆克己は成人向け漫画を描いているのだ。
 細い顔には重たく見えるメガネを押し上げ、彼は意を決してレジへ突進していく。その様は、歌合せで負けた歌人が自分の歌を口ずさみながら内裏の廊下を歩くがごとし、つまりは生者というよりは死者の行進のようであった。
 いつもお決まりのおにぎり二つと、ペットボトルのお茶をレジに置く。
「いらっしゃいませ」
 そう出迎えてくれたのは、ショートカットに丸顔の小柄な女の子だった。黒髪で少し幼い顔立ちの、あかつき☆克己お気に入りの店員だった。彼女がここでバイトしていることが、このコンビニで買い物をする大きな動機になっている程に。
「374円です」
「あの……!」
 374円の70を言うか言うまいかのところで、あかつき☆克己は食い気味に切り出した。
「はい?」
 やや当惑したように小首を傾げる彼女を見て、あかつき☆克己は唾を飲み込む。
 言うんだ。言わなければ――


 話は前日に遡る。
「うーん……。ダメかな」
 あかつき☆克己は出版社で来月号に載せる原稿の打ち合わせをしていた。
 32ページの読みきりのネームを見て、担当編集者の後藤は一言でそう切って捨てた。
「ダメ、って……具体的には?」
「純愛ものだけどさ、何かこう女の子がよくないんだよね」
 全然具体的じゃないじゃないか、と言い返しそうになるのをあかつき☆克己はグッと堪える。
「ギコちないっていうかさ、この女の子がこの男を好きな理由がわかんないってかさ……」
 言い返さなくてよかった、とあかつき☆克己はジーパンで手汗を拭いた。緊張するとすぐに手汗をかくのがあかつき☆克己の体質であった。
「わかんない……」
「うん、わかんない」
 念を押すように後藤は繰り返した。
「やっぱりな……」
 あかつき☆克己はため息を吐いた。
「だって僕にもわからないですもん。女の子って、どうして男のこと好きになるンスか?」
 えー、と後藤はのけぞってみせる。
「いやいやいやいや、作者もわからんのかーい!」
「し、質問に答えてくださいよ」
 アレ質問だったのか、と後藤は少し顔をしかめる。
「そんなん人によるとしか言いようないでしょ」
 今度はあかつき☆克己がのけぞりたくなった。
「でもさ、少なくともこれはないって。消しゴム拾っただけで女の子を抱けるなら、今頃日本の人口は3億人を突破してるよ」
「大事な消しゴムなんですよ!」
「全然そんなん伝わらんかったわ」
「それに男の方、イケメンじゃないですか!」
 これイケメンかー? と後藤は首をひねる。そう言われると、あかつき☆克己も強く出られない。彼が得意なのは女の子、それも高校生ぐらいまでの幼い女の子であって、男というのは描き方がわからないのである。
 成人向け漫画家として商業デビューして3年になるが、それでもまだわからない。大体、竿役にそこまで気を使ってられないのである。
「先々月号に載せたさ、アレあるじゃん?」
「『梅雨時濡れ透けパニック列車』ですか?」
 『梅雨時濡れ透けパニック列車』は、あかつき☆克己が先々月号に描いた漫画である。タイトルから推測できるように、電車内の痴漢を題材としており、全32ページ中30ページが抜きどころと称される、彼の描いた中でも傑作と名高い作品だ。
「そうそう。アレのヒロインの子、ハヤセさんにしか見えないんだよなあ……」
 『梅雨時濡れ透けパニック列車』には、二人のヒロインが登場する。大人しく気弱で最初に痴漢の餌食となるオオムラさんと、そのオオムラさんを見かねて痴漢男に注意するも返り討ちに遭うスポーツ少女のハヤセさんだ。
 気の強いスポーツ少女は学生時代を思い出すせいか、あかつき☆克己の苦手とするところだが、後藤のアドバイスで何とかひねり出したキャラクターだ。痴漢に負ける役なら、こういう気の強い脳筋女も悪くないだろう、と助言されたのだった。
「ハヤセさんは男っぽかったけど、それをそのまま男役にしても無理があるよ」
 ぐぬぬぬぬ、とあかつき☆克己は歯噛みする。後藤の指摘は正に的確で、イケメンに苦慮した結果、先月号のハヤセさんのデザインを流用したのである。
「で、でも、後藤さんが純愛を描けって言ったんじゃないスか! レイプはこれから、規制とかで厳しくなるからって……!」
「だって、こんなに描けないとは思えなかったもん」
 何が「もん」だ、とあかつき☆克己の奥歯を噛む力が強くなる。昔入れた詰め物を噛みつぶしてしまいそうだ。
「もしかしてさ、あかつき先生ってロクに恋愛経験ない?」
「ないですよ!」
 即答かよー、と後藤さんは呆れた様子だった。
「どっかのテニサー出身の癖にエロ漫画の担当やってる人とは違うんですよ!」
「何? テニサーはやっちゃ駄目って?」
 大丈夫大丈夫、オタクだから。怖いことないよ、と馬鹿にしたように後藤は続ける。
「だって二次元で抜けるし」
 何が抜けるだ! と反駁したかったが、あかつき☆克己は心の中にそれを押しとどめた。
「ともかく、来月はもう時間ないしレイプで」
「はい……」
 この日あかつき☆克己は二本のネームを切ってきた。一本が純愛もので、もう一本がいつものレイプものだ。レイプものは描き慣れているので三日と掛からずネームができたが、純愛の方はかなりの難産で、実は先月から引きずっている。
 レイプものの方は後藤からも好評で、「『梅雨時濡れ透けパニック列車』で一皮むけたね」と感心さえされたので、それには満足しているのだが、やはり時間をかけた原稿が没になるのは堪える。
「再来月は何とか純愛載せよう」
「またやるンスか……」
 できるできる、とスポーツ経験者らしい軽めの精神論を後藤は振りかけてきた。
「合コンセッティングしてあげるから、女心それで学ぼう。オタクの女の子ならいいよね? ちょうどうちの出版社のBLレーベルで、あかつき先生と同い年の子が……」
「いや、腐れ女はいらねッス」
 腐れ女、つまりはBL趣味のある女性のことだが、こちらをあかつき☆克己は蛇蝎のごとく嫌っていた。ある意味、スポーツ少女より嫌いである。そう告げると、後藤は意外そうに「えー」と笑った。
「同族嫌悪?」
「いや、大学の漫研でそういう人種とは嫌というほど知り合ってて……」
「食べ飽きたと?」
「腐ったものは食べない! てか、僕そもそも童貞ッスから!」
 まったく、テニサー出身者というやつは、大学のサークルと聞くとすぐに乱交パーティが付随すると思い込むのだから性質が悪い。
「でもさー、気になる女の子ぐらいいたんじゃないの?」
「う……」
 あかつき☆克己は言葉に詰まる。オーバーなオタクの悪いところとして、反応しなくていいところに反応してしまう、ということがある。それがSNSで暴発するとクソリプになる、という持説を展開するまでにその性質を熟知しているあかつき☆克己であるが、反射的な行動を止めることはできないのであった。
「お、それは今もいるって反応だなー?」
 クソ、テニサーめ! こういうことに敏感な豚どもが! あかつき☆克己は観念したように、その思い人について話したのだった。


