お題:僕の宇宙 必須要素:純文学 制限時間:1時間 読者:49 人 文字数:2785字 評価:1人

幸福な事
昨今では宇宙葬が人気である。
宇宙葬というのはつまり、宇宙にポイという事だ。死んだ人間を棺に入れてそのまま土中に埋めるのではなく、燃え盛る業火の中に入れて骨にするのでもなく、粉にして海にまくのでもなく、そのままの状態で宇宙にポイすることである。

宇宙空間には空気がないため、死んだ後の人体は腐るわけでもなく、ほかの動物がいないのでむしゃむしゃされることもなく、そのままの状態で宇宙を漂う事になる。デブリと化す。役目を終えてどこまでも漂う人工衛星の様に、どこまでもどこまでも眠ったような表情と胸の前で手を合わせた状態で漂っていく。

そして、僕もそのような事になった。宇宙葬なんてそんなお洒落な感じの権利を生前に手に入れていたなんて知る人が知ったら驚くかもしれない。
「あいつには似合わない、何を気取ってるんだ」
と思われるかもしれないが、僕だって進んでそれを手に入れたわけではない。ただ、たまたまそうなった。たまたま、たまさか。

秋葉原のドン・キホーテで買い物をしてエスカレーターを降りていた時、声をかけられた。自分には関係ないことだろうと思って、軽く会釈をしてその前を通り過ぎようとしたら、黄色いドンキの袋を持っていた腕を掴まれた。ポケットティッシュの人にしては強引だと思ったら、どうも違うらしかった。
「ドンキで買い物したお客さんはくじを引けます」
そのような事であった。

そして、そのくじを引いてみると、宇宙葬の権利が当たったのである。
「いやあ、おめでとうございます~」
係りの人はそのような事を言って、権利だと葬儀社の連絡先だとかそういうものを僕に渡してきた。
「一か月以内に、連絡だけはしてください。お客様がいつどのタイミングで死ぬかはいいとしても、連絡して一度話をしなくては、この権利が正式にお客様のものにはなりませんので」

そうして家に帰り、次の日連絡した。
「ああ、ご連絡ありがとうございます」
電話口の男性は僕のその経緯を説明すると、そのようにして喜んでくれた。

「いまだに、死に対してネガティブな印象を持つ方がいますので、こういうのも連絡くださらないお客様が多いんですよ」
死ぬにもお金がかかる。僕はそれを知っている。母方の実家で幾度も葬儀を体験している。生前葬だってお金があったらやりたいくらいであった。それに死んだらもういいやという姿勢はあまり好ましいものではない気がしていた。後の人にすべて押し付ける姿勢、それが少しでも軽減されるなら、それは素敵な事だと思っていた。

そうして僕は正式にその権利をもらい、費用なども当選に伴う景品の一部として、部分部分がカットとなり、死んだら宇宙に放たれる準備が出来ていたわけである。

死ぬことの準備が整えば、あとは気が楽になる。
死ぬのが怖いからと、何があるかわからないからと、車が突っ込んでくるかもしれないからとか、ホームで会社に行きたくない人に後ろから押されて電車の前に飛び込むかもしれないからとかそういう理由で家に引きこもっていた日々が嘘のように外に出るようになった。

気持ちも明るくなった、以前は前かがみでぼそぼそしゃべっていたけども、少し胸を張るようにした。胸を張るようにすると背骨の曲がりがまっすぐになってヨガの立木のポーズみたいな効果を背中にもたらして気持ちよくなって、人前で恍惚の表情を浮かべるようになった。

外食なども自分の生活レベルに対して少し上の若干身に余るようなところで食べるようにもした。一人で食べるのも味気ないと思って、外食の度に女子を誘ったりした。驕りにしたこともあるし、女子の側におごってもらったこともある、折半で払う事もあった。その後カラオケに行ったりする場合もあるし、ファミレスで朝まで話をしたこともあった。ホテルに行ったりすることもあった。ネカフェで二人用のシートに入って、朝までワンピースを読んで、双方からたまに嗚咽が聞こえるみたいな体験もした。

僕の日々の生活が徐々に明るくなっていった。死ぬ準備ができているとこうも気が楽になるものかと、周りの人に当たりかまわず勧めたかった。でも、ネガティブな印象をもたらす可能性もあるし、生前葬の話など、その名称を出すだけで嫌な顔をする人もいる。多くの人はいまだ死に対してネガティブな印象を持っているのだ。それを僕は知っていた。

父と母もそうであった。同年代の人が死ぬたび、その事実に対して恐慌しいてた。だからそのこと、宇宙葬の権利の事は黙っていた。

ただ、とにかく周りから僕の印象が最近変わったという話はよく耳にした。その噂というか、そういうのは悪い気はしなかった。むしろうれしく感じていた。死ぬ準備ができていて、それが心からいろいろなものを取り払ってくれたんだろう。まるで自分探しの旅で世界一周した人みたいな感じだ。僕の場合はそれがあまりにもインスタント、買い物してくじひいたら、そういう権利が当たったというだけの、あまりにもインスタントな感じではあったけども、でも、それでいいのではないかと、僕のようなものにはちょうどよかったのではないかと、バックパッカーで大変な思いしなくても、まあよかったとそう思った。

家にいるときは積みゲーなどもどんどんと消化していった。死んで悔いを残さない様に。積み本等もどんどんと消化した。

そうして少しずつお金をためて、生前葬も行った。これで死んだ後の憂いはほぼ無くなった。戒名とかそういうのは、まあ、適当に生き残っている人が判断してくれたいいだろう。

そういう中、順風満帆な生活を送っている中、僕は通り魔にサバイバルナイフで刺された。

なんという僥倖だろう。

下腹部にあのギザギザした刃が潜り込んだ時、僕はそう思った。

しかも、通り魔の最初の標的は僕ではなかった。通り魔は最初、僕の前を歩いている女子の集団を狙ったのだ。最初にその集団を切りつけ腕にけがをした女子が叫び声を上げた段で、僕はその群れに中に走って行き通り魔に体当たりをした。その後通り魔ともみあいになり、その際に女子たちがその場から逃げるのを確認して、そののち僕は刺された。

死ぬ準備ができていない時の僕であったら、絶対にそんなことはしない。下を向いてその場から離れているだけだったろうに。

誰かを助けて死ぬ。その機会に恵まれた。そのことがうれしくてうれしくてたまらなかった。未来を不安がって自殺するのではない。事故に巻き込まれて無遠慮に死ぬのでもない。ダイイングメッセージも残せずにただ殺されるのでもない。

誰かを助けて死ぬ。

そのことが、こうも、これほどに、嬉しいことだとは。この人生で一番に、最もうれしいことだとは。

そうして僕は死んだ。

棺桶に入れられて宇宙に放たれた。

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