 そして、コンビニに話は戻る。
 あかつき☆克己は、編集者の後藤から宿題を出されていた。
(よし、その子に告白しよう。大丈夫、見といてあげるから)
 というわけで、窓の外からは後藤がちらちら中をうかがっているのだった。
「あの、その……僕……」
「は、はい」
 戸惑いながらも、ショートカットに丸い幼顔の女店員は、二個のおにぎりとペットボトルを手早くビニール袋に詰めた。
「ま、漫画家をやってまして――」
 女店員はますます怪訝そうな顔をした。


「どうだった?」
 コンビニを出て、後藤にそう聞かれたあかつき☆克己は、首をぶんぶん振った。その顔は半分泣いていた。
「自分自身が嫌になるッス……。結局漫画家アピールして、それ以上は……。アピールできるような漫画じゃないし……」
「うーん、まあでもさ、先生の抜けるじゃん。そこは自信持っていいよ」
 それに、と後藤はあかつき☆克己の握りしめているレシートを取り上げる。
「え、あ……?」
 後藤はそれを鼻に近付け、すんすんとにおいを嗅いだ。
「先生、手に汗かきすぎ。せっかく、あの女の子のこと想像しながら、『梅雨時濡れ透けパニック列車』のオームラさんで抜こうと思ったのに……」
 うぐ、とあかつき☆克己は言葉に詰まる。確かに、オームラさんはあの女性店員をモデルにしたのだ。幼顔で丸い顔の女子高生。そして、ハヤセさんは……。
「抜く、って後藤さんついてないじゃないか……」
 そうね、と後藤佐和h
